第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その29


「……アルノアにそそのかされて、メイウェイを捕らえるまではやったが―――仕留める勇気を出せなかった」


「帝国の太守を殺すことは、とても重大な意味を持つ。アルノアは若い騎兵たちに名誉なり金なりを渡すと約束していたのだろうが……それは、どちらにしろ帝国の法によって生み出される利益に他ならない」


「大罪人になることは、その法にも大きく反するわけか」


「野心家は、罪を背負う覚悟がなければならないからね。でも、そこまではやれない。だからこそ、メイウェイに反撃する余地を与えてしまったのだろうさ」


 仕留め損なった手負いの獣は危険なものだ。メイウェイがどれほどの武術の腕前を持っているのかは不明だが―――あれだけの騎馬軍団を作り上げたアインウルフの部下だ。かなりのハードな鍛錬で、メイウェイを鍛え上げてもいるのだろう。


 マルケス・アインウルフは地図に描いた三つの印を見つめながら、腕を組み直す。


「……この三カ所は、私とメイウェイが作りあげた秘密の拠点ではある……しかし、それは一年半も前のことになる。メイウェイは地の利を持つ『イルカルラ血盟団』と戦い続けてきたわけだ。この三つの拠点も、君らに暴かれているものもあるだろう?」


 紳士は巨人族に問いかけながら視線を向ける。ラシードは地図を凝視したままだったが、うなずくことで返事とした。


「……だろうね。君たちは優秀な戦士であり、この土地の軍人だった。幾つ、見破ったんだね、私とメイウェイの拠点を?」


「二つだな。一つは、敵の不在を狙い、焼き払っている。それが、ここだ」


 地図に刻まれた印としては、最も北にあるものをラシードの指が叩く。『イルカルラ血盟団』は、イルカルラ砂漠の北部を重視して守っていたのかもしれないな。


「……一番の自信作だったんだがね。バレそうになく、守りやすい。古すぎて打ち捨てられていた砦を、密かに改築していたんだが……」


「苦労させられた。どこで、この砦のことを知った?」


「王城を奪ったときに、古文書を幾つか手にしてね。砂漠は、海のように広い。情報を抹消すれば、王家はもしものときの隠れ家を、砂漠のなかに見つけられる」


「そういうことだったのか」


「誰を追跡して見つけた?」


「……追跡したわけではなく、ただの偶然だった。帝国軍から散り散りになりながら逃げ延びたとき、商隊に化けた帝国の兵士どもを見つけた。それを追いかけていった者が見つけた。ちょっとした要塞だったな」


「そう。信頼出来るベテラン兵士で守らせていた。難攻不落とは言いがたいが、手こずらせたというのなら、まあ、納得することにしよう」


「……偉そうだなぁ、アインウルフは」


「将軍で貴族ともなると、こんなものさ、ギュスターブ」


「……なんか、納得しちまいそうになる」


 そのことが口惜しそうだったな、ギュスターブは。出世した男に対して、男は嫉妬をいくらか感じずにはいられない。余裕を持つ大人びた態度にも、劣等感はくすぐられがちだ。


 だが、オレはアインウルフの態度よりも、戦場の情報を獲得することの方に興味がわいていた。腹空かせた下品な犬みたいに、ラシードに急かすための視線を向ける。


「それで、ラシードよ。二つ目はどっちになるんだ?」


「……これだ。アルノアが使っていたシャトーから、さらに西へと行った砂漠のなかにある隠し砦。これも、私たちは知っている。陥落させることはなかったが、三度、攻撃を仕掛けた。メイウェイは、ここを逃げ込む場所には選ばないだろう」


「たしかに、メイウェイならば選ばない」


「ああ。オレも同意見だ。バレている隠れ家に、窮地に立たされている男が逃げ込むというのは、どうにもおかしなことになる」


「じゃあ、メイウェイがいそうなのはー……この東の拠点ってことすね?」


 カミラは三カ所目に丸みを帯びた可愛らしい爪がかがやく人差し指で、くるりと円を描くようにした。


 その場所は、『ガッシャーラブル』と『ラーシャール』の中間地点から南に入った場所になる……。


「……『流砂の囲い』の中央に、隠し砦があったのか」


 砂漠の戦士として、敵の拠点を見つけられなかったことを恥じているのだろうな。ラシードは磨りガラスの眼鏡の下にある黒い瞳を細めている。


「そうさ。だが、私の功績ではない。これは、さっきも言った通り、『メイガーロフ武国』の王たちが秘伝として継承してきた暗号的な地図から読み解いて見つけたものだ」


「……だとしても、整備して運用していたのは、お前たちだった。屈辱だな。『ガオルネイシャー』が徘徊する土地に、隠し砦……気づけたハズだった」


「『ガオルネイシャー』ってのは、何だよ?」


 若い戦士は好奇心に逸るものだった。ギュスターブの問いに、ラシードはすぐに応えてくれる。


「流砂のなかを進める、巨大な蟲だ」


「蟲……オレらのところの、『地獄蟲』みたいなのかなあ」


「私は、『それ』を知らないから、何とも言えん。アインウルフよ、似ているのか、『地獄蟲』という魔物と、『ガオルネイシャー』は?」


「いいや。どちらも蟲の仲間ではあるのだろうが、『地獄蟲』とはあまり似ていない。サイズは、『ガオルネイシャー』の方が大きいがね」


「ロジンさんよりもかい?」


「……ロジン氏とも、同じような大きさか、個体によっては『ガオルネイシャー』の方がサイズは大きい。体重は、少ないかもしれないがね」


「スレンダーなんすね、アレより」


 蟲型モンスターの倣いというか、『地獄蟲』は女子ウケが悪いようだ。カミラにとっては、口に出すのもイヤなタイプのモンスターらしい。


「細長い蟲も、嫌いっすよ……」


 率直な意見をつぶやきながら、カミラはまだ見ぬ不気味なモンスターの姿を想像しているのか、ポニーテールをブンブンと左右に振っていたよ。心のなかに描いてしまった『細身の地獄蟲』でも打ち消しているのだろうさ。


「……とにかく、ここに逃げ延びる可能性が高いってわけか?」


「私の予想通りに動いていればな。メイウェイは、この場所に逃げ込み、態勢の立て直しをはかるだろう」


「元・上司のお墨付きがあるのなら、十分だ。この場所に向かってみよう。メイウェイがいれば、確保してやるさ。こちら側に亡命を選ぶのなら、楽だが……抵抗するなら捕虜にしてやる」


「楽しみだ!!」


 ギュスターブが、テーブルを大きな手で叩き、イスから勢いよく立ち上がっていた。メイウェイとの戦いを所望しているらしい。ギュスターブ・リコッドらしい考え方ではあるが……。


「ギュスターブさん。一応、仲間になるかもしれない方っすから、いきなりケンカ腰はダメっすよ?」


「む。そう、だったな……つまらんが、まあ、外の戦は複雑らしいから、サー・ストラウスの指示に従っておくよ」


「そうしてくれると助かる。なあに、どうせすぐに鋼を振り回す機会には恵まれるさ。メイウェイと組めば、オレたちが仕留めるのはアルノアだ」


「若くて活きのいい騎兵がうじゃうじゃついているってヤツだな!」


「そうなる。斬りがいがあるだろうよ……さてと、さっそくメイウェイを拉致しに―――いや、話し合いに行くとしようじゃないか」


「オレも行っていいんだよな?」


「頼りにしているぞ、ギュスターブ。それに……アインウルフ、お前も来い」


「私は説得役ということだね?」


「ああ。オレにはなびかないかもしれないが、お前にならなびくこともあるだろう。お前らが、こちらに手を貸すというのなら、ムダな血を流さないほうが、後々のためにもなる」


「理解しているさ。では、さっそく行こうじゃないか、ソルジェ・ストラウス。私を、竜に乗せてくれるのだろう?」


「馬より速いスピードに出会えるぞ」


「興味深いが、馬に勝るパートナーはいない」


「ククク!……お前らしい答えだ」




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