第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その73


 アルノア・シャトーの中にいる戦闘員は排除した。楽な戦い過ぎて、物足りなさも感じるが、これも仕事だ。趣味に走っている場合ではない。戦場をさらに混沌に陥れるためには、余韻にひたって時間を無為に過ごしているわけにもいかんのだ。


 竜太刀を肩に担ぐようにして、オレはシャトーの内部を走っていく。酒宴の料理と酒が豪華に盛りつけられている。食欲をくすぐられるが、後で食うことにするさ。


 シャトーの玄関ホールに到着すると、二人組の騎士と遭遇する。レイドー卿が派遣した戦力かもしれないな。こちらの戦術にハマってくれていることの証。少しでも、敵を分散することで、オレたちは楽に戦えるというものだ。


「き、貴様あああああッッッ!!!」


「何者だあああああッッッ!!!」


「ククク!!……知りたければ、力で吐かせてみせるがいいッッッ!!!」


 正面から飛びかかった。跳躍しながら竜太刀を叩き落とす。獲物とした騎士が持つ剣ではリーチが足りないからな。正面から挑めば、オレの方が一方的に攻撃することが出来る。彼は躱さなければならなかったが、帝国騎士の誇りゆえか、受けることを選んでいた。


 残酷なほどの筋力差と、鋼の重量差が勝敗を一瞬で決めてしまう。


 鋼がへし折れて、帝国騎士の頭部に深く、竜太刀の刃が叩き込まれる。


 ……もう一人の騎士は、冷静だった。レイドー卿が選んだ騎士らしいと言えるかもしれない。ベテランだ。若くはないが、その代わりに十二分なほどの経験値というモノを持っている。


 仲間の死を悟ると、その死をも計算し、オレの背後を取ろうと右に回り込んでいる。脇腹を狙い、鋭い突きで挑むつもりのさ。


 ベテランらしい技巧を見せて、その突きが迫ってくるが―――オレは、その突きをドワーフ・スピンのフットワークで躱す。


 春に暴れる竜巻のように、我が身は踊り……騎士の突きを軌跡した鋼を背中越しに躱しつつ、ドワーフ・スピンは竜太刀の間合いに騎士の背中を捉えさせる。


「……っ!!」


 ベテラン騎士は己の命が奪われるよりも、左腕を盾にしてでも決死の斬撃を受け止めようとする。振り上げた左腕は、命を守るために犠牲にしてもいいという覚悟が宿っているものだった。


 切羽詰まった瞬間に、戦士が見せるこういった動きには敬意を覚えるよ。熟練が体に判断させる動作だ。本能になるまで、鍛錬で動きを体に刻みつけていく。


 アルノア騎士団の技巧は、本物の騎士らしいものだ。


 ……しかし、その動きに応じてやれるほど、猟兵の動きは甘いものではない。


 この腕に斬撃を叩き込めば、低い確率で腕で竜太刀を絡め取られる可能性もある。その瞬間に生じるであろう隙は、一瞬にも満たないものだろう。ベテランの騎士が刹那の好機を逃さずにいられるかは、かなり難しい課題であるには違いないが―――。


 ―――ベテラン騎士の想像力を超えるための準備は、この9年間のあいだに済ませている。経験がデザインさせた動きであろうが、ただの本能的な反射であろうが……相手の防御に乗ってやる必要はない。


 そういうコトをしていたら、手酷い反撃を仕掛けて来た白髪の猟兵がいるもんでな……ベテランの防御ってものには、付き合わないほうがいいってことを、オレの血肉は学習させられていた。


 鉄靴を履いた右足を使い、ベテラン騎士の左脚を打ち払っていた。ベテラン騎士のバランスが崩壊し、左腕を犠牲にしてでも放つ予定であった反撃の姿勢は破綻していた。


 床に背中から倒れたベテラン騎士が、状況を理解し、対応するよりも早くに、竜太刀で騎士の体を上から貫いていた。


「ぐごほおお……ッ!!」


 胃袋を貫き、その近くにある心臓にも鋼は達していたよ。オレは指と手首を動かして、アルノア騎士の命を破壊する。


 最後までオレに抗おうとしていた騎士の腕が、剣を振り上げようとするが、それはとても遅いものであり、脅威と判断することも出来ない動きではあった。死が、彼の指から動くための力を盗み去り、落下した剣が、鋼と床石が奏でる甲高い終焉の音を歌うのだ。


 言葉は使わない。


 ただ呼吸を整えて、次の動きのために備えていた。技巧を使えば、呼吸が乱れる。それは、次の動きを破綻させることもある。ヒトは、同時にも多くのことは出来ないものだし、続けざまにも複雑な運動を技巧に表現させることは叶わない。


 目視で敵の死を確認しつつ、呼吸を整え、体勢を変更し、竜太刀を肩に担ぐ姿勢に戻りながら、鉄靴の底で床石を蹴りつけながら加速して行く。


 戦場に出るのさ。


 敵の戦闘員がいなくなった、アルノア・シャトーはオレのような存在がいるべきではない。


 ……こんな場所にとどまれば、メイドたちを不安にさせて、彼女たちに自害を選ばせる可能性もある。陵辱されてから殺されるよりも……陵辱されるより前に殺される方がマシと判断する女も少なくはない。


 戦場に踊り出たオレは、ますます強い炎に燃えている厩舎と、猟兵たちの矢によって、ずいぶんと数を減らした敵の姿だった。


「……き、北に、いるぞ!!騎兵が、いるぞお!!」


「どうするんですか、レイドー卿!?」


「……っ!!動くな!!城門の前を死守しろ!!守りを固めて、耐え続けるしかあるまい!!」


 ククルとナックスが、馬を北に走らせてくれたのだろう。敵の視線と意識を誘導させることで、敵戦力の一極集中を阻んでいるわけだ。


 いい混沌だ。


 戦場は混沌に沈み込み、敵は理性があるがゆえに混乱に染まる。


 北門にいた敵兵の数もあとわずか。ガンダラ・チームと、上空のリエルによる矢が、北の城塞の上にいた敵兵を間引いている……楽な戦いだったが、さらに楽にさせてもらうとしよう。


 城塞の上のガンダラ・チームと、ククルとナックスの姿に気を取られている敵ども目掛けて、オレは獣のように低く身を伏せ走りながら突撃して行く!!


 牙を剥き、獣のような貌になる。


 ストラウスの剣鬼らしい表情だろうよ。なあ、アーレス?……美味しい獲物を狩り殺すとしようか。


 もちろん狙うのは、指揮官の首だ。敵陣に突っ込めるのであれば、そいつを狙うが古来よりの戦士の定石!!


 加速し、オレは何人かの敵兵の前を通り過ぎて、見定めていた男へと挑む!!


 レイドー卿は、殺気に気がつき、鋼を振り回した。


 竜太刀と帝国騎士の剣が衝突し、鋼はやはり、火花に彩られた戦場に相応しい歌を放つ!!


 ガギキイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッッ!!!


 怒りに満ちた貌だ。オレが喜んでいるから、怒っているのかもしれん。だが、分かってくれよ、レイドー卿。


 この唇の歪みはな、貴殿に対する、オレがしてやれる最高のリスペクトの証なのだ。いい腕をしている!!期待していたよりも、上の腕前だ!!




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