第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その97


 緊急事態にはハナシの早いヤツらはありがたい。おしゃべりなオレには、特に助かる存在だよな。


 巨人族の戦士たちは、こちらに従ってくれるようだ。戦いを放棄して、生き残ることに賭ける。次の戦いに備えるためにな。


「さてと。撤退してくれるか?それとも何か、工作が他にあるのか?」


「あります。砦に火をつける予定でした。敵を巻き添えにするために、聖堂以外の施設を燃やしてしまおうと考えています」


「そうか。そいつはいいな。目立つし、将軍の死体が出なくても問題がない……」


 うやむやにするには、燃やすのが一番だ。オレが独自に考えていた案もそうだった。ゼファーに砦を燃やしてもらうつもりだったが、便乗するとしよう。


「すぐに火をつけてしまえ。時間はそう無いだろうからな」


 ……城門に対しての攻撃は続いている。重装歩兵の斧なんかがあれば、壊すことにそう長い時間は要らない。


 本来の籠城戦ってのは、砦や城の内側から抵抗するための攻撃を行うことで成り立つもんだが、その人手が足りなさすぎるのが現状だ。無抵抗のままでは、砦の分厚い城門も強さを発揮することはない。


「急ごうぜ」


「ええ、了解しました」


「皆、動け!!……バルガス将軍は、サー・ストラウスに任せてもよいのですか?竜で、脱出するつもりなのでしょうか?」


「……竜で逃げれば、バルガス将軍が落ち延びたことがバレちまうだろ?いい方法を用意しているから、安心しろ」


「分かりました。では、将軍のことを、よろしく頼みます」


「ああ。急いで火をつけちまってくれ」


 巨人族の男たちはうなずくと、行動を加速させた。砦のあちこちに配置してあった油の入った樽を蹴飛ばしている。


 転がって行く樽からは、油がドクドクと流れて広がっていく。そこら中に油のにおいが蔓延していった。


 燃焼を促進するための、固めたワラも置かれているようだな。準備は万端だったわけだ。すぐに火の手は大きくなっていく。


 炎は貪欲な者の舌のように、砦の外壁さえも舐めるように這い上がっていった。かなりの火力だったな。これだけの勢いで燃えれば、明け方になれば焼け落ちてしまうだろう。


「…………皆を説得することが出来たのか」


 足下でバルガス将軍の声が、そうつぶやいていた。彼は、状況を理解しているらしいな。


「……ああ。強引な手段を使わせてもらったよ。抵抗するなら、オレがぶちのめして、野戦病院送りにしてやるとな」


「……そうか。なるほど、強引だ。私を締め落としてくれただけはある」


「くくく!……すまなかったな」


「……私から、死の名誉を奪うのか、ストラウス殿?……三人の息子たちや妻と会う機会も遠ざけてくれるのかね?」


「そうだ。死んで欲しくない。有能な戦士は、一人でも多い。死んだフリをしてくれ。公式な存在ではなくなったとしても、『メイガーロフ』のために戦う手段はあるだろう」


「……そういう影の存在に堕ちるか」


「考え方次第だ。そういう形で国に尽くす戦士たちを、オレは何人も知っているぞ」


 そうだよな、シャーロン・ドーチェ、アイリス・パナージュお姉さん、ピアノの旦那よ。ルード王国のスパイたちは、まさに影に潜みながら、国家に大きな貢献を成し遂げているのだからな。


「政治的な名誉を得るだけが、英雄ではない。影に潜むことでしか、成し遂げられない戦いもある」


「……そういう戦いをするのも、敗戦国の将の務めか……?」


「亡国の竜騎士としては、オススメするよ」


「……生き恥をさらしても、戦うか」


「そうだ。そういう戦いを出来る、真の戦士でしか、この道を歩くことは不可能だ。バルガス将軍、アンタならやれる」


 前屈みになりながら、バルガス将軍へと右手を伸ばした。バルガス将軍は、この手を取ってくれないかもしれない―――そんな予想をしてもいたのだが、バルガス将軍はオレの手に指を絡めてくれたよ。


 そのまま、バルガス将軍を地面から引き起こした。


「……まったく……私を、まだ死なせてくれないとはな……」


「まだまだ戦えるんだ。悪いコトじゃないだろ?……蛇神の教えを全て知っているわけじゃないが、勇敢さを表現する生きざまには違いない」


「……蛇神を持ち出すとは、ズルいな。それでは、君のことをブン殴れなくなる」


「殴ってくれてもいい。首を絞めるという暴挙をしたんだからな」


 ドワーフ族なら、こう言い終わるよりも先に、オレのホホ肉をブン殴ってしまっていたことだろう。


 だが、巨人族らしいと言えばいいのか、あるいはバルガス将軍らしさなのかな。彼はオレを殴ることをなかったな。


 握り拳を作り、巨人族の太い指の骨をギシギシと鳴らしてはいたが、紳士的な行動を選んでいた。奥歯を失うリスクを負わずに済んだのは、ありがたいことだな。


 知性に輝く瞳は、いくつかの種類の感情を映しながらも、やがて大きな頭はうなずく。何か考えをまとめたのだろう。


「……どうする予定だ?」


「予想は出来ているんだろう」


「……カミラ殿か。あの不思議な術を?」


「そういうことだ。秘密の力だ。そいつを、使う……」


 左眼に指を当てて、ゼファーに言葉を伝える。


 ……ゼファー、カミラと合流しているな?


 ―――うん!いるよ!


 オレたちを回収するうように伝えてくれ。そっちは、戦力は大丈夫か?


 ―――だいじょうぶ。めいうぇいのぐんたいは、みなみにしゅうちゅうしている。『どーじぇ』たちが、ゆうどうできているよ!


 ……そうか。東に逃げる連中を助けてやれ。オレたちも、すぐに合流する。


 ―――らじゃー!!


 カミラの『コウモリ』は、すぐにやって来てくれたよ。炎に燃えている『ザシュガン砦』を見て、不安に思っていてくれたのかもしれないな。


『ソルジェさまー!!』


 無数のキュートな『コウモリ』の群れが、オレとバルガス将軍を囲むようにして飛び回ってくれるのさ。


「カミラ、頼むぜ。オレたちをここから脱出させてくれ」


『はい、それでは、お二人とも、お空にどうぞっす!!』




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