第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その45


 チームを分けることにする。オレはレイチェルと組んで、あのシャトーの周辺を反時計回りに巡る。キュレネイとククルは、時計回りにというわけだ。地図に更なる視点を描き込むためでもあるし、実際に目と肌で現場を感じておくのも有効なことだ。


 ……戦術はほとんど固まっているが、リエルたちの移動がまだだから、すべきことは、今のうちに全てしておくわけさ。


「それでは、ソルジェ兄さん、レイチェルさん、お気をつけて!」


「ああ。敵に見つからないように動くぞ」


「イエス。団長以外の女子は、見つかっても誤魔化せるでありますから、団長は身を低くして動くであります」


「そうですわね。宴を開くのであれば、女の子も呼ぶモノです。殿方は、スケベですものね!」


 キラキラとした笑顔を、この場で唯一の男であるオレに向けてくる『人魚』さんがいたよ。どういう意味がある行いなのか?……ちょっと分からないが、スケベな殿方とやらの一員であるぐらいの自覚はある。


「ククル。見つかったら、娼婦のマネをするであります」


「しょ、しょ、娼婦っ!?」


「マネをするだけであります。あるいは、娼婦の護衛でもいいでありますな。穢れ無き美少女娼婦キュレネイ・ザトーさんの護衛であります」


 穢れ無き美少女娼婦?……なんだか、矛盾している言葉のような気もした。あるいは男の好奇心がくすぐられそうな響きじゃある。発言することは控えるが、キュレネイの処女なら高く売れるに決まっていたよ。


「穢れ無き美少女娼婦……なんだか、キュレネイさんだけズルい気もします。私も、穢れ無き美少女娼婦になります。美少女ですもん……わ、私だって」


 ククル・ストレガの言葉は真実だった。星の魔女アルテマの『特別な末裔』たちは、間違いなく美少女である。


「分かったであります。私たちは、旅する穢れ無き美少女娼婦一号二号として、今夜、宴のウワサを酒場のオッサンから聞いて、砂漠を歩いて来た人物たちという設定で行くでありますぞ」


「は、はい!」


「……見つかるなよ?」


「イエス。見つからないでありますが、もしもの時を考えておくのも、猟兵の務め。我々は場合によれば、安全にシャトー内の偵察も行えるでありますが?」


 愉快なトークの裏側は、そういう戦術の提案だったというわけだ。キュレネイ・ザトーは考えている。娼婦に化けて、あのシャトーの中を偵察すればいいのではないか?……悪くない考えではあるが、オレは賛成しない。


「……そこまでする必要はない。あそこにいるヤツらは、基本的に殲滅することになる。捕虜は一人か二人で十分だ。アルノア伯爵以外は、殺してもかまわん。それに、あそこには帝国軍のスパイもいるかもしれんからな」


「……それほどまでに警戒すべき相手なんですね、帝国軍のスパイたちは」


「死んでも攻撃して来ることがある連中ですもの。欲張り過ぎるのは、止めておきましょう、キュレネイ」


「……イエス。『イルカルラ血盟団』の援護もあるであります。こちらの戦力が集まっていない状態では、リスクを冒すことはしない方が良さそうでありますな」


「そういう方向性で行くぞ。想定以上の戦いを、大穴集落ではしてしまっている。余裕も油断も、今は禁じる。慎重に動くぞ」


「はい。では、行きましょう、キュレネイさん」


「イエス。団長、レイチェル、15分後に合流するであります」


「ええ。それでは、私たちも参りましょう、リング・マスター」


「ああ」


 オレとレイチェルは、砂丘を滑るように降りていく。もちろん、オレが先頭だ。小さなサソリがいやがるからな。オレに怯えて、どこかに散っていく。基本的には虫けらなんてのは臆病なもんだ。


 だが、自然や野生ってものには、絶対は存在しない。いつイレギュラーのことが起きるか分かったものではないからな。攻撃的な雰囲気を見せるサソリは、即座に鉄靴で踏みつぶしておくことにした。


 鎧を着ている者の義務じゃある。世界から毒虫がまた数匹消えて、オレは善行を成した気持ちになれるのさ。少なくとも、『人魚』さんの護衛の騎士としての役目は果たしているだろう。薄着の彼女がサソリの針に襲われるなんてことは、あってはならんからな。


 何匹かのサソリを踏み潰しながら、オレは砂丘を優雅な所作で滑り落ちてくる『人魚』に手を差し出す。身体能力の高さは知っているが……騎士道に生きる男は、砂漠にいる『人魚』には、いつも以上にやさしくしてみるもんだろう。


「あら。ありがとうございます、リング・マスター。頬を赤くしてしまいますわ」


 まったくそんな様子はなかったが、下心がある男をからかうような美女の笑顔を使いながら、『人魚』の指はオレの鋼をまとった手を取った。


「……基本的に紳士なんだぜ、オレはな」


「まあ、そうですわね。さて、それでは砂地を進みましょう……軽装騎兵の装備も……少し確認しておいた方が良いでしょうか」


「……ああ。どれぐらい、『脱走兵』が混じっていると思う?」


「私の推量は勘に由来するものですわよ、リング・マスター?」


「分かっている。君の勘をオレは疑わないだけだ。たまには外れるが、全体的にはよく当たるからな」


「私の使い方を熟知なさって下さっていて、とても嬉しいことですわね」


「君にリング・マスターと呼んでもらっているからな。その名が帯びる価値に、応えたくもある……それで、どう感じる?」


「……若手の兵士たちは、砂漠での騎兵訓練に対して、かなり嫌気を持っているようでしたわ」


「この足下に絡みつくような砂漠での訓練は、人気がないだろうな。サソリも、あちこちにいやがるし」


「己を磨くには、素晴らしい砂地なのですがね。誰しもが、鍛錬を愛しているわけではないのも事実……何より、若い兵士たちには共有した物語がない」


「……アインウルフのカリスマも、若い兵士には伝わっていないか。まあ、共に戦ったことがなければ、ヤツの物語の一員にはなれんからな」


「そうです。少し経験のある、二十代半ばあたりの兵士になれば、アインウルフや第六師団への忠誠はかなり強いのですが、十代後半や二十代前半……若い兵士であればあるほどに、『最強の騎兵隊』の一員になることのモチベーションが低いのですわ」


「だろうな。若者ってのは、浅慮なもんだ。自分の目線以外の価値観にだって、なかなか気づけるものじゃない」


「……メイウェイ指揮下の5000の訓練中の騎兵たち。彼らから離反して、脱走した者は……『ラクタパクシャ』に拾われるか……亜人種びいきのメイウェイの対極にいる、アルノア伯爵を頼るでしょう。気高い孤高の旅に出られる勇者なら、騎兵の特訓からも逃げませんもの」


「……アルノアの装備よりも、第六師団の装備に近い軽装騎兵がいれば……どれぐらいの若手がメイウェイから逃げ出したのかを、聞き出すチャンスでもあるな……レイチェル。娼婦のマネをさせても、君は怒らないか?」


「ええ。まったく。そういう若者からの情報収集は、大人の女性の方が得意でしょう」


「もちろん寝る必要はない。たんに、そういう若者を見つければ、声を掛けるのも有りってだけだ。処女の美少女娼婦一号二号では、オレのような護衛を連れた高級娼婦を演じるのにはムリがあるからな」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る