第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その76
「……あら。出遅れてしまいましたわ」
レイチェル・ミルラが残念そうにつぶやきながら、オレのとなりにやって来る。
「ふう。せっかく急いだのに……」
オレの肩に美女はそのセクシーなアゴを置いてくる。不満げにふくらんだほほがいたよ。梢にとまる鳥みたいだな。いい樽木のなかに浸かっていたと思しき、高級そうな酒の香りを『人魚』は漂わせている。
「……酔っているのか?」
「いいえ。ちょっとだけ呑んだだけですわ。演技の一環としてです」
「敵に経済的な打撃を与えたな」
「ウフフ。そうですわね」
「それに仕事もしてくれた。敵の数をコントロールしてくれたな。おかげで……かなり、楽に戦えたぞ」
「褒めていただいたので、良しとしましょうか」
肩から美しい鳥は飛び立って、オレの前で長い腕を星に向けて伸ばす。セクシーな踊り子の衣装は、しなやかな伸びの動作がよく似合う。というか、エロいわ。男ってのは、そういう美女がすぐとなりにいると、鼻の下を伸ばしてしまいがちになるものさ。
オレだって、男だから本能には従う。
だが、猟兵たちの長として、しなければならない仕事があるのだ。
「……『ラーシャール』への連絡要員は出したな?」
「ええ。お仕事ですから、ガマンしましたわ……1人だけは、『ラーシャール』に向かいましたの。でも……あの騎士を殺していたとしても、これだけ厩舎が豪快に燃えているのなら、『ラーシャール』からでも、見えるかもしれませんわね」
……レイチェルの言葉に促されるようにして、燃え盛る厩舎を見つめる。三階建ての大型厩舎は、火の粉を飛ばしながら、炎の柱を突き立てていた。これは、かなり遠くからでも見えるだろうよ。
「ただの火事かとも思われるかもしれん。酒宴のついでにケンカ始めるとか、ついうっかりと屋敷に火を放つヤツは、世の中には少なからずいるだろ?」
「誤解なく、あの若い帝国人は襲撃者の存在を伝えてくれる。私の行いもムダではなかったわけですわね……でも。こちらの戦いにも参加したかったですわ!」
「君は娼婦たちをエスコートしたんだ。ムダなことはしちゃいない」
「あら。さすがにリング・マスターは紳士の視点をお持ちですわね!私の仕事に、意味を見つけて下さいます」
「ガルーナの蛮族とはいえ、騎士道を歩む男だからな。彼女たちは戦闘に巻き込まなかったことは、オレたちの名誉にもなる。『イルカルラ血盟団』の宣伝にもなるかもしれんな。君の仕事は、多くの戦果をあげてくれているさ」
「分かりました。納得することにいたします」
「……安心しろ。殺し足りなくても、本番が残っている。さてと、皆!!こっちに集まってくれ!!」
オレは大声を出して猟兵たちを呼び寄せる。もちろん、ナックスもだし……リエルもゼファーからロープを伝って降りてくる。この屋敷には、生き残りがいるからな。戦闘員ではないが、メイドたちがいる。彼女たちにも、竜の姿は見せない方が良いだろう。
「団長、全員集まりましたよ」
我が副官一号こと、ガンダラはそう告げてくれた。オレは全員の顔を確認するために視線を走らせた。皆、無事なようだが、やはり言葉で確認も取りたくなる。
「無事だな?ケガをしているヤツはいないな?……軽い捻挫でも、申告しろよ」
……三秒ほど過ぎて、オレは二、三度頭をうなずかせていた。
「無事ってことだな」
「うむ。皆、動きに淀みはなかったぞ。レイチェルのおかげで、敵はこちらの作戦の通りに動いていたようだ」
「さすがであります、レイチェル。大人の色気パワーでありますな」
「お、大人の色気パワー……っ。私、難しそう……っ」
「ミアも、大人の色気パワーはムリそーだー」
未発達の聖なる貧乳をパンパンと手で叩きながら、ミアはそうつぶやく。ミアにはミアの妹パワーがあるから、それで男どもを骨抜きにしちゃうだろうけどな。
「そ、それで、ソルジェさま。これからどうするっすか?」
セクシー談義に陥りそうな状況を心配しているのか、カミラは言葉を詰まらせながら訊いてくれる。
「ああ、まずは皆の無事を確認したかった。そいつは確かめられたから、次は略奪だな」
「略奪か。何を奪うんだい、サー・ストラウス?」
「腹も空いているだろうから、食事を少し奪っておこうぜ」
「……そうだな。敵の食料を奪っておくべきだ。そうすれば、敵の拠点としての機能は壊せるよ」
「ついでに、アルノアの騎士どもが必死に守った馬もだぞ。無事なヤツは、20頭はいる……こいつらに物資を載せて南下するとしよう。手分けするぞ。ククル。そして、ナックスは馬を集めてくれ」
「分かりました。私は、外に逃げている馬を呼びます」
「外に逃げた馬の位置は、予想がつく」
「頼んだ。リエル。城塞内にいる馬たちをロープでつなぎ、逃げてしまわないようにまとめてくれ」
「うむ。任せるがいい。それと……ソルジェ」
「分かっている。ゼファーは、周辺の警戒と、ククルたちの手伝いだ。ククル。ゼファーに指示を叫べば、従ってくれる。馬の居場所を訊けば、的確に位置を教えてくれる。あまりにも遠くに行っているのなら、ムリして回収する必要はないからな。12分で戻れ!!」
「はい。了解しました!……では、行きましょう、ナックスさん!」
「わかったよ、お嬢さん!」
ククルもナックスも、当然ながら馬を乗り替えていた。走らせている馬は、疲労がたまっているから。オレは二人を乗せて走り回ってくれた馬たちの鼻を撫でてやる。
「よくやってくれたな、お前たちも、オレたちの戦力に組み込まれた。従順に尽くせ」
「ヒヒン」
「ブルルウ」
馬の言葉までは理解することは出来ないが、それでもコイツらは新たな乗り手たちのことを気に入ってはいるらしい。軍馬ならではの価値観を持っている。強い乗り手を、彼らも好むのだ。
「お兄ちゃん、私は?」
「ミアとレイチェルは、人数分の食事をバスケットに詰める作業をしてくれ」
「ラジャー。みんなの夜食を作るんだね!」
「私が案内しますわ」
「……残りは、オレも含めて食料庫と武器庫に向かうぞ。軍事物資を、運び出そう……運び切れないヤツは、火をかけて燃やすことにする」
「イエス。仕事にかかるであります」
「はい。力仕事は、お任せ下さいっす!」
「私もそういうのは得意ですよ、団長。元奴隷ですからな」
「変な嫌味を無表情で言うなよな。リアクションに困っちまうだろうが」
「気になさらずに。私の下手なユーモアですよ」
無表情のまま、ガンダラはそう語る。巨人族は静かな紳士が多いものだが、ガンダラは彼らのなかでも人一倍の無表情の持ち主で、とても落ち着いている人物だった。
……さてと。地味だが、軍事的には至極有益な作業を開始するとしよう。敵の馬を群れごと盗み、食料も矢も奪ってしまうわけだ……そして、少なからずの罠も残していくことにする。
細かなトラップを配置している時間は足りないが、食事と灯りの燃料としての油が樽に入ったものがある。こいつを、ちょっとシャトーの内部に転がしておく。戦闘以上に体力を使う重労働ではあるが……敵を少しでも焦らせてやりたいところだからな。
意地悪な性格をしているせいか、こういう作業をしている時の疲れは、感じにくいと来ていたよ。
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