第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その82


『それじゃあ、いくねー!!』


 翼を大きく羽ばたかせて風の流れを操るゼファーは、そのまま方向転換を実行する。優雅に舞うような軌跡を描いて、『イルカルラ血盟団』がいるはずの方角へと鼻先を向けた。ガンダラの情報が正しければ、すぐに合流することが叶うだろう。


 血盟団はドゥーニア姫に導かれて砂漠を進んでいる。ベテランたちは連続した移動になるだろうが、慣れという要素は大きいさ。砂嵐に巻き込まれていたとしても、走り抜くに決まっている。


 メイウェイに出来たことだからな、生粋の砂漠の戦士たちなら子供らを抱えていても行動することは可能だ。体力は消費してしまうだろうが、それは帝国軍も同じことになる。


 ガンダラが参加した焦土作戦だというのなら、毒や罠も満載だろうしな。ドワーフたちの細工の技術もあるのだから、その威力は十分に期待が出来る。


 ……問題は。


「アルノアの戦力はどれほどになるのかだな」


「我々の特攻もそれなりに効果はあった。そして、メイウェイとアルノアの内輪モメでの死傷者も、かなり派手なものではある……一万前後にはなるのではないか?」


「ミスター・ラシード、いい予想だよ。私も、それぐらいの数になると踏む。『メイガーロフ』内の正規の戦力をかき集めて、二度の戦で消耗した数を引けば6000ほど。正規兵の残りはメイウェイに従うか、迷いながらも国境線の維持を続ける」


「国境を守るのも、戦士の仕事だもんな。オレたちも、アインウルフに攻め込まれるまでは、それが最大の仕事だった」


「乱世だからね。国境を維持する仕事も重要性が増している。『自由同盟』以外にも、帝国を攻撃する集団はいるよ。悲しいかな、盗賊化した元・兵士というのもいる」


「『ヴァルガロフ』にはたくさんいたっすね。盗賊団の帝国兵」


「……古来から脱走兵がいなかった軍団など存在しない。侵略行為に心を痛める者もいれば、軍規に反した犯罪者として追われて逃げ出す者もいる。人間関係に悩んで、ふらりと去ってしまう者もね」


 どの仕事でも同じような理由で、ヒトは集団から抜け出すものだ。どうしたって、反りが合わないこともある。ヒトの心は、自分が望まない仕事に縛れていることには耐えられないものだからな。


「帝国軍の兵士にも、私やメイウェイのような者もいる」


「……亜人種さんたちを攻撃することに、抵抗があるわけですか?」


「人間族第一主義に傾倒することを良しとはしない者もいる。もちろん大多数ではない。それでも、確実にいるよ」


「どうして……同じヒト同士で嫌い合うのでしょうか……」


「難しくもあり、単純な質問でもあるね、ミセス・カミラ」


「答えをお持ちなんですね」


「ああ。ヒトは優れた存在でいたいと願うからだよ。差別は劣等感による心の空虚を満たしてくれるからね……そして、そういった心理的なメリットだけでなく、政治的・経済的なメリットももたらす。奴隷化したり、土地や財産を奪う根拠にしたりもする」


「……ヒトって、悪い動物っす……欲のために、誰かを傷つけることを平気で選ぶ」


「そうだね。理想的な動物ではないかもしれない。それでも、ヒトとして生まれた事実からは逃れられない。だからこそ、君たちもこの大陸を支配しようとしている大きな流れを覆そうとしているのさ」


「ヒトだから、自分たちは戦っているのでしょうか、ソルジェさま?」


「……それもあるだろう。ヒトだからこそ、ヒトの悪意が見える。だからこそ、それに抗いたくもなる……ヒトの心は悪だけではないぜ。カミラ、お前のようにやさしい心も持っている」


 両腕で愛しいヨメを抱きしめるのさ。虐殺を目撃させてしまったからな……カミラの心は傷ついている。オレの腕に彼女は指を絡めてくれた。少しは慰めになれていればいいのだがな。


「……敵を殺せば、オレたちの『正義』は実現に近づく。亜人種の虐殺を止めさせるための戦いをするのも、ヒトだからだ」


「……はい。自分も、この戦いを『正義』だと思います……でも。ヒトを殺すことを、抵抗も出来ない子供たちや老人まで殺すことを、『浄化』だなんて……世界をキレイにしているみたいに呼ぶヤツらがいるって思うと……腹が立つんです……」


「ああ。彼らの仇を討つ。殺された彼らの遺族を守るための鋼に、オレたちはなるぞ」


「はい。全力で、戦います」


 アメジスト色の瞳で、カミラは空を射貫くように見た。山深い村で育ったカミラは、死者の魂が天に昇るという文化を持っていたらしい。ガルーナとも近しい文化だ。


 オレの『聖なる呪われた娘』は死者に誓っているのだろう。彼らのために、敵を討つと。若い娘であり、戦いの経験値は少なくもあるが……彼女も最高の戦士、猟兵の一員に相応しい力と気高さを持っているのだ。


「……言い訳にしかならないが。帝国が亜人種への憎しみに染まっていたのは、基本的には最近の傾向なのだよ」


「……否定はしないさ。ガルーナとファリスは、かつては似た価値観を持つ国だった。オレの故郷では、人間族も亜人種の別もなく暮らしていたぞ」


「ファリスもそうだ。しかし、王が皇帝となり……国が拡大するにつれて、段々と人種に基づいた支配が行われるようになってしまったな……皇帝と議会が、巨大過ぎる国家の統制のために、人間族を支配的な地位に据えることを選んだ。悲しいかな、効果的ではあったよ」


「お前はそれに耐えきれなくなったのか、アインウルフ?」


 ギュスターブの言葉にアインウルフは沈黙することはなかった。常勝の将軍はすぐに返事していたよ。


「そうだ。私は、戦に逃げていたのかもしれない」


「戦に逃げるだって?どういうことだ?オレには分からんぞ?」


「戦いの最中にあれば、誇りある生き方が出来ると感じていたからだ。武器を持ち全力で帝国に抗ってくれる相手とならば、私は己の『正義』を全う出来ると感じられた……戦場は自由だった。戦場には、かつてのファリスに近い武があった。憎悪よりも、気高い感情の元に走り抜けられたのだ。分かるかい、ギュスターブ。この苦しみの少なさが」


「……オレには難しいのか、ちょっと分からない」


「だろうね。それでいい。君は、若い。そして純粋だ。私の抱えた苦しみなど、理解してくれないほうが嬉しいかもしれない」


「難しい男だな……そういうのが、紳士らしさなら、オレにはやっぱり縁遠そうだ」


 紳士の道ゆえの苦しみだとは思わないが、ギュスターブ・リコッドには分からないでいて欲しい道かもしれないという考え方には同意することが出来たな。


 アインウルフは古い誇りのままに生きるため、最前線にこだわっていたらしい。憎しみによる一方的な虐殺よりも、戦場がもつ『敵味方が殺し合える』という公平さに、かつてのファリスを見ていたようだ。


 ……それを『逃げる』と判断するか。帝国貴族の暮らしは、アインウルフに魂の安らぎを与えることはないようだ。ガンダラの兄を―――ガンジスという最強の奴隷兵士を友と呼ぶ男には、相応しい価値観なのかもしれないな。


「……ふーむ。詳しくは分からないが、お前は、やっぱり戦場に向いているってことでいいか?」


「それでいいとも。戦うよ、アルノア伯爵には砂漠で死んでもらう……覆面をしながらという形になるのは、残念ではあるが……」


「お前の一族を守るための行動だ。それに、混乱を避けるためでもある。名誉にこだわるな。戦士としての義務を果たせばいい」


「前線で使ってくれるか?」


「正直、将軍としての器量にこそ頼りたいところだがな……だが、もちろん、その武術の腕前も買っている。期待してやるよ」


「そうしてくれ。一兵士としてでも構わない。私も、長く考え込むことよりも、戦いの中に身を置くことに自分らしさを感じられる類いの男だからな」


「分かっているさ。さてと……見えて来たな」


『うん!あのひとたちが、きっと『いるかるらけつめいだん』だよ!』




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