第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その72


 ……返り血を浴びたまま、二人目に向かって走った。足音と隠す気を消した殺気に反応した。しかし、反応過ぎるには、もはや遅すぎる距離だな。竜太刀を叩き下ろして、騎士の頭をカチ割ってやる。


「きゃああああああああああああああああああああッ!!」


 騎士よりも先に、メイドに気がつかれたな。騎士からすれば、何とも間の抜けた事実になる。それでも、残り三人の騎士は気がついた。酔っ払った体を揺らしながらも、剣を抜き放つ。


 オレは騎士道に生きる者としての務めを果たしておくことにする。


「非戦闘員は、さっさとどこにでも隠れていろ。巻き込まれて、流れ矢にでも当たるのはつまらんだろう」


「は、はいいいいっ!!」


 メイドたちは悲鳴混じりの返事をして、脱兎のように隠れていく。いいことだ。戦場になど、エプロンドレスでうろつくべきじゃない。戦士のみで構成される場所だよ。戦場というところはな。


「賊がああッ!!入り込んでいたかあああああッッ!!」


「我らが守る伯爵のシャトーに、よくぞ来たッッ!!」


「殺してやるぞ、赤毛の反乱分子め!!人間族のくせに、『イルカルラ血盟団』に金で仕えたかああッッ!!」


 騎士たちは酒臭い怒声を放ちながら、オレに向かって距離を詰めてくる。ゆっくりとな。力量差ぐらいは、酔っ払っていても分かるようだ。


「フン。反乱分子か。いかにも帝国人らしい価値観だな。人間族が亜人種とつるむのに、金以外の動機があるとは思えんのか?」


「……っ!?」


「まさか……貴様……」


「……『蛮族連合』の、人間なのか……?」


「どう思う?……もしも、そうだとしても、そうでなかったとしても―――お前たちは、オレに挑むべきだぞ、騎士ならばな」


「……言われるまでもないッ!!」


 プライドは命よりも重たい時がある。そういう重量感のあるプライドを持っているヤツのことは好きだし、そういう男に対しては手加減などしてやるのは失礼に値するというものだな。


 竜太刀の重心と一つに融け合うようにして、地を這うような低い姿勢へと傾きながら、右腕を大きく突き出すのだ。突き技―――シンプルだが、ヒトの体が放つ攻撃の中では、間違いなく最強の破壊力を生み出す剣技の一つ。


 速さと威力にあふれる鋼の一撃をもって、オレは勇敢な酔っ払いの胸を深々と貫いていた。


「がごふう!?」


 手首を返しながら、左手の掌を使って、死に行くその騎士の顔を押し込んだ。止まりつつある心臓の拍動に合わせながら、赤い噴射が何度か続いた。死に至る者が見せる痙攣を、騎士の体は見せつけて、そのまま永久の眠りへと落ちていく。


「く、くそ!!」


「こいつ、強いぞ!!」


「強ければ、攻めて来ないか。仲間の到着を待っているわけか?……そいつは、臆病者のすることだな、帝国人よ」


「うるさい……っ。戦術とは、そういうものだ」


「このオレに戦術を語るか。なるほど、そうだな。だが……君らは勘違いしているぞ。君らがそうであるように、オレも一人ではないのだ」


「……っ!?」


「そ、外にもいるのか!?」


「良い勘をしているな。そうだ。メイドの悲鳴が合図となっただろうよ。外のヤツらが、この場所に近づこうとした瞬間、オレたちの攻撃は始まる」


 ガンダラ・チームが射撃を開始したことが分かる。だからこそ、こちらに近づいてくる騎士が、まだいないのだ。悲鳴を聞きつけて、動き始めようとした時から、隠れることを止めて攻撃力を上げた。堂々と敵を攻撃することが出来る。


 南からの射撃を受けて、アルノアの騎士どもは遮蔽物に隠れようとするだろう。そして、上空から放たれるリエルの矢に射抜かれる。重奏した混乱のせいで、ろくな判断力を発揮することも出来なくなるだろう。


 どれが、本命で。


 どれが、陽動なのか?


 ……そいつを判断するには、賢いヤツじゃあ、ムリだな。考えることが得意な攻撃的な性格をしているヤツは、考え込んでしまうもんだ。悪くはないが、向かないのさ。守りに向いているヤツは、考えを捨てることが得意なヤツしかなれん。


 ……攻撃的な、レイドー卿は、悩むだろう。『イルカルラ血盟団』の騎兵たちが、北の門から突撃して来るとすれば?……もしも、壊れた北門を手薄にすれば、簡単に攻め込まれてしまうことになるからな。


 咄嗟に動くよりも、考えてしまう。理性ってのは、悪いものじゃないが……万能でもない。


「……『イルカルラ血盟団』と、『蛮族連合』が、手を組んだと言うのか……?」


「だとすれば……大軍が、この土地に攻め込んでくるのか……」


「そうかもな?……『メイガーロフ』攻略のために、敵の戦力を少しでも減らそうと考え、お前たちを殺しに来たのかもな」


「……なんてことだ、伯爵は、ご無事なのか……?」


「主君の心配をするとは、素晴らしい心がけだが……生かしておくわけにもいかん。構えろ。殺しに行くぞ」


 サービスだ。ちょっとばかし、彼らの騎士道にリスペクトを捧げたくなったからな。オレはゆっくりと、竜太刀を構え直した。


「……っ!!」


「……こ、来いッ!!アルノア騎士団の強さを、見せてやる!!」


 正面から斬りかかっていたよ。向かって右にいた騎士へと襲いかかる。迎撃のために鋼は振られるが―――護身用の肉の厚みに欠く剣では、竜太刀の剛打を受け止められるはずもない。


 バギキイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッ!!


 鋼が砕けながら歌い、アーレスの宿る一刀は、騎士の左の鎖骨を叩き斬りながら、オートクチュールの華美で豪奢な生地を裂き、それを身につけた男の肉体に深く入り、竜太刀の切っ先は心臓を撫でるように切り開くのさ。


「くふう……」


「お、おのれえええええええ!!」


 最後の騎士が、剣の乱打を浴びせて来る。いい腕だ。深酒も、熟練の太刀筋を酔わせることはないものだということを、彼は証明してくれる。鋼をぶつけ合わせて、それぞれの技巧と経験値の宿った歌が放たれていく。


 ……いい剣だ。


 癖が大きくもある構えのくせに、弱点らしい弱点を見つけられない。そいつは、一代の寿命では成し遂げられない高みにあるものだ。何代にも渡って、剣術を継承して来た、伝統というものがなければ、到達することが叶わぬ完成度だ。


 しばらく、打ち合ってやるのもいい。


 コイツの剣は、まるで職人がこしらえた品のように居心地が良いものだった。しかし、戦場は忙しい。時間をムダにすることも出来ん。オレの楽しみのために、ミアたちに危険が及ぶ確率が少しでも増えることなど―――シスコンのオレには、到底耐えられんことだ。


 竜太刀を両手持ちに変えて、『北天騎士』の技巧を宿す。剛の太刀、全身の筋力と動きを、ただ一撃の重みへと変える一刀を放ち……威力のもとに、伝統を粉砕していた。


 砕けた鋼が宙を舞うなかで、返す刀が騎士の喉元を深く斬り裂く。口惜しそうに、男の貌は歪み……死の重力に引かれるように、その体はゆっくりと崩れ落ちていた。




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