第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その64


『さくせん、かいしー!!』


 ゼファーはアルノア軍の上空ばかりを旋回しながら、ときおりアルノア軍に向けて火球を放ち続ける。むろん、オレも上空からの矢を放ち、太陽の影に隠れながらの射撃で確実に一人ずつ仕留めてやった。


 アルノア軍には、この状況への対策は存在しちゃいない。そのことに気づかれ始めて、弓による反撃が行われなくなった。おかげで矢を消費させることが出来てはいない。ヤツらはゼファーの高度が下がることも期待しているのが分かる……。


 損害を許容しつつも、耐えてゼファーが不意な降下をする瞬間を狙っている。竜の巨体が高く長く飛び続けることに向いていないとでも考えているのかもしれないが、そいつは大外れだ。


 ゼファーは本気を出せば20時間だって飛び続けられる。だが、悪癖というのは消せないのも事実だ。竜は本能的には突撃を好む。圧倒的な強者として生まれた竜の矜持にかけてな。


 うちのゼファーも例外には漏れちゃいない。ときどき、地上を求めるように体をピクつかせて、オレのブーツの内側に牽制されている。


『そーだった。ついつい、さがっちゃうね……っ』


「勇気に根拠をもつ行動だ。悪くはない。だが、今日はダメだ。3000の敵に突撃しても、歌にはなれるが死んでしまう」


『うん!……しねない。ていこくを、たおさなきゃならないもんね!』


「そういうことだ」


 ……地味な攻撃を繰り返しながらも、敵に打撃を与えていく。アルノア軍だけに攻撃を注ぐ……メイウェイは自軍を動かさない。北門側に陣取ったまま、逃げ出す民衆へ道を開き続けている……。


 メイウェイはオレたちの作戦を理解してくれてはいるようだ。民衆への攻撃を選ばないことへの理由に、『竜の襲撃』が役立っているかもしれない……メイウェイ軍の規律と意志は固いな。逃亡する民衆への攻撃は絶対にしない。


 そいつは悪くないが……アルノア軍との交戦を始めてくれないな。こっちの作戦を読んでいるのか?……賢いヤツってのは、オレの浅知恵ぐらい予想しちまうもんだからな。


 砂漠の太陽はオレたちに加護を与えつつも、背中をじっくりと灼きやがる。


 こちらの矢も無限ではないことが悔やまれるな。万の矢と百の腕があれば、アルノア軍の全員を射殺してやれるところなんだが……。


 『ラーシャール』へのアルノア軍の侵入は止まっているし、街の襲撃者の半数以上はアルノア軍本隊へ帰還してはいる―――だが、あくまでも半数。残りは暴れ続けていやがるのさ。


「……『浄化騎士団』」


 マルケス・アインウルフがその言葉をつぶやいたのは、太陽に背中を灼かれながら矢を放った直後のことだった。


 不吉な名前だな。清潔さを追い求めた集団につけられる意味とは、受け取ることができないな。


 分かるさ。その言葉の意味するところは、『民族浄化』。亜人種を虐殺して、帝国人の理想の世界にしようという概念に他ならないだろう。帝国人の審美眼には適っているのかもしれないが、こちらとしては憤慨しか起きない言葉だ。


 おかげで、矢を外していた。太ももに突き刺してやったが、胴体という急所を貫きはしなかったよ。


「アインウルフ。どういう意味かは分かる。そいつらが、下にいるのか?」


「……皇帝は亜人種への弾圧を強めようとしていた。戦地があまりにも拡大していてね。有益な領土を得ることが難しくなっている」


「亜人種の家や畑を奪うということか……彼らを皆殺しにして」


「そ、そんなの、酷いっすよ!?」


 やさしい言葉がオレの腕のあいだで悲しみと怒りに震える。そのやさしさはオレの大きな慰めになる。アインウルフは続けた。若い疑問に答えてやるために。


「帝国人の誰もがそれを望んでいたわけではない。帝国貴族にとっては亜人種の奴隷は大きな収入源にもなるし、彼らの働きは帝国の経済を支えているんだ。民族浄化には反対する貴族も多かったが……その急先鋒の一人が、戦で負けてしまってね」


「お前のことか」


「そうだ。戦と政治は直結する。亜人種の戦闘要員への復帰を目指していた私が君らに敗北したことで、私の支持していた政治的な方針も砕けたのだよ」


 恨みがましさはない。澄んだ言葉?……とでも言うべきだろうな。アインウルフは真実のみを語っている。


 悲しいかな、『グラーセス王国』での勝利は、帝国人の亜人種に対する憎悪を深めてしまってもいるようだ。戦は政治と直結する、アインウルフの言葉は世界の複雑さを示すものでもあった。


 亜人種の勝利は、亜人種への弾圧をもって戻ってくる。そいつは分かっちゃいることだ。そうだとしても、勝って変えねば人間族のみの世界に近づくだけでもある。徹底的な勝利しか、オレの欲しい『未来』は来ない―――。


「―――政治論議をしている場合ではないだろう」


 賢い巨人族の戦士が、闘志の熱を帯びた短い声を使ってくれた。正しさだけがある意見だな。犠牲者を減らすのは、議論などではない。敵を排除するための暴力だけだ。


「サー・ストラウス!今こそ、オレの出番なんじゃないか?」


 選択肢が主張した。栄光あるドワーフ族の剣士は、罪無き市民が殺されることを喜びはしない。『グラーセス王国』の貴族戦士でもあるオレとしては、ギュスターブ・リコッドの申し出には誇りと共感を覚えるものであった。


「『浄化騎士団』とかいうヤツらが、下で暴れているんだろ?……なら、ハナシは早い。オレが行って、そいつらを叩きのめしてやればいい。サー・ストラウスは、竜を操って何か敵を罠にかけるつもりなんだろ?」


「ああ」


「なら、オレが行けばいいんだ」


「ククク!そうだな」


「私も行くぞ。顔を隠して戦えば、問題はなかろう」


 ラシードまでやる気と来たか。あとは―――。


「―――帝国人が混じっていたとしても、問題ないんじゃないか?……私を信じられないなら別だが」


「いいや。アンタも行ってくれると助かる。顔は隠していても、人間族の戦士がアルノアの軍勢を蹴散らしてくれるのなら、戦局を動かせる……」


 攻撃的なアルノアの『浄化騎士団』とやらが、『人間族の戦士に攻撃された』という事実を与えてやればいい。そうなれば、メイウェイの軍に攻撃されたと間違った報告をするヤツも出て来る。


 アインウルフが逃亡する危険?……全くもって考えちゃいないな。この男は、もっとシンプルな男だからだ。


「帝国軍の武術で倒してやれ」


「それしか出来ないのだよ、私は」


「アンタらしくていいことだ……なあ、カミラ」


「はい!自分も、『パンジャール猟兵団』の猟兵として、ソルジェさまのヨメとして、あいつら、排除してくるっす!」


 両腕のなかでオレの『聖なる呪われた娘』は意志を示す。やさしさに由来する怒りに魔力を昂ぶらせながらな。それが誇らしいぞ、我が妻、カミラ・ブリーズよ。


「頼むぜ。ギュスターブたちと組んで、ヤツらを倒せ。全員を相手する必要はない。変幻自在に戦場を飛び回り、敵に混沌を与えてやれ。それもまた猟兵の戦だ」


「イエス・サー・ストラウス!!……行きまーっす!!」




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