第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その34


 『メイガーロフ・ドワーフ族』のダイニングルームは、地下の岩盤をくり抜いたものであった。天井は丸いドーム状で、荒く削られた灰色の岩肌が壁に埋め込まれた魔銀灯の赤い光を反射している。


 壁は赤レンガが埋め込まれていたな……全体的に、やわらかな赤い明かりに包まれていた。


 広々とした空間ある。そして、壁には見事な『コレクション』が掛けられている。ハンマーか斧を叩き込まれて潰された兜だ。ドワーフらしい剛毅な趣味と言えるだろう。


「……一族の歴史が壁に掛かっているわけだな」


「ええ。敵の兜を回収して来て、ウォール・トロフィーに加工したんです。私たちドワーフは、そういう作業って得意ですから」


「いい趣味だよ」


「サー・ストラウスはそういう趣味なんですね」


「……ああ。北方の野蛮人に過ぎないからな、ガルーナ人ってのは」


「私は、こういうのはちょっと苦手なんですが。ドワーフの男性って、おおむね、こういう趣向なんです。とくに、『メイガーロフ・ドワーフ』は……ていうか、ヴァシリの一族は、こういう武勇を知らしめるような行いが、本当に大好きなんですよね……」


 若い娘さんからすれば、あまり楽しめるような趣味ではないのかもしれない。血で錆びている兜さえあるからな。ドワーフは錆を落として、そこが二度と錆びないように加工する技巧を有しているはずだが……あえて加工していないのだ。


 勇者が戦場から持ち帰った品には、可能な限りの手を加えないというわけだろう。気持ちは分からなくはない。オレには、これを理解してやれるほどの武骨さはあるんだ。


 もちろん、こういう趣味を実践するつもりもないがな……倒した敵の命は、オレの歌に融けている。名を上げればいい。物的証拠には、こだわるつもりもない。


「……はあ。何個か、錆び付いちゃっているので、しまうとか……あるいは錆を落としてくれたら見栄えがいいんですけどね……」


「ここは温泉が蒸発した空気が漂っていますから、ミスリルの鋼以外は錆びがつきやすそうですね」


「はい。そうなんです……ま、まあ。それは、さておき!!『パンジャール猟兵団』の皆さん、この料理の数々を、ご覧下さい!!」


 アイーシャ・ヴァシリが自信満々に宣言する。彼女の指差した先には、一本の大樹をくり抜いて加工したと思われる巨大なテーブルが君臨していた。


 木目と材質から察するに、ドワーフ・オーク……『カナット山脈』の北から取り寄せたものだろうか?あるいは、『内海』から持って来たのかもしれないが……40メートル以上の大きさの、太くて丸っこい大樹より作られたテーブルだ。


 その逞しい強さを持つテーブルの上には、あふれかえらんばかりに料理の山が並んでいた。大皿に乗ったパスタに、キツネ色の揚げパンたち。大きく豪快に切られたサラダに、トマトベースの赤いスープ。そして、それらの料理の中央には、豚の丸焼きがあった。


「ボリュームがあるでありますな」


 大食いキュレネイ・ザトーが、鼻息荒くそう宣言していたよ。彼女にとって、食事の量はとても重要な評価ポイントなのである。


「はい。量も味も、自信がありますよ!」


「そうですわね。ハーブの香りもしますわ。あの豚の丸焼きのソースは、たくさんのハーブが使われているみたいですわ」


「ええ。『メイガーロフ』は『内海』から運ばれて来る、ハーブやスパイスが豊富なんです。私たちは、略奪……もとい、『通行料』から得ていましたが」


「……なるほど。積み荷の一部を支払うわけだ。君らの領土を通過するための対価として」


「は、はい。これは、先祖代々から伝わる商いです!」


「そうだと思う。恥じることはない。領地を使った健全な商売だ」


 多少、血が流れたり、『不正』を働こうとする者との間に、戦いが生まれてしまうだろうがね。


 まあ、そんなことはどうでもいいことだ。問題は、オレの背中に張りついているキュレネイが、唾液を垂らしてしまいそうなコトの方だったよ。


「……おお。ガマンのリミットが……」


「よし。さっそくだが、いただこうとしよう」


「はい。では、皆さん、お好きな席について下さい。取り皿には自分で好きな料理から取って食べて下さい」


「食事とかにマナーはないんですか?」


「えへへ。ありません。そういう洗練さを、ドワーフは料理には向けないものです」


「そうなんですね」


「人間族の方からすれば、野蛮、ですか?」


「そんなことありませんよ!……好きな風に好きな料理を食べる。自由で良いことです。私たち『メルカ』の民も……法則に逆らって料理を食べるのが大好きなんです。自分の『個性』の証明だから」


「えへへ。『メルカ』……聞いたこともないほど、遠い土地からいらしたんですね?」


「ええ。私の故郷は、遠い上に……100人しかいない小さな町です。山の上で、氷河がある」


「まあ。『ガッシャーラブル』のように?」


「そうですね。あそこを拭く風は……氷河から吹き下ろす風は……私の故郷のそれに、とてもよく似ているんです!」


 高い山の頂にあって、氷河を見つめることが出来る街か……ククルが『メルカ』を思い出してしまうのは当然のことだろうな。


「……『メルカ』。なんだか、不思議で可愛らしいお名前ですね」


「小さいですが、綺麗な街で――――あ」


 ルビー色の瞳の凝視に、我が妹分は気がついたようだった。オレの背中に合体中のキュレネイ・ザトーは、いつもの無表情のままに、その赤い瞳をククルに向けていたのさ。


 無表情で無言だけど、その視線が語る意味は強く伝わることが多いものだ。たぶん、キュレネイの口の端からは、ヨダレがダイヤモンドみたいに光っているんじゃないかとも、勝手な予想をしているんだよね。


 ……予想が当たっているかどうかを知るのは怖いところだったが、ククルが状況を進めてくれる。


「は、早く、ゴハンにいたしましょう!我々は、夜の仕事にも備えなければなりませんからね!」


「夜も、戦があるのですか?それは、大変。お腹いっぱいに食べておかないといけませんよね!」


「そういうことです!……えーと、勝手に食べ始めるスタイルで、よろしいんですか?」


「ええ。蛇神ヴァールティーンさまは、飽食の神でもありますから。お客さまをもてなすときは、貪欲に食べてもらって、満足してもらうこと!……それが、我々にある数少ないマナーです!」


「サイコーのマナーでありますな」


 キュレネイがオレの背中から分離して、疾風のように素早くテーブルに着いていた。中央の豚の丸焼きに近い席である……ああ、豚の丸焼きだけじゃなく、その前には豚肉を分厚く切り分けて、玉ねぎ主体のソースにつけて焼いたと思われる豚肉の塊がある。


「……間違いなく、美味しいであります」


「そうですわね。リング・マスター、ククル。席にお着きなさい。節度を保ちながらですけれど、ワインも楽しむとしましょう」


「……ああ。夜中の戦いに備えて、美味いモンを食うとしよう」


「アイーシャさん、ありがとうございます。こんなにたくさんの料理」


「気にしないでください。気にされると、蛇神ヴァールティーンさまのルールに触れるんです。お客さまを、気を使わせてしまった。それは、私たちにとっては大きな非礼だと言われている行いですから」


「じゃあ、私も気にすることなく、いただきますね!」


「そうして下さい。集落の皆の炊き出しも、一緒に作っていますから。何も気にせず、食べちゃって下さい」




 

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