第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その77


 ちょっとした罠を張り、貴族たちの酒宴のメシをつまみ食いする。ミアがフォークで突き刺したまま、お兄ちゃんのために掲げているんだ。絶対に食べないとな。タルタルソースのかかった新鮮な魚肉のソテー……?


「……この魚、『ラーシャール』で釣ったものか?」


「んー。そこまではー、ミアにも分かんないけど、新鮮だよね!」


「ああ。美味い。いいコックがいるな。淡泊な白身に、濃厚なタルタルソースか」


「そう!王道でベタ!……でも。だからこそ、良い!!」


 まったくだよ。ちょっとした栄養補給をし終えると、オレたちは移動を開始すべき時間が訪れたことに気がつく。


 ククルとナックスが馬を新たに5頭ほど連れて戻って来た。この馬たちを、オレたちは南に運ぶ。


 何をするのか?


 ……状況に合わせて色々だがな。どんな形にするにせよ、『イルカルラ血盟団』のフォローを行う予定だ。彼らのことを助けたい。馬で運んだ物資とか、そういうものがあれば彼らも助かるかもしれん。


 ドワーフたちの大穴集落への逃亡についても、伝えておかなければな。大穴集落の山賊たちが、受け入れてくれるとは計算していないはずだからな……。


 ―――『どーじぇ』、てきが、やってくるよー。


 ゼファーがその事実を伝えてくれる。


「敵が来たようだな。皆、馬に乗って南下を始めよう。ゆっくりと馬を歩かせるんだ。パニックが収まってから走らせる……それでいいな、ガンダラ、ナックス?」


「ええ。もちろんですよ。こちらも時間的な余裕がある。歩かせてもらいますよ」


「そうだな。でも、さっさと移動を開始しよう……オレは、この馬と物資を仲間たちに届けたいんだよ、サー・ストラウス」


 不安そうな顔で、ナックスは語る。『イルカルラ血盟団』のベテランたちは、今夜、死を覚悟した作戦に出る。メイウェイの軍を消耗させるために、彼らは命を捧げるのだ。


 犬死にではない。


 『メイガーロフ人』の結束を事実上阻んでしまっている人物がいる。そうだ、バルガス将軍そのヒトだ。彼の命が消えれば……それも、『メイガーロフ人』のために、侵略者である帝国軍と刺し違える形になれば?


 ……結束の阻害要因は消え去って、バルガス将軍はドゥーニア姫に跡目を譲れるということだ。人気の高いドゥーニア姫が『イルカルラ血盟団』と、帝国へのレジスタンス運動を継承するのであれば、今まで以上の兵士が彼女のもとに集まるだろう。


 それが、バルガス将軍の描いた筋書きであり、今宵、これから実行される作戦の本質だった。


 しかし……十分に作戦の目的を実行することが出来るのであれば、作戦と心中して命を捧げるヤツらも、デザイン通りよりも少なくていいはずだ。バルガス将軍は納得しないかもしれないが、オレはそういう結末を望む。


 ……死んだフリでもさせればいい。顔を隠して、行動すればいい。あるいは、この国から去ることもありだろう。この補給もままならぬ砂漠で帝国と戦い続けたバルガス将軍。彼ほどの腕があるのなら、他の戦場で帝国軍を困らせることも出来る。


 そうなれば、間接的ではあるが、『メイガーロフ』を帝国から守ることにもつながるだろうからな。そうだ。オレは、バルガス将軍を『自由同盟』に亡命させて、戦力として共に活動して欲しいと考えていた。


 故郷のために命を捨てると誓った男だ。どんなに辛い任務でもこなせる根性がある。そういう超一流の戦士を、死なせるのは……やはり勿体ない。


「……よし。馬に乗れ。皆、物資と共に、南下するぞ!!」


「うむ。しばらく馬で南下して、敵と間合いを保つ。それから……私たちがゼファーでこちらに工作しに戻れば、メイウェイの部隊を打撃してやれるな」


「そういうことだ」


 リエルの言葉を現実のものにするよ。馬に乗り、群れなすことで安定を取り戻した軍馬たちで、砂漠へと乗り出すのさ。


 よく鍛えられた尻と、長くて細めの脚を持つ馬たちは、白い息をまとった鼻歌を流しながら、リズム良く砂漠の砂に足跡を残していく……。


 オレは馬の背に揺られながら、左眼をまぶた越しに押し当てた。


 視野を共有するのさ。上空で、アルノア・シャトーに向かう帝国軍の姿を、ゼファーはじーっと見つめている。頭のなかに、攻撃したい―――という欲求を持っているのが分かる。竜騎士だし、『ドージェ』だもんな。


 だが、賢いゼファーは、理解している。


 まだ手を出すタイミングではないのだ。ゼファーの姿を見られてしまえば、オレたちの介入が疑われる。そうなれば?……アインウルフにさえもプライドを捨てさせるほどに有能な軍人であるメイウェイ。ヤツが用兵を慎重にするかもしれんからな……。


 こちらの戦力を気取られるべきではないのさ。オレたちは、存在を隠すべきだ。賢い敵には情報を可能な限り渡さない方がいい。


 ……それを理解しているゼファーは、攻撃したいと疼く、竜らしい本能を押し殺しながら、オレの命令を聞いてくれているのさ。あとで、ものすごくたくさんナデナデしてやりたいな。


 オレたちは、馬の上で、ミアとレイチェルが弁当箱に詰めてくれた、帝国貴族の料理を食べた。行儀が悪いかもしれないが、移動と休息と食事を同時に取れるからな。戦略の上では良いこと尽くめというわけさ。


 体力を使っている。


 少しでも休むべきなんだよ。戦闘に使用した体は、心身共に疲弊しているもんだ。まだ、がんばれる?……そういう自信は否定すべきだ。可能な限りだらけて、呼吸を穏やかにし、体と心の緊張感を2時間は取り除くべきだ。


 そうすれば、少しばかりは回復してくれる。心も体もな。戦場での連戦は、自覚できないほどの疲労を与えてくるものだ……。


 ……しかし。


 魚も肉も、炒めた野菜も。かなり美味い味付けだな。


 筒状の弁当箱から、フォークを使って調理された肉を引きずり出しながら、オレはそんな感想を胸に抱いた。


 砂漠に散った彼らに、有能なコックは毎日のように美味い料理を食べさせてやったようだ。この砂漠での熱さと寒さに襲われる暮らしは、地獄のように辛いものであっただろうが……。


 美味いモノを日々、食べて暮らせたのだ。悪い思い出ばかりの地ではあるまい。そんな土地の砂に血を吸わせて眠るのであれば、魂も黄泉路で苦しむことはなかろうさ。


 冷えた砂漠の星空を見つめ、ときおり流れる星を追いかけたりしながら、オレは夜食を終えていたよ。


 ……ゼファーがオレたちを遮るようにして、砂漠へと降り立ったのは、夜食を終えてから15分ほど経ってからのことだった。


『ちゃーくちっ!!』


 ずしゃああああああ!!……と、砂漠の砂を宙に巻き上がる。楽しそうだな、油断している心はそう考え。顔の筋肉は、親バカのためにある表情へと弛緩した。


「ソルジェよ。我々の出番だな」


「ああ……じゃあな、皆。このまま、馬で南下を続けてくれ……いい機会だ。乗る馬を変えて、馬のことを休ませてやれ。ただし、自分の脚は使うなよ?」


「イエス。ノンビリして、体力の回復につとめるであります。今晩は、もう一戦しなければならないでありますからな」


「そういうことだ。ではな、ちょっと行ってくるぜ」


 馬の背から飛び降りて、ゼファーと、すでにその背にいるリエルのもとに走ったよ。砂を踏みつけ、竜騎士らしく華麗に跳んだ。ゼファーの背に、飛び乗ったのさ。


「頼むぞ、オレのゼファー」


 ゼファーの背中をやさしく撫でると、ゼファーは尻尾をビュンと振った後、空へと戻るためのスピードを帯びるために走り始めた。




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