第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その88


『いくよ!!『どーじぇ』っ!!』


「おうよ!!」


 ゼファーは緊急着陸を敢行する。自分で焼き払った敵陣目掛けて、その巨大な脚爪で砂漠をえぐるような勢いで突っ込んだ。


 砂漠はゼファーの強行を許容したくれた。ゼファーにもその背にいるオレたちにとっても、墜落に等しい速さによるこの着地は、それほどの衝撃を与えることはない。


 『イルカルラ砂漠』に抱きしめられたような気持ちになれたよ。


 ニヤリと笑うと、ゼファーの背から飛び降りる。砂は、オレの脚にもやさしかった。親指に体重をかけて、重心を低くする。


 地を這う獣のイメージだ。


 そいつを体現することが、砂を蹴散らす速さをオレにくれる。


 優雅な二足歩行の華麗さを捨て去って、原野の殺戮動物のような粗暴さで砂を蹴散らす。砂に脚を突き刺すようにして、ふくらはぎの筋力を行使させる。砂はまとわりついて重量を与えてくるが、そいつを力で制圧してやれば、砂は猟兵を裏切らない。


 足を取られることもないままに、獣の走りでストラウスの剣鬼は獲物へと向かう。敵は火焔に蹂躙された衝撃を未だに引きずっている。竜の『炎』を思い知らされたばかりだ。心は不安と恐怖で塗りつぶされているだろう―――多忙なときに悪いが、死んでもらうぞ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 猛る血潮を焦がす、黒い殺意に衝動されて、剣鬼の歌が喉から放たれる。竜太刀の斬撃が火焔から逃れていた大男を打撃する!!


 そいつは反応しようとしたが、少しばかり遅く。致命的な傷を負うことになった。命を噛み砕いているような感触を指に得る。アーレスの宿る竜太刀は、孫竜ゼファーの活躍を感じることで昂ぶりを見せていた。


 残酷な切れ味で、帝国人の鉄の鎧を斬り裂いて、その中身までもを破壊する。肉を断ち骨を砕き、命を噛み潰した。断末魔の悲鳴は上がらない。上がったのは、血飛沫と喉笛が鳴らせた絶命の息だけだ。


 命の宿る赤を浴びながら、次の獲物へと向けて戦場の砂を刻むような歩幅で踏み抜いた。速く走ることよりも、遅くとも力強く確実に走ることが必要だ。敵はすぐそばに幾らでもいる。


 爆撃と火焔の津波、矢と弾丸。それだけでは、この軍勢を完全な劣勢に叩き込むには足りない。この4000の敵に甚大な被害を起こすためには、600人の巨人の戦士たちの力が要る。それを引き出すために、竜太刀と一つになってストラウスの剣鬼は暴れるのだ。


 ストラウスの嵐。


 我がストラウス家に伝わる、最も基礎的な剣術にして、最高の完成度を誇る四連続の剣舞だ。竜の背の上でも、ストラウスの剣鬼はこの舞踏を実行することが可能である。それほどに肉体に馴染ませている技巧だ。血も体も魂も、鋼と融けて嵐に化けた。


 鋼の嵐は砂漠においても精度を失うことはない。一人の剣鬼では成し遂げられなかった技巧の集積を、ストラウス家は伝えて来ている。この剣舞がオレたちを裏切ることはないのだ。


 帝国兵どもの鎧を裂いて、命を砕く。


 悲鳴を上げて、血も吹いて。四人の獲物が戦場に死を表現していく。恐怖と絶望に染まる、竜太刀で斬られながら、体の欠損を感じたのだろう。己の死を理解した男の貌は、引きつっているものだ。


 死ぬ瞬間までも勇敢であれと、教えられるのがガルーナ騎士の伝統ではあるが―――オレと違う故郷と母親を持つ貴様らのことを、責めるつもりはない。怯えながら死んでくれて構わない。


 悲鳴を上げろ。苦しみを叫べ。死を恐れて惨めにもがけ!この裏切り者どもが!!


 そうすれば……。


 そうすれば、オレは炎に呑まれるセシルの苦しみを、貴様ら裏切り者の帝国人に与えることが出来るのだから。


 竜の炎に、焼け焦げていく敵兵が踊る戦場で、黄金の火の粉を浴びながら、ストラウスの剣鬼は鋼の嵐で、怨敵どもへの復讐を成していく。裏切り者が!!くたばれ、帝国人どもめ!!貴様らの裏切りがなければ、オレは妹を失うことはなかったんだぞ!!


 本能が、殺せと訴えている。


 記憶が、怒りを知らしめろと迫ってくる。


 理性が、それらを表現する技巧をくれるんだ。


 オレはストラウスの剣鬼であり、ガルーナの竜騎士であり、『パンジャール猟兵団』の猟兵であり―――セシル・ストラウスの兄さまだ。


 敵兵を焦がしながら踊る竜の残り火に、アーレスの『角』が融ける竜太刀は裏切り者どもの赤を捧げる。雨のように飛び散り、血霧は絡みついてきた。鋼を持つ腕が断ち斬られて、宙で無様に踊る。首は、赤い軌跡と共に夜空を赤く汚すんだ。


 感情を帯びた技巧は、精確だ。心がどう在ろうとも、血肉と魂にまで組み合わさった技巧が間違いを犯すことはない。怒りと理性は同居することも可能だし、技巧というのは純粋にそれらを表現してくれる。


 荒れ狂いながらも、青い右目と金色の左眼は冷静を宿しているだろう?……ソルジェ・ストラウスってのはな、帝国人よ。そういう存在になっているんだ。お前たちのせいでな。


「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」


「ば、バケモノだあああああああああああッッッ!!!」


「な、なんだ、なんだ、コイツ、強えええっ。強すぎるうううううッッッ!?」


 怯えてくれるなら、ハナシは早い。恐怖に凍てつく関節では、獣よりも残酷な猟兵の技巧を防ぐことは叶わない。


 好きな神に祈るがいい。無限の戦いを楽しめる戦士の狩猟場へと誘う闘神を崇拝する者もいるだろう。慈悲深き女神に救済を願う者もいるだろう。


 何だっていい。


 どの神だっていい。


 祈ればいい。


 すぐに、そいつらに会わせてやろう。


 だから、覚えておいてくれ。神々どもに伝えればいい。これからもっと多くの信者を貴様のもとに送り届けるのだから。オレの名前を、魂に刻みながら、冥府に落ちるがいい!!


「我が名は、ソルジェ・ストラウス!!ガルーナ最後の竜騎士!!『自由同盟』の傭兵、『パンジャール猟兵団』の長!!やがて、貴様らの帝国を滅ぼし、魔王を継承する男だッッ!!」


 戦場で名乗ることは、自分の『正義』を主張することと同義だ。オレの殺意は、オレの信じる『正義』の実行として形を得ている。それが気に食わないのであれば、帝国人よ、貴様らの『正義』を宿した力で阻むがいい。


 竜太刀が暴れ。


 竜爪の篭手から伸びた爪が、砂漠戦仕様の首元がすっきりとした敵の首根っこを切り裂いていく。


 ……死体だらけの、煉獄の劫火が残る戦場に、返り血まみれの剣鬼は笑うんだ。その貌を見ることで、帝国人どもは理解してくれたよ。


「ま、魔王っ」


「ま、魔王だあああああああああああああああああッッッ!!!」


 そうだ。バケモノと呼ばれることも嫌いではないが、そちらの方が喜べる。ガルーナの王となる男は、あらゆる人種を束ねる王となる者は、その偉大なる称号が相応しい。


 恐怖に震える雑魚どもよ、我が怒りの深さと熱量を知るがいい。竜太刀を構え直す。怯えて固まる敵どもを睨みつけながら。煉獄の劫火を鋼に呼び込み、魔剣と成すために。殺意は再び力となるのだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る