第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その60


 ヒトってのは考える動物だ。まして、かつての職場を裏切って、新たな職場の上司に気に入られようと必死な場合はな……顔色をうかがい、未熟で知恵の足りない若者であったとしても、媚びへつらうために集中力を使うだろう。何かしら気づくこともあるさ。


「……オレ……オレは……っ」


「いいか。何も考えなくてもいいんだ。ただ思い出すだけでいい……何を訊かれた?」


「……どれぐらいのヤツが……」


「どれぐらいのヤツが?」


「……裏切りそうにないか、それを訊かれたんだ……」


「お前のように、メイウェイを裏切ることのない、メイウェイに忠実な兵士の数をか」


「ああ。そうだよ……アルノア伯爵は、それについては真剣だったんだ……きっと……あれは……せ、攻め込むつもりなんだって、思った」


「なるほどな。たしかに、メイウェイに忠実な戦力を知りたがる理由は、それぐらいしかないだろうな」


 『敵』の数を知れば、攻略し甲斐がある。兵士を引き抜くだけではないだろうさ。メイウェイを失脚するための工作が成功するとは限らんからな。アルノアは有能な男だ……場合によれば、武力でメイウェイを殺すことも考えていた……。


 自分に忠実で有能な騎兵を、アルノアは自分がこの『メイガーロフ』の太守となった時のための幹部とするためだけに、引き抜いたというわけじゃない。そうだとすれば、もう少しは手厚く扱うだろうさ。


「……訓練中の騎兵隊の中から引き抜かれたヤツで、アルノアからいい扱いを受けているヤツはいるのか?」


「いや……いない……オレたちは……どこか、ヨソ者扱いが抜けない……っ。軽蔑されているのかもしれない……アンタの言う通り、オレたちは…………忠誠心ってものが、少ないと思われているのかも……」


「……どれぐらいの人数がいる?」


「どっちのことだい……?」


「どちらも知りたいが、まずはメイウェイを裏切りそうにない騎兵隊の数は?」


「……5000のうち、1500は、絶対に裏切らないだろう……」


「具体的だな。どうにも根拠があるような数字に聞こえるぞ……どうしてだ?」


「簡単だよ……そいつらは、古参の兵士だ。教官代わりというか、先輩というか……悪くない腕前のヤツだ……メイウェイ大佐と、長らくつるんでいるから、きっと裏切らないと思う」


「第六師団の頃からの付き合いか」


「そうだ……第六師団は、どこかの辺境で力尽きてしまうまで、あちこちで戦いをしていたんだ。だから、負傷者も多くて……そういう負傷者は、最後の遠征には参加しなかった」


「『グラーセス王国』での敗北を、生き延びたか……」


「……ああ。そんな国だったかな……ドワーフたちの文明の遅れた国だ……」


「発言には気をつけた方がいいぞ。オレは、その『グラーセス王国』の貴族戦士の身分を持っている」


「……っ!?……そ、それは…………すみま、せん……」


「謝罪の言葉をくれるのなら、それでいい。それで、他の3500人はどうなんだ?」


「……若いヤツが多くてさ……そういうヤツらって、『第六師団組』を嫌っている……もう滅びちまったくせに、ドワーフに負けた師団のくせに、エリート気取りっていうかさ……オレたちよりも、上等な存在だと思っていた……二等市民が多いくせに」


「二等市民……帝国の市民でも、下位の存在か」


「……そうだ。未開の国の出身者も多いんだぜ……オレたちよりも、低い教育しか、受けて来なかったヤツらだ……なのに……腕がいいからって、アインウルフさまに重宝されて来たんだ」


「帝国軍ってのは、実力を重視するんだろ?」


「……そうだろうけど。生まれってのは、実力に反映されたら、おかしいのか?……貴族だって、それを実力として評価されているだろう?」


「……否定はしにくいな」


 実力主義を標榜する帝国軍だって、帝国貴族の地位を否定しているワケじゃない。そうだ、帝国はダブル・スタンダードになってしまっている……貴族であることは、そいつの才能による能力ではないが―――評価せざるを得ない力となっているのだから。


 身分を重視する貴族社会と、それを問わない実力主義社会……帝国が標榜するのは、その相反する二つの哲学だ。どうしたって矛盾が出て来てしまうさ……。


「……オレたちは、不満だったんだよ。二等市民に、偉そうにされることが……イヤだったんだ……訓練の苦しさに、嫌気が差しているのもあったけど……」


「メイウェイと戦えと言われたら、お前はメイウェイと戦えるのか?」


「……戦える……戦えたと、思う。アルノア伯爵に引き抜かれたとき、そういう……覚悟もしたよ」


「そこまでメイウェイが嫌いか?」


「……人間族第一主義を、彼は、理解していない。この大陸は、オレたち人間族が支配して主導すべきものだろ?……分からないよ。どうして、亜人種どもなんかを、対等な存在みたいに扱おうとしているのか……」


 帝国の若い世代ほど、亜人種に対しての敵視が強くなっているようだ。他の価値観を知らないからだろう。オレたちにとっては、厄介な事実じゃある。若い世代ほど、『自由同盟』の敵となってしまうからだ……その逆ならば、楽な戦いになるんだがな。


「……ユアンダートの掲げた主義に、盲目的に従うわけだ」


「……帝国臣民として、それって……当然の行いなんじゃないか……?オレたちは、帝国人なんだぜ……」


「そうだったな。帝国人の正義としては、その考えが正しいのだろう」


「……蛮族連合は、違うってのか……」


「違うな。全く、別の正義のもとに動いている。ヒトは、人種などで差別されるべきではない」


「……亜人種びいきなんだな……アンタは……だから、メイウェイと、組んでいるのか?」


「メイウェイとは組んじゃいないさ」


「……ならば、どうしてアルノア伯爵を狙うんだ……?」


「帝国人は、全てオレの敵だ。その理屈は、理解しがたいか?」


「……いいや。そうなんだろうな……それで……オレは……殺されるのか?」


「殺さないさ。お前は負傷者として、仲間の世話になればいい。生かされたことで、十分に疑われることになるだろうがな」


「……そ、そうか……オレは……疑われる……っ」


「裏切りを選ぶと、ろくなことがないな。不誠実な生き方を選ぶことのリスクもある。信頼を得ることは、実力を証明することよりも、はるかに難しいことだということを、お前は身をもって学ぶことになるだろう」


「……っ」


「それでも。死なないよりはマシだろう。お前の同僚は、学ぶことも選ぶこともないままに死んだのだ」


「……ビート……っ」


「十分な情報を提供してくれたな。殺しはしない。だが、気絶はしていてもらおう」


 同意を得るよりも先に、オレは篭手をまとった拳を若い兵士の顔面に叩き込んでいた。彼の顔面に拳は着弾し、彼は後頭部を強く床石に打ちつけて気を失った。三十分は気を失ったままだろうし、戦士としては使い物にはならない。


 オレの情報をバラすかもしれないが、オレがどんな存在なのかは分からないままだろう。ゼファーの姿を隠したまま戦うことが出来れば……コイツはアルノア査察団の兵士たちに疑われるかもしれんな。メイウェイのスパイかもしれないと……。


 それぐらい、オレは上手に立ち回るべきだろう。スパイの手引きがなければ、不可能だと思われるぐらいの侵入をな。敵を混乱させる工作は、多い方が良いに決まっている。




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