第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その47
風は荒れ狂っている。力強くオレたちを打ちつけてくることに代わりはない。だが、ここが最良だ。
砂嵐のなかを最小限の負担で飛ぶための軌道にゼファーとオレたちはいる。砂が叫ぶ薄暗い空をゼファーは羽ばたくこともなく旋回しながら飛んでいく。勝利の凱旋だ。達成感にひたりながら、竜が空の王者であることを示すための時間だった。
「……ソルジェさま。ゼファーちゃん、風が、少し楽になりました……?」
「最良の場所にいるからな。だが、砂は飛んで来る。フードをかぶっておくといい」
「はい」
左腕でカミラを支えるように抱きしめながら、オレは勝利の余韻から覚めることにした。心地良さは尾を引いているのだが、メイウェイを探し出さなければならないからな。地上を睨みつける。
『呪いの赤い糸』が示す先には、あの男を刺し殺してしまった『彼女』がいるはずだ。
目をこらし砂に押し潰される地上に、人影を探す。生身の目ならば困難なことだろう。視力が良かろうが、それとも悪かろうが、この砂の遮蔽の前には関係ない。誰もが盲目と変わらないさ。
だが、アーレスのくれた左眼があれば、砂嵐の向こう側だって見ることが叶う。砂が降り積もり、砂が舞い上がる砂漠には、足跡だって残ることが出来やしない……『呪い追い』がなければ、魔眼だけでも見つけることは難しいな。
二つの力を使いながら、オレは嬉しそうに飛ぶゼファーの背の上から地上を探し続ける。
ゼファーは反時計回りに渦巻く風を翼に受け止めつつ、わずかに翼を捻ることで『呪いの赤い糸』を追いかけるために軌道を修正してくれた……風が強まるが、構わない。見切った後の風には、もう勝ち負けを感じることはないものだ。
今は優先すべきなんだよ。
……『彼女』の気配は、すぐそこだった。
『のろいのいとが、みえる……っ!』
「ああ……近いぞ。人影も見えて来た―――」
―――そうだ。人影は見えたが……違うものも見えちまっていたな。
『ぐるるる!!』
ゼファーが本能的な怒りを口からこぼし、喉が生み出す怒りの震動はゼファーの背中にいる戦士たち全てに異変を伝えるには十分なことであった。
「どうしたんだ、サー・ストラウス?竜が、おかしいぞ?」
「人影を見つけた。馬で逃げている女だ」
「さっきの男を殺した人物っすね?」
「ああ。だが、予想は外れた。彼女はメイウェイとは一緒にいない」
「なんだって!?じゃあ、無駄足かよ!?」
「近くにいるかもしれんが、今はそんなことは関係ない!!」
「どういうことだね?」
「彼女はモンスターに追われている!!脚が長い、不気味な蟲だ!!キリギリスとカニでも混ぜたような異形!!」
砂嵐のなかを逃げる黒馬の背後を、モンスターが追いかけていた。経験にはない醜いデカブツだが、知識が伝えてくる。その見たことのない蟲の名が、頭のなかに浮かんで来やがるのさ。
「『ガオルネイシャー』か!!」
巨人族の戦士の声が、オレの予想と同じ名前を叫んでいた。
「馬二頭か三頭分のサイズってところだぞ」
「ますます当てはまるな」
「彼女は、アレに追われているというのか?メイウェイは、どこに?」
「はぐれたのかもしれない。あるいは、囮となったのかもしれんな……彼女は、西に向かって馬を走らせている」
「メイウェイたちが進んだ方向とは、逆っすね……」
「罪の意識でもあるのだろう。仲間のために、自分を犠牲にするつもりだ」
「サー・ストラウス。どうするんだ?」
「決まっている。騎士道に生きる男ならば、手段は一つだ」
ガルーナの竜は、女にはやさしいんだよ。
ゼファーは翼で空を叩き、降下のための勢いを手に入れる。加速しながら落下し、地上すれすれで軌道を変えた。低空飛行になりながら……巨大で醜いバケモノに突撃する。
あふれる闘志が竜に行動を選ばせた。
『GAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
砂嵐を内側から破裂させてしまうほどに強い歌を放つのさ!!
戦いを告げるには、竜の歌ほど相応しいものはないのだから!!
『彼女』は気づかなかったかもな。砂嵐がいつもとは異なる歌を叫んだのだと誤解したのかもしれないし、余裕がない。『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』は、三匹もいたのだからな!!
死ぬ危険を選んだ。
生きるための不安から、仲間を信じ切れなかった『彼女』は、その罪の重さに引かれるように、今では自らを犠牲にしようと仲間のための盾となっている……なるほど。呪いが薄まっていくわけだ。
見ているのだろう?
この砂漠の地下で『彼女』に殺され、死んでしまった男よ。お前は『彼女』を許そうとしている。お前もまた裏切り者ではなかったようだな。お前の仲間を守ろうとする『彼女』のことを許せるのだから。
……帝国人どもよ。
敵どもよ。
我が故郷を裏切った怨敵どもよ。
憎しみと怒りのみを捧げるに相応しい国に仕える戦士どもよ。
その事実を理解していてなお、オレは貴様らのことを気に入っている部分があることを認めよう。
「殺させんぞッ!!全員、『彼女』のことを守るために戦えッ!!」
「了解っす!!」
「おうよ!!」
「部下の部下は、守ってやらねばな!!」
「……ストラウス卿が命じるのなら、戦うのみだ!!」
『いっくよーッッッ!!!』
ゼファーが歌いながら、黒馬の女騎兵の上空をかすめるように飛び抜けた。
「え!?」
上空に気配を感じた『彼女』は驚きの声を漏らしていたが、それ以外の反応を示すことはない。それで十分だ。今は走り抜き、戦いの場から離れるべきだ。
『がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
ゼファーの蹴りが、『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の一匹目掛けて上空から襲いかかる!!
空からの攻撃をされたこともなかったのだろうな、『彼女』に追いつこうとしていたデカブツの背中に、ゼファーの蹴り爪が深々と突き刺さる!!
『ぎゃがぐううううううううううううううううう!!?』
蟲野郎の不気味な悲鳴が放たれる。ゼファーは握力を使い、蹴爪を深々と『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』に突き立てながらも、降下の勢いと体重を破壊の圧力へと変換していた。
バギギギギイイイイイイッッッ!!!
鋼のように硬そうなモンスターの甲殻は、小気味よい破壊の音を立てながら、割れていくのさ!!
「コイツを地面に押し倒せ、ゼファー!!」
『らじゃーッッッ!!!』
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