第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その33
腹ペコなキュレネイ・ザトーを背負ったまま、オレは料理の香りに導かれるようにして歩く。豚肉を焼くにおいがするし、そいつに混じった玉ねぎとかニンニクのかおりも漂ってくる……。
「団長、ドワーフの豪快な調理法の気配がするでありますなー」
「ああ。大きな肉のカタマリにありつけそうだな」
「……ドワーフの肉料理に外れ無しでありますからな」
「……そうですね。豚肉は栄養がたっぷりですからね。夜の戦いに備えるには、適していると思います」
「ククルはマジメ過ぎるところがありますわね」
「そ、そうでしょうか?……お、面白味の少ない女子ですかね、私……?」
「まあ。そんなことありませんわよ?……とてもチャーミングですわ、ククルは」
大人の色気をたっぷりと放ちながら、レイチェル・ミルラのアメジスト色の瞳は、ククルの大きな黒い瞳を見つめていた。ククルが、何だか顔を真っ赤にしていたよ。
「……ちゃ、チャーミングって、ほ、ホントですか、レイチェルさん!?」
「ええ。そうですわよね、リング・マスター?」
「当たり前だぜ。オレの妹分だぞ」
「あ、当たり前……なんだか、照れてしまいます……っ」
火照った顔を両手でパシパシと叩いている妹分がいたよ。
オレたちはドワーフが地下の岩盤をくり抜いて造った通路を抜けて、階段を上がる。
「団長、あっちであります」
背中のキュレネイが、細い指をピシッと伸ばしていた。右に向けてだ。料理の香りがただよって来るからな……本当に、いい香りをしている。食肉の文化のもとで育ったヤツには、たまらないだろう。
玉ねぎ。肉を軟らかくするし、旨味が増す。肉の美味さを引き立ててくれる最良のパートナーだ。そいつをたっぷりと刻んだのが分かる。風に乗っているからな、その香りが。
ニンニクもいい。肉との相性は最高だ。豚肉においても、そいつは同じ。ドワーフは香りの濃いニンニクを愛しているようだな……。
そして、ワインの香りがした。『ガッシャーラブル・ワイン』だろうか?……あの乾いた瓦礫みたいにも見える、荒涼とした水はけのいい斜面……寒暖の差が大きいのも特徴だな。あそこで作られたワインが、どんなに良い味なのかをオレの舌はすでに知っている。
「……あ。こちらへどうぞ、サー・ストラウス!そして、そのご一行様!」
若い女のドワーフが、料理の香りがする方向から現れていた。十代後半ってところだろうか?大人ってほどの雰囲気がない。ドワーフは小柄だから、若い娘の年齢が分かりにくいんだよな。基本的に、ぽっちゃり系だ。それが、ドワーフの男にモテる要素だ。
ドワーフ的には美人であり、オレの目線からは愛嬌のある娘といったトコロだな。そんな彼女は、オレたちを手と声で呼ぶのだ。
「こっちです」
「ああ。見えてるよ」
「……サー・ストラウス。お連れの方は、湯あたりですか?」
「ノー。元気であります。ただし、お腹がペコペコで歩く意欲も出ないでありますな」
「そ、そうですか。それは大変ですね!……では、こちらへお越し下さい。お祖父さまは出かけられていますが……料理は私たち、ヴァシリの一族の娘がつくりました!おもてなしをさせていただきます!」
「……祖父?……長老殿の、孫娘なのか、君は?」
「は、はい。アイーシャです。サー・ストラウス」
「そうか。つまり、ガディンの姉か」
「ええ。ガディンが……ひょっとして、何かなさいました……?」
「戦士としての意地を貫いた」
「は、はあ?」
「……オレに手斧で襲いかかって来たよ。勇敢な子だな」
「す、すみませんッッ!!あ、あの子ったら、大穴集落を救って下さった方に、な、なんてことをッッ!!?」
「アイーシャ、謝る必要なんてないのですわよ?」
「え?」
「リング・マスターは褒めたのです。貴方の弟は、ソルジェ・ストラウスが非礼に思うようなことをしていません」
「で、でも……っ」
「我々のリング・マスターは、気概を見せるような子供は好きなのですわ」
「その通りだ。オレは、ガディンを気に入ったよ。友のために、オレに挑んだ。しかも勝とうとして、知恵を使ってな……いい戦士だ。名にふさわしい男になる」
「そ、そうだといいんですけど……あの子、イタズラばかりで……でも、今日は、仲の良かった子たちが、殺されてしまっているから……」
「手向けにしたかったのですわね、竜騎士ソルジェ・ストラウスの首を!」
満面の笑顔でレイチェルは語る。彼女も子供好きなのさ。とくに、気が強くて元気な男の子は大好きなんだよ。もちろん、気が弱い子だって、彼女は大好きだろう。母性の強い女なのさ、我らが踊り子、レイチェル・ミルラは。
「アイーシャ、弟の行動を恥じることはありません。勇敢な子ではないですか」
「そうかもしれませんけど……お客さまに襲いかかるなんて、ヴァシリの一族の恥でもあります……お婆さまが、何らかの処罰をなさっているでしょうけれど。あとで、私も一撃食らわしておきます」
ボキボキポキ。アイーシャ・ヴァシリは、ギィン婆さんの血を感じさせる目の鋭さになりながら、その可憐なドワーフ乙女の指に、力を込めて握りしめていた。かなりの握力だな。負けるとも思わんが、そこらの男の腕力じゃ、アイーシャには敵うまい。
姉貴に殴られるか。
何とも、身に覚えがあるよ。弟からすれば、姉ってのは、どうにもこうにも逆らえない迫力があるんだよな。お袋以上に、オレたち弟ってヤツを管理しようとする。そして、何故だか逆らうことも出来やしない。
ガディンも、アイーシャには逆らえんだろうさ。ギィン婆さんにしていたような態度もやれぬまま、ブン殴られてしまうのだろう。
なんとも、ガディンってドワーフのガキには、愛着が湧いて仕方がないぜ。
「……ガディンくんの暴挙は、こちらとしては問題視しないので、安心して下さい、アイーシャさん」
怒りゼロではない雰囲気のコトバではあったよ。『暴挙』って言っちまっているしな。ククルは、オレが襲われたことを許してはいないようだ。
「は、はい。なんだか、申し訳ありません……っ」
「気にしなくていいでありますよ、アイーシャ。なにせ、襲われた団長本人が気にしていないでありますから」
「……そうだ。それに、正直、腹が減ってるんだ。アイーシャ、オレたちに君らの料理を食べさせてくれないか?」
「はい!もちろんです、サー・ストラウス!……では、皆さま、こちらへお越し下さい!」
アイーシャ・ヴァシリはエプロンドレスのまま、機敏な小走りを見せてくれたよ。そして手招きするのさ、猫のように丸っこい腕でね。
「こっちです。サー・ストラウス、そしてお連れの皆さま……」
「『パンジャール猟兵団』ご一行、それでよろしくてよ、アイーシャ。その一括りのほうが、さみしがり屋のリング・マスターは好みますもの」
……レイチェル・ミルラは、オレのことをよく知ってくれている。つるんだ時間の長さがあれば、男ってのは女に全てを知られてしまっているような気持ちになるよな。反論の余地もないほどに、オレは心を読まれていた。
アイーシャはオレの微笑みを瞳に映すと、なんだか幸運を招く白いウサギでも見かけた少女のように表情を明るくしていたよ。
「はい!じゃあ、『パンジャール猟兵団』の皆さま、どうぞ、こちらにお越し下さい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます