第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その83


 流砂のある地下水に蝕まれた土地よりも、ずいぶんと南。そこに砂嵐を浴びたのか、砂の色に染まった一団が東へと向かって歩いていた。その数は、女子供や老人を除けば、4000といったところだろうか?


 ……『イルカルラ血盟団』の総力と、『大穴集落』の戦力を集めた数か。多くはないし、誰もが疲れてはいるようだが、足取りに乱れがない。まだ戦えそうだな……。


『あ。がんだらがいるよー。せんとう!れいちぇるも、こっちにてをふってるよ!』


 地上を行く集団の先頭に、猟兵たちがいたよ。馬に乗ったレイチェル・ミルラがゼファーの言う通りに、その流麗で色気たっぷりな動作で長い腕を振っていた。そのとなりに馬に乗ったスキンヘッドの巨人族がいる。オレの副官、ガンダラだ。


「皆に教えてやるといい。オレたちが来たことを」


『わかったよ、『どーじぇ』!せーのー……がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 竜の歌を放ち、オレたちの存在を教えるのだ。穏やかに響かせた竜の歌は、疲れ切った人々の心を癒やす最良の音楽となることだろう。


「―――な、なんだ!?」


「―――も、モンスターか!?」


「―――い、いや!?りゅ、竜だ!!」


「―――サー・ストラウスの竜だ!!『大穴集落』を救ってくれた恩人だぞ!!矢を放つんじゃない!!」


 ……ふむ。想像していた以上に地上の人々が慌てているな。まるでゼファーの愛らしい歌声に怯えているようだが―――おそらくはオレの勘違いだ。これほど愛らしい歌に、心を掴まれることはあったとしても怯えることなどあり得ないことさ。


 きっと、彼らは疲れ過ぎていて緊張が深まっている。どんなことにも敏感に反応してしまうほどに、気が立っているのだろう。なんであれ、ゼファーが誤射される危険性はこれで無くなったさ。


 友好を示すように、『イルカルラ血盟団』の人々の上空をゆっくりと旋回していく。三度ほど、彼らの周囲を回って見せたことで誤解はより解消されていったと感じるよ。


 ゼファーは彼らの最前列から、300メートルほど離れた場所にある砂丘へと着陸していく。翼に風を受け止めるようにして減速と降下を同時に行い、さらさらとした砂丘の頂上に蹴爪を突き立てるようにして着地する。


 竜の体重を浴びて砂嵐を浴びたばかりの砂丘の新鮮な砂はすべり始めるが、ゼファーは蹴爪を開くことで摩擦を強くしていたよ。尻尾をぶおんと振り回しながら、すり足のようなステップワークを使うことで、砂の崩壊に耐えてみせた。


「見事な着地だぞ」


『えへへ!ぼく、さばくにね、かなりなれてきたよ、『どーじぇ』!』


 『マージェ』みたいなドヤ顔モードになりながら、うちの仔竜は金色の瞳が輝く笑顔を見せつけてくれた。


「お利口さんです、ゼファーちゃん!」


『うん!』


「……ヒトに慣れたものだな、竜とは……いや、ソルジェ・ストラウスの竜だからか」


「ガルーナの竜で、ストラウス家の竜だからだ。竜はヒトに慣れることは稀だ。同等になりたければ、戦い、力を示す必要がある」


『そだよー!』


「竜と戦うか。ワクワクするよなー」


 ギュスターブ・リコッドはいつかゼファーに挑んでみたい願望があるのだろうな。戦士とすれば当然の発想ではあるか。より強い存在と鋼を交わすことの楽しみは、戦士にとって究極の喜びだ。


 とはいえ、そんな遊びをしている場合でもない。


「……誰か来るっす。レイチェルと、ガンダラさんと……ナックスさんがいます。それに……巨人族の女の人も。あれは、もしかして……?」


「ドゥーニア姫だ。『メイガーロフ武国』の大臣の娘であり……『イルカルラ血盟団』の今の統率者になる」


「ほう。たしかに姫君と呼ばれる気品があるな……」


 白い馬に乗った手脚の長い女性だった。巨人族らしい褐色の肌に、長く流麗な黒髪。意志の強そうな大きな瞳が、こちらを真っ直ぐに見つめている。


「出迎えに行くとしよう。ラシードは来るか?」


「……いいや。あまりに近づけば、彼女に私の正体を知られる」


「彼女ぐらいなら、知っていてもいいんじゃないか?」


「そうすれば私を頼りにするかもしれない。リーダーが二人いるような状況は、避けねばならん……私は、ドワーフたちにも恨まれてはいるのだ。一兵士として、ストラウス卿の部下として戦うことが好ましい」


 ……ヴァシリの一族にもラシードを……いや、バルガス将軍を認めている者はいるだろうが……まったく、『メイガーロフ武国』の最後の王となったガミン王という男は、罪作りな男だったというか。


 ガミン王に忠実であったことが、このマジメで祖国に献身的な男の評価を貶めてしまうとはな。とんだ悪王に仕えてしまったなと、口にすることは避けるが、内心ではその同情は折に触れて深まりつつある。


 ……バルガス将軍のパトロンであった商人は、『太陽の目』にも虐殺の原因となるようなカルト野郎がいたとも語っていたな。『メイガーロフ』という国は、人種による住み分けがあるだけでなく、宗教勢力も武装しているから不安定なのかもしれん。


 『太陽の目』は、善良そうではあるが―――武装している以上、僧侶集団と言えども軍事的な衝突が起きるリスクは当然あるわけだ。


 つまり、中々、結束を作り上げることが難しい土地だっていうことだな。ラシードが死を選ばなければ結束することが不可能だと判断するほどに、この土地にいる勢力のあいだには複雑な感情があるということを、今庫の瞬間にも思い知らされている。


「分かった。ラシードとアインウルフはここにいろ。風も静かに凪いでいる。聞き耳を立てれば十分に聞こえるだろう……聞こえなければ、ゼファー、教えてやれ」


『うん。ぼく、みみもいいんだよねー』


「ああ。彼女には、オレの部下として紹介しておくぞ」


「そうしてくれ」


「私も、それでいいよ、ソルジェ・ストラウス。身分にも名誉にも、今はこだわらないようにしようと考えている」


「第六師団の将軍を部下にするか。出世した気持ちになるぜ。さてと、ギュスターブ、一緒に来るか?」


「ここにいてもヒマだ。行こう。行ったところで、何か出来るというわけでもないが……地面に立っておきたい」


「地上が恋しいっすか?」


「それもあるんだけど。オレとしては、この砂漠ってヤツに慣れておきたくもある。戦いに慣れておきたい……そうだ。サー・ストラウス、走り回って来ていいか?」


「……アホみたいに見えるが、理由はまっとうだな」


「オレが会議に貢献できるとも思わん。百人の帝国兵を砂漠で斬るために、砂に慣れておくことの方が、いいような気がする」


 ……言い分は正しいんだし、戦士としての向上心はあるんだがな。しかし、グラーセス王国を代表する人物として成長して欲しいという観点からすれば、ドゥーニア姫との会談にも顔を出しておくべき気もするんだが―――迷っているあいだに、ギュスターブは砂丘へと飛び降りる。


「うお……っ。まったく、崩れやすい大地だ」


 バランスを崩しているな。これでは、ドワーフ・スピンの切れ味も鈍るかもしれん。将よりも戦士として完成することこそ、直近のメリットにはなるだろうよ。


「ドワーフ・スピンを馴染ませておけ。さっき、オレにあっさりと遅れを取ったのは、環境を利用できないからだぞ」


「おう。高低差、考えていなかった……オレは、グラーセス王国の戦士とばかり戦って来たから、知らねばならないことが、まだまだ多い!」


 ギュスターブが二つの剣を引き抜いて、砂丘のいただきで剣舞を始める。完成度は高いが……彼らしくない不安定さもある。当然だ。この土地の砂は、しばらく踏みつけておかなければ馴染めない。


 戦士としては、戦場で鈍ることは屈辱だからな。ギュスターブの好きにさせておくとしようじゃないか。課題を感じながらなら、すぐにマスターするだろう。天才と謳われる剣士の才能と集中力ってのは、そんなものさ。


「……アドバイスをくれてやるといい、ラシード」


「貢献できそうだ」


「ああ、頼んだ。さてと、カミラ。行くぞ」


「了解っす、ソルジェさま!」




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