第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その79
……さてと。敵を数えていてもしかたがない。かなりの数が動員されているな。オレたちにとっては好都合なことに。それさえ分かれば十分なことだ。本格的な攻撃を仕掛けることが出来ない以上、この空域にムダに長くいる理由は何もない。
魔眼の『望遠』の力を使って、シャトーの城塞内に仕掛けた『罠』を見る。シャトーへと最初に乗り込んだ部隊……オレが、メイウェイに信頼されている部下だと考えている兵士たちがそこにいた。
メイドたちは、すでに避難済みのようだ。まだシャトーの内側にオレたちが潜伏しているかもしれない。待ち伏せを仕掛けるにも、元々は軍事要塞であったと思しきあのシャトーは優れている場所だからな。
捜索しようとしているのだろう。
オレたちと、おそらくアルノアが自分たちに隠しているであろう不都合な事実のことを。
ヤツらが仲違いしてくれるのは、ありがたいことだし、それを狙ってもいるが……メイウェイの忠実な部下を削るって作業も、『イルカルラ血盟団』のサポートにはなるだろう。
オレは『罠』の近くに兵士どもがいることを確認した後で、リエルに訊いた。
「……今から突撃する。矢文の準備は出来ているか?」
「……うむ。またせたな。完了したぞ」
「そうか。シャトーの城塞の内側にいるヤツらの誰でもいい。矢文をプレゼントしてやるんだ」
「わかったぞ」
「では、行くぞ。ゼファー、頼む」
『らじゃー!いっくぞー!!』
星の瞬きを背にしながら、ゼファーの巨体が自由な躍動で空に踊った。巨大な鼻先を地上へと向けて、ゼファーの体は大地に向かって落ちて行く。
空を突き抜けるような勢いで加速しつつ、眼下のアルノア・シャトー目掛けて一直線に飛翔するのさ。風よりも速いスピードをまとったゼファーの背の上で、オレは『ターゲッティング』の呪眼を使用する。
空にしたワイン樽に、魔術を誘う金色の呪印を刻みつけた。そこに目掛けて、『炎』属性の下級攻撃魔術、『ファイヤーボール』を放つのさ。小さくてもいい。ゼファーの飛翔の加速と、『ターゲッティング』の誘引が合わされば、リエルの矢と同じぐらい速く飛ぶ。
そして、威力も十分だ。
アルノア・シャトーの中庭に置かれているワイン樽の中には、ギンドウ・アーヴィング製の爆弾を仕込んでいる。幾つもな。適当に仕掛けた。懐中時計を使った時限装置も仕掛けちゃいない、賢げな野猿でも仕掛けられそうなシンプルな罠でしかないが……。
火力を浴びれば、爆発してくれる。
可燃性のアルコール純度を持ったワインと一緒にな。そいつらは、北風を孕むことでよく燃えるだろうよ。
『ファイヤー・ボール』が爆弾入りの樽を直撃して、巨大な爆炎とまばゆいばかりの閃光を放っていた。爆炎は連鎖を起こし、オレが配置していた爆薬入りの樽が、次から次に吹き飛んだ。
樽の近くにいた帝国人は、そのまま爆炎で吹き飛ばされた。少し離れたいた場所にいた帝国人にも、燃えるワインの雨が襲いかかっていたよ。豊潤な香りが、焦げていく。なかなか食欲をそそる香りを感じながら、ヤツら自身が肉料理になっちまうのさ。
ウール製の防寒具は、ワインの雨をよく吸い込んだし、よく燃えもしたな。ロロカ先生が数学とか物理学のもろもろの知識を使い、オレたちに伝授してくれた爆薬設置の黄金律ってものがある。
ロロカ先生オリジナルの仕掛けと法則なわけだが、オレごときの蛮族脳でも、理解は出来ないが使いこなすことは出来るんだ。
道具が持つ物理学的特性を完全に認識していなかったとしても、その道具を使いこなせるだろ?……そういうことさ。
とにかく。ロロカ先生直伝の爆薬設置理論は、今日も最高の威力をデザインしていたよ。砕け散った樽の破片を、飛び散る弾丸としても使えるように、樽の留め金の少しに爆薬を配置している。そうすると、ムダに高く破片が飛ばずに、効率的に周囲の敵へと突き刺さる。
鎧を着ていたところで、ムダだ。薄い鋼は木でも貫くことが出来る。とくに、偉大な発明家の一種には間違いない、ギンドウ・アーヴィングがストレスと怒りを込めて作った爆薬の威力で吹っ飛んでいる木っ端はな。
盛大な爆発が起きて、十数人がその瞬間に致命傷を負っている。『イルカルラ血盟団』の戦は知らないが、こういうトラップを体験したことは無かったのかもしれないな。罠ってのは、どこか哲学的なもので、個々人が持つ癖が主張してしまうモノでもある。
……優れたトラップ・マスターなら、この罠を分析して『イルカルラ血盟団』の犯行ではないと断定するだろう。しかし、そういう『科学』が行える達人は少なく、そんな達人がいたところで、オレたちの罠を知らなければ、こちらの正体には気づけないさ。
そして。
オレたちは、とても素早くこの場所を離脱し、目撃もされないように急ぐ―――闇に融けた色のまま、空を駆け抜ける……その神速のスピードの世界のなかで、リエルは仕事を実行する。
爆発に動揺しているシャトー内の兵士の一人に、あの金庫の中から発見した書類を留めた矢を突き立てていた。
それでいい。
あの矢文はメッセージを伝えてくれるだろう。アルノア伯爵の悪事を、敵が把握したという事実を、メイウェイ大佐にな……。
メイウェイはイヤな気持ちになるだろう。アルノアへの不信感は、確実な敵意に化ける。仲良くはなれないと確信するはずだ。両者のあいだの敵意は、これで明確化する。連中が同調することはありえなくなるさ。
……地道な心理戦だな。しかし、ヒトの不信感は、連携を砕くための力学としては優れているんだよな。そして、お偉いさん同士がもめていれば、その周囲の者やあいだに立つことになるヤツらも苦労する。こちらにとっては、良いこと尽くめだ。
……あとは、リエルが矢を放ったおかげで、アルノア・シャトーにまだ敵が潜伏とすると誤解し、ヤツらは捜索に全力を尽くすことにもなる。疲れるだろうな。いもしない敵に怯える。どんなに探しても、影さえ見つからない。
しかも、そんなヤツが凄腕の殺しの技巧を有していると知っているわけだ。考え得る限り、サイアクの鬼ごっこをすることになる。自分を殺せる、姿の見えない敵を探る。胃が痛くなる行為だな。
精神的にも肉体的にも、その仕事は疲れを招くものになる。なかなか、地味だがいいコンセプトの心理戦だろうよ。
「……仕掛けは十分だな」
「うむ。これで、上手くコトが運ぶだろうか?」
「最良の形になる確信は得られないものだ。敵にも知能があるからな。しかし、確実にストレスを与え、体力は削れる。これから先、どう転ぶのかは、運命次第ってところだ」
「ああ。そうだな。我々は、これ以上、すべきことはない。戻りましょう、ゼファー」
『うん!みんなのところに、もどるね、『まーじぇ』っ!』
ゼファーは大きな旋回でスピードを殺すことなく方向転換を行った。南へと鼻先を向けたのさ。
北では、帝国人たちが大慌てとなり、荒げた声で怒鳴っている。夜は静けさをまた失っているが、敵がそんな状態なだけに、オレたちは、もう少しだけの時間、体を休めることが許されそうだった。
貴重な休憩の時間となる。『ターゲッティング』は、それなりに魔力を消耗するからな……脱力し、我が妹ミア・マルー・ストラウスの哲学で言うところの『猟兵らしく全力で休む』を実行するのさ。リエルもオレに抱きついて来た。
空の上でくっついていると、やけに安心するものだ。そして、この抱擁は恋人同士の愛情表現だけでもなかった。リエルの繊細な指たちが、目の前で薬瓶を栓を開いていたよ。甘ったるいハーブの香りが空の一部に融けていく。
「飲んでおくのだ、ソルジェ。魔力の回復に良い、甘い香りがする苦い味の秘薬だぞ」
「……ああ。そうするよ。愛が込められた苦い薬を飲むとしよう」
「素直なのは、よいことだぞ」
下唇に冷たいガラスの感触が触れる。甘い香りを鼻は感じているな。何も知らないガキならば、甘いモノだと考えて、そのままグイッと飲んじまうのさ。だが、大人は知っている。良薬たるものは、おおよそ苦いものだということを。
愛が指を動かして、猟兵としてのプロ意識ってものが前歯を薬瓶の口に当てさせる。苦い苦い、森のエルフの魔力回復剤が、喉の表面に苦味の電流を残しながら、蛮族の大きな胃袋に注がれていくのを感じていたよ。
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