第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その48
ゼファーは強い羽ばたきと共に、その美しい漆黒の巨体をひねるように躍動させる。強力な重さが筋力に伝えられて、モンスターを『イルカルラ砂漠』の砂上へと押しつけていた。
割れたヤツの甲殻からは、緑色の体液が吹き上がる。ゼファーは返り血を浴びながらも冷静さを失わない。『パンジャール猟兵団』の哲学をゼファーも継承しているのだ。どんな状況でも観察者であることを忘れてはならん。敵の動きを識らねば、戦いには勝てないものだ。
たとえその体液に強い酸性が宿っていて、黒ミスリルの鎧を焼灼しようとも、竜の鱗にわずかばかりの傷を生み出そうともだ。
猟兵の哲学に動く幼き黒竜は冷静だ。屈服させられながらも即座に反撃のために長い脚を振り回してくる敵の攻撃が持つ動作も把握していた。その脚が体を打撃するよりも先に、銀色にきらめく竜の牙は動くのさ。
ザギュウウウウウウウウッッッ!!!
鞭のように柔軟に、そして素早く動いたゼファーの首は、竜の強靭な牙の歯列にモンスターの脚を噛みつくように受け止めさせていた。
動き始めの『起点』を押さえるような、技巧がたっぷりと反映されている武術的な動作である。完璧な防御術だな。攻撃を始まらせないのだ。甲殻の上に乗り砂に押さえつけている脚の動きとも、そして尻尾の振りとも連動した最高の技巧だった。
ゼファーに組み敷かれている不気味なモンスター野郎の体には、捻りあげるような重みが加わり、いわば一種の関節技とも評価することが可能な力学を体現させている。
『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』は、攻撃を止められただけでなく、その脚と胴体のつけ根にまで、破壊的なダメージを発生させちまっているのさ。動こうとした力はヤツにとって、むしろダメージとなって降りかかってくる……。
内骨格を持つモンスターであったなら、その骨は螺旋状の亀裂によってねじ切られて破綻していただろう。そうなったら、確率の問題ではあるが、太い血管を骨折端が切り裂いてしまうこともあった。ゼファーは、そうなるような技巧を実行したからな。
……もちろん、全てのモンスターどもが、同じ解剖学的な構造を持っているわけではない。とくに蟲型のモンスターっていうヤツらは、ちょっと常識が異なってしまっているからな。
ゼファーの関節技を喰らったとしても、『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』は大量の内出血に苦しめられるほどのダメージは与えられなかったようだ。骨を持たんバケモノは、こちらの技巧の効きが薄いところある。オレたちの想像力の範疇から、少しばかり逸脱しているからだろうよ。
だが、手酷い傷は与えているのだ。
ゼファーは首を捻り、『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の脚を一本、根元から引き抜いてた。筋繊維が弾力と強靭さを想起させるブチブチグジイイ!!という音を立てつつ引き千切られていく、緑色の体液が脚のつけ根からも噴き出す。
ゼファーは奪い取った脚を噛み砕き、吐き捨てるように敵の醜い脚を美しい銀色の牙から抜き取っていたよ。
『ぎゅぎゅぐううううううううううううううううううううッッッ!!!』
『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の口だか腹にあいた空気穴……そんな場所から出していた歌が変調しやがる。
痛苦よりも怒りの振動をまとった歌だと直感するのさ。
蟲の言葉を分かってやれるほどの規格外の博学さもなければ、狂人じみた蟲への理解も持ち合わせてはいない―――それでも、戦士の体に流れる血が、呼応するような熱を帯びるのだ。
直感は雄弁な時がある。
戦士は気配でも語り合うものだ。
言葉だけが闘争本能の代弁者ではない。むしろ、闘争の最中においては、言葉よりも感覚によってお互いのことを深く知れることが多いものだ。
『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の闘志に火が点いたからこそ、戦士は動くのだ。ギュスターブ・リコッドが先陣を切っていた。若く、そして闘争に対して、ある種の無知さえも有した純粋な衝動により、グラーセス・マーヤ・ドワーフの勇士は竜の背から飛んだ。
砂嵐の向こうにいるモンスターへと飛ぶドワーフは、力強く野蛮で、理想的な追撃者でもあったよ。
「くらえええええええええええええええええええええッッッ!!!」
ドワーフの歌を戦場に響かせながら、背負っていた長剣を抜き放つ。赤茶色に濁った視界のなかに、美しい銀色の閃きが描かれる―――鍛え上げられたヴィンテージ・ミスリルは、多くの戦士を惚れ惚れとさせる威力を示す。
ザギュシュウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!
甲殻に覆われて、巨大な牙と無数の眼球を持つ、あまりにも醜い蟲型モンスターの頭部は一刀両断されていた。
縦に斬り裂いてみせたな。
横ではなかったのは、断端面を大きくすると毒性が想定される緑色の体液の噴射を、オレたちに浴びせてしまう可能性があるという配慮をしてくれたのだろうか?
それとも、単に最速の斬撃を撃ち放った結果がこれなのかもしれない―――どっちにしろ、褒めるに足る一撃だったことは間違いのないものだったよ。
深く斬り裂かれたのはモンスターの頭部だけではない。
達人の一刀は、刃が届かぬ場所すらも斬り裂くことが可能であるし……ドワーフ族の豪腕が繰り出した斬撃にあるのは、鋭さだけではない。
ギュスターブ・リコッドは、わずかながらにその斬撃に対して『雑さ』を与えていた。切れ味優先の美しい純粋さ以外にも、この斬撃には破壊を呼び起こす振動が含まれてもいる。
もっと速い太刀筋を描くことも可能であったが……。
それはギュスターブ・リコッドの目指す剣ではないのだ。
ドワーフらしく、力をも目指している。
斬り裂きながら、わずかに押し込み……衝撃的な破壊の伝導を『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の体内深くにも放っている。
『地獄蟲』どもの住む国の戦士だからだろうか?
蟲型モンスターどもの破壊に対しては、オレよりも経験値があるようだな。ギュスターブの斬撃は、頭を斬り裂きながら『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の体内深くまでもを壊している。
刹那の間に仕込んだ技巧が、破壊の質を制御するのだ。そして、その質が対象にとって有効なものであればあるほどに、達人の一撃は威力を深めて、それを目撃した戦士の心をも弾ませるのだ。
若干の嫉妬も呼び覚ましながらな。
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