第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その83


 脚の間には寝息を立てるミアがいて、背中にはリエルがいるのさ。いつものフォーメーションになって、オレたちはゼファーに連れられ『イルカルラ砂漠』の空へと上がった。


 深夜になり、夜風はとても冷たい。ミアは、ブルル!と身震いをして、目を覚ましていた。


「……お休みモード、おーしまい」


「寒くないか?」


「大丈夫。ゼファーとお兄ちゃんがいるもん!」


 竜の体温は温かいし、お兄ちゃんは両腕でミアのことを抱きしめてやっているからな。竜鱗の鎧は、『炎』の属性が強くある鋼を使っているから、オレの魔力をわずかに注いでやれば温かさを放たせることも出来る。


 ミアは羊毛のマントで、ミノムシさんみたく身をつつんでいた。ミノムシ・モードはかなり温かそうだ。お兄ちゃんがミアを抱きしめることで得られる感触もフワフワだったな。


「……リエルは寒くないか?」


「うむ。森のエルフは体温が高いからな。これくらいの寒さはへっちゃらだ」


「そうか。寒くなったら言えよ?抱きしめてやる」


「う、うむ。そ、そうして欲しい時になったら、そう言うから安心しろ」


「分かった」


『……『どーじぇ』、『まーじぇ』、みあ。てきが、いるよ』


 ゼファーがさっそく敵の姿を見つけていた。オレも左眼の眼帯をずらして地上を見つめる。


 帝国軍の軍勢だな……数は4000ってところか。全勢力ってわけじゃないが、かなり集めて来やがった。有事に対する警戒心が大きいようだ。いつでも集合することが出来るように備えていやがったのさ。


 ……ヤツらは、やはり『イルカルラ血盟団』の戦略を読んでいる。東西に大きく広がるように陣形を配置しているな。そして、中央の陣は、三層構造だ。これ見よがしに戦力を集中して配置している。


 メイウェイはあそこにいやがるだろう。左右の両翼に対して、動きを把握しやすく、命令を出しやすい場所であるし……バルガス将軍の狙いが自分だと知っているからこその三層隊列だ。


 『イルカルラ血盟団』の突撃を、中央部で受け止めるための三層だ。そこで突撃の勢いを削いでいるあいだに、両翼にいる軽装歩兵たちが素早く砂地を踏破して、『イルカルラ血盟団』を三方向から包囲する……。


 逃げ道は、南に残すだろう。せっかく奪い取った『ザシュガン砦』に、逃げ戻ろうとするヤツも出て来るはずだ。だから、おそらく両翼の軽装歩兵は南側まで囲もうとはしない。


 あえて退路を残すことで、突撃の勢いを殺す。そういう戦術がデザインされた陣形と言えるだろう。左右の部隊に騎兵がおらず、軽装歩兵しかいないのは、必要以上の機動力を持たせるつもりがないからだ。四方を取り囲むほどの動きは戦略上ない。


 ……騎兵は左右の翼の内側から中央部に配置されている。『イルカルラ血盟団』の突撃に合わせて、初っぱなから出すつもりはないようだ。虎の子の騎兵を、大事にしているという考え方と見るべきだな。


 砂漠は移動が困難だ。徒歩では、兵を疲弊させ過ぎてしまう。馬の数を確保することが肝要となる。メイウェイは、この戦で『イルカルラ血盟団』を潰すつもりではいるが、騎兵を消耗させるほどの積極的な攻撃は行わないつもりでいる。


 もちろん、それが必要だと感じたら、思い切り使うだろうがな―――『自由同盟』との戦いに備えようとしているのさ。『イルカルラ血盟団』は、もう終わった敵戦力だという認識があるのかもしれない。


 それは、ある意味では正しい。


 オレたちの援護がなければ、『イルカルラ血盟団』は、この陣形を突破する力はないだろうからな……色々と工作しても、これだけ整然とした隊列を組む。指揮系統の精度と、指揮官への信頼が厚い証拠だ。


「……強い隊列だね。こいつら、デキる部隊だ」


 ミノムシ・モードになっているミア・マルー・ストラウスが、その黒真珠みたいに美しい瞳で、帝国人どもの隊列を見下ろしつつ、そんな評価を与えていた。


「オレも同意見だ。あいつらは、想像していた以上に有能な部隊だ」


「うん。だからこそ、あのシャトーを襲っておいて良かったね」


「ちょっとでも体力と集中力を削いでやることが出来たからな」


「ああいう陽動が無ければ、『イルカルラ血盟団』は、根絶やしだったかも」


 ミアは右を向いた。南の空の下には、オレたちの仲間たちがいる。『イルカルラ血盟団』の部隊だ。隊列を組んだまま、ゆっくりと南に向かって歩いて行く帝国軍の大部隊に対して、彼らの部隊は600というところだ。


 砦を落とす戦いは、容易なものじゃないのは確かだ。バルガス将軍が作戦を練り上げていたとしても、軽傷者ばかりで済むような難易度ではない。あの600の中にも、重傷者が混じっている……死ぬ気で特攻して、一人でも多くと刺し違えてやるつもりの戦士も、少なくないだろう。


 この戦場を死地と見定めた男たちは、恐怖を忘れているはずだ。連戦は体力も気力も消耗させるが、死や苦痛の恐怖からヒトを鈍感にさせてくれる効果もある。『ザシュガン砦』を落とす戦いでも、死ぬ可能性はあった。


 それを生き延びたことで、今の自分に生あることが、どこか不思議に思えているのさ。拾った命だ。そう思えば、捨てることにも、どこか容易くなれてしまう。


 良くも悪くもある傾向だし、おそらくバルガス将軍は自軍の戦士たちに、そんな心理状態になることを狙ってもいたのだろう―――オレたちの東へと逃げろという提案を、彼らのうち、一体どれだけの人数が受け入れてくれるかは、不透明になるな。


 ……だが、そうだとしても、最初の突撃に全てを注ぐという方針では、間違いなく『パンジャール猟兵団』と『イルカルラ血盟団』は一致している。その最初の突撃に、オレたちも全力の助勢をするだけだ……。


 狙うべきは、ただ一つ―――。


「―――中央を狙うぞ。敵が最も自信を持っている場所に、オレたちは火力を叩き込む」


「ゼファーの『炎』と、私たちの魔術というわけだな?」


「初っぱなから、最大の火力を叩き込む。魔術を放った後は、オレは地上に降りて敵陣で暴れる。リエルとミアは、上空から射撃で援護してくれ」


「了解だ」


「任せて、お兄ちゃん!」


『ぼくは?』


「リエルとミアの指示に従い、攻撃しろ。コンセプトとしては、中央から、北東に向けるようなコースで打撃をするんだ」


『せんしたちを、ほくとうにとっぱさせるんだね』


「ああ。そうすれば、西からの陽動も敵の動きに制限をかけることになる……」


「……素直に東へと退いてくれれば、良いのだがな」


「そうしないヤツらも少なからず出て来る。そいつらは、仲間のためにも捨て石になるだろう……どうあれ、こちらの死傷者は少なくはならない……」


「戦だもんね。それはしかたがない。でも、どうせ命を散らすのなら、たくさんの敵を道連れにさせてあげたい」


「そういう戦いをしに行くぞ……さてと、そろそろ、動き始めそうだな、バルガス将軍たちが」




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