第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その23


 ギュスターブ・リコッドとラシードの手が、お互いを強く握りしめる。戦士の友情の始まりは、相手の生きざまを認めたときに始まるものだ。


 ラシードはギュスターブの剣術に対する情熱を感じ取っていたのだろうな、剣の道に生きて、間違いなく剣の道に死ぬことになる男。それが、グラーセス王国の勇士、ギュスターブ・リコッドの鋼のにおいが伴う運命だ。


 そのことを理解したラシードは、ギュスターブの生きざまを気に入っている。そして、ギュスターブもまたラシードの瞳を気に入ったのだろう。偽りの道を歩むことになろうとも、その真っ直ぐと目的を見つめている瞳をしている。


 いい目をした戦士には、どうしたって心が惹かれてしまうもんだよ。戦士は、そういう生き物だ。死に方を探しているのさ。いい目をしている戦士は、いい死に方を出来るだろう。


 ラシードも、自分の望みのために全てを捧げて死ぬ。どんな形であれ、『メイガーロフ』のために命を捧げる。どんな運命をラシードが歩くかは分からないが、そのことだけは間違いがないことだった。


 オレは、友人同士のあいだに生まれた友情を見ていると、自然に顔に微笑みが浮かぶ。赤毛を暑い風に吹かれながら、オレはゆっくりと空を見あげた後で、ギュスターブに近づいていく。


「アインウルフはいるんだな?」


「……いる。オレがヤツを連れて来たんだからな」


「ククク!ならば、絶対に逃げられなかった」


「もちろんだ。オレは、そんなミスはしないからな…………と、言っても」


 ギュスターブは腕を組み直していた。太く短い筋肉質のドワーフの腕を組みながら、ふーっという長い息を吐いた後で、ギュスターブは言葉を再開する。


「……あいつは逃げなかったよ。一度だって、そういう素振りを見せなかった。運命を悟っているようだったな。いや……ヤツが選んでいたのかな」


「選ぶか。そうだろうな。あの男は、そういう男だろう」


「偉そうなヤツなんだよ。でも、そんなに腹が立たない。紳士らしいからだろうって、マリー・マロウズは言っていた。まるで、オレたちにも、見習えと言わんばかりに」


「マリーがか。彼女は元気か?」


「もちろんだ。元気に生きている」


「元気に生きているか……お前らしい言葉だな」


「そうさ。オレは、オレらしくいたい。マリー・マロウズは、そうあることに否定的なところもあるような気がするが……レイドのヤツは、彼女に洗脳されつつあるような気もする」


「レイドか。マリーちゃんの婚約者」


 有能な男だった。アインウルフの軍勢を混乱に陥れるために、工作活動をあちこちで行っていた。軍才で言えば、グラーセス王国の戦士たちの中では、トップクラスだ。地味だし、武術の腕はイマイチだったが……彼は戦術というものをあの戦場の中で誰よりも理解していた。


 有望な戦士……というよりも、有望な将軍候補になる。


「マリーちゃんは、レイドを調教しているか」


「そう。マリー・マロウズは、あの静かなオレたちの同志を、『新しいグラーセス・ドワーフ』にしたいらしい」


 ……マリーちゃんは、グラーセス王国をより洗練された国にしたいと考えているようだからな。シャナン王の軍師であり、やり手の女だ。鎖国状態であったグラーセス王国を変えるために、オレがアインウルフに社交界の指南役になることを推薦した日もあったな。


 まったく、懐かしい日々が頭に蘇ってくる。


 そんな昔じゃないが、戦いの日々は一日一日が長く感じるからな。グラーセス王国で酒を呑み、騒いだ日のことを思い出してしまう。ギュスターブが酔っ払ってナマズを捕ったり、オレが名付け親になった子供らもいたな……。


 ああ、それに、もちろん彼女のことも思い出す。グラーセス王国にいる戦う姫さまのことさ。オレが尊敬と敬意を捧げる姫さまの一人、ジャスカ・イーグルゥ姫。


 偉大なるグラーセス王国の王、シャナン王。彼の兄の娘さ。『狭間』だが、グラーセス王国においては、もはやそれで差別されることもない。今では彼女は英雄として、グラーセス王国に君臨しているのさ。


「……ジャスカ姫はどうだ?彼女と、その腹の子は元気か?」


「元気だよ。当然のように。妊婦ってのは、頑丈なんだよ」


「いや、そういう認識は違うだろうが……」


「でも。元気なんだぜ?毎日のように、元気だ。ときどき、ゲロ吐いてるけど」


「つわりって言えよ。多分だが、ゲロよりは神聖な行いのはずだぜ」


「そうかな。そうかもしれないけど、オレたちガサツな古いグラーセス・ドワーフの戦士には区別がつかん」


「……まあ。元気なら問題がないさ。正直なところ、あのジャスカ姫の元気じゃないところなんて、想像することも出来ない」


「元気さ。旦那の方も……元気だ」


「彼か。まだ、地獄蟲のままか?」


 ロジン。呪術師に呪われて、巨大な地獄蟲という悲惨な姿になってしまっている男だ。ジャスカ姫の夫だが……地獄蟲はとてつもない戦力にはなった。アインウルフの騎兵隊を、打倒するために一役買ってくれたよ。


 地獄蟲から、戻ることも出来るはずだったんだがな……時間はかかるし、何よりも、人間族の戦士の姿の状態より巨大な地獄蟲でいた方が、よっぽど強いという事実もある。ロジンは戦力でいることを望んだ、ヒトの姿に戻るよりも、バケモノになることを望んでいたが……。


「あのままだよ。彼は、オレの知っている人間族のなかでは、二番目に強い男だと思う。一番目は、サー・ストラウスだけど」


「いいや。オレでも無理だな。あんな地獄蟲の姿でいることなんてのは……」


「オレも無理だ。いくら強くなれるからって、地獄蟲になるのだけは無理だな。どう考えても、絶対に無理だったよ」


「それでも、彼が望んだことだからな……ロジンってのは、本当に心の底から尊敬できるヤツだよなあ。本当に強い……」


「地獄蟲ってのは、なんだね?」


 巨人族特有の好奇心だろうかな、ラシードがこちらを見ていた。オレは苦笑する。


「ジャスカ姫の夫は、色々あって呪術のせいで巨大なモンスターと化した。とびきり醜いヤツだ」


「何と……高貴な方の夫だろう?」


「そうだよ。だからこそってのもあるのさ。権力闘争に絡むと、ろくでもないことがあるもんだ」




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