第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その30


 ドワーフの地下温泉の濁り湯を、堪能しきった気持ちになって、オレはギィン婆さんに説教を受けているガディンに背を向けていた。


 ガディンはいい反応をしてくれたよ。


「逃げるな、赤毛っ!!」


 そう叫ぶと、手斧をオレに目掛けて投げつけて来る。オレは振り返りながら、顔面目掛けて飛来してくる手斧を両手を使って受け止めた。


「くそっ!!また……通じないのかッ!!」


 いい投擲だったぞ、悪くない。そう褒めてやるつもりだったが、そんな言葉をオレが吐くよりも先に、ギィン婆さんの怒号の鉄拳がガディンに襲いかかっていた。


「またかい、クソガキッ!!」


 ゴツンッッ!!


 地の底に響くには、なかなか似合いの打撃音が聞こえて、頭を殴られたガディンは濁りの湯のなかに沈んでいた。


 それでも、ドワーフ戦士のタフネスが、ガディンをゆっくりと濁り湯の中から身を起こさせる。


「……に、逃げんな……って」


「まだ言うかい、このクソガキは!!……ストラウス殿。すまんかったねえ」


 ギィン婆さんは心底、すまなさそうに語る。たしかに、孫が大穴集落を救ったハズの恩人に向けて、殺せる勢いで手斧をブン投げた日には、心苦しさの一つも覚えるもんだろう。


 だが、オレは手斧の鋼を……ビンテージ・ミスリルの分厚い刃に視線を注いだ後で、笑ったよ。笑いながら、そいつをガディン目掛けてやさしく投げていた。ガディンの手が、それを両手でキャッチする。


 かわいいもんだ。


 オレが見せた技巧を、再現しようとしやがったのさ。戦士からすれば、何よりもリスペクトを感じられる瞬間ではある。ガディンは勢いのない斧とは言え、オレがしたように刃の後ろを小さな手でキャッチしてみせる。


「いい動きだぞ」


「……当たり前だ。オレは、英雄ガディンの名と……力だって継ぐ男になるんだから」


「ククク!……そうでなければな。稽古をつけてやった甲斐がないというものだ」


「……ストラウス殿まで、悪ノリはよしてくれよ。風呂場で修行なんてするもんじゃない。湯あたりしちまうってものさ」


「たしかにな。ガディン、大丈夫か?」


「大丈夫に、決まってるだろ!!」


「そうか。だが……ちょっと、シャワーで水でも浴びろよ。鼻血が出てるぞ」


「ん。あ、ホントだ……」


 ……湯にあたったというよりは、どちらかと言うとギィン婆さんの鉄拳による教育の結果のような気もするが―――どちらにせよ、ガディンが自業自得だってことには変わりはなかった。


「……ハア。ほら、ストラウス殿がそう言っているんだ。そう動きな」


「……オレは、自分がしたいから、冷水を浴びるんだ」


「はいはい。で。服、脱いじまいな……服着て風呂に入るバカがどこにいるんだ」


「風呂に入るつもりじゃなくて、あの赤毛の頭をカチ割ってやるつもりだったんだよ」


「なおさら悪い!!」


 呆れ顔で孫にそんな言葉を捧げてやっていたよ、ギィン婆さんは。ガディンは素直なもんだった。服をそこらに脱ぎ捨てて、オレの隣りを走り去り、やはり手斧で斬りかかっていた。


 オレは素早くそれを回避する。


「……チッ」


「いい加減にしておかないと、ギィン婆さんが本気で怒るぜ」


「……うるせーよ」


 蛇口を開き、冷水の滝を召喚しつつ、ドワーフの少年はそう言った。オレが後2才も若かったら、発作的にブン殴っているかもしれないが。今のオレには、一種の余裕があるようだ。


 ガキの粗相に対しても、それほど苛つきはしない。


「ガキのくせに、悪くない動きだったぞ。自信を持つといい」


「……ふん。けっきょく、一度も当たらなかった」


「斧でブン殴られてたまるかよ。こっちは、お前に稽古をつけてやるつもりだったんだからな」


「……チッ。ガキ扱いかよ」


「そうだ。お前は、まだガキだからな。だが、知っているな。戦場にある悪意ってのは、年齢なんて選んじゃくれないんだってことを」


「……ああ。ボクシーやレゲンも、オレよりガキだった。同い年だけど……オレが一番、早く生まれたし、一番、力も強かったのに……」


「そうだな。だから、一秒だって早くに強くなりたいわけだ。見つけたな、お前のすべきことを」


「……うん。強くなる……それが…………オレのすべきことだな」


「そういうことだ。強くなっておけ。乱世はしばらく続く。強くなるための特訓を始めるのには、早すぎることはない。お前は、幾つだ?」


「10……もうすぐ、11」


「そうか。10才で、あれだけ動ければ、問題なく強い戦士になる……そのためには、じいさんやギィン婆さんに、もっと技巧を習え。荒削りな技巧に、力任せではな。せっかくの力を活かしきれない。知れた強さで終わるぞ」


「……マジかよ……ッ」


「体力任せじゃ、戦いなんてものは上手く行かないんだよ。オレが息を乱すことも無かった理由は、技巧に頼って、必要最小限の動きしかしなかったからだ」


「……手を抜かれていたのか……やっぱりな。だから、腹が立った気もする」


「本気でガキに挑むようなクズではないんだよ、竜騎士ってのはな」


「……竜騎士。あんなデケー竜に乗って……くそ。オレにもくれよ」


「ククク!……くれと言われたからといって、くれてはやれん。ゼファーは……あの黒い竜は、オレにとって『家族』なんだからな」


「……ん。そっか……じゃあ……くれるわけないか」


「そうだ。それが分かるんなら、お前はつけてもらった名の重みにも、耐えられるほどの名誉を築けるようになるだろうさ」


「……たりめーだっつーの……ッ!!」


 ドワーフの少年の指が、蛇口を絞って冷水シャワーの滝を止めた。


「うー。体、すっかり冷えた。頭からも血が下がった……」


「そうか。で、襲いかかって来るか?」


「……今日は、やめとく。婆ちゃんが、そろそろマジで怒りそうだ。オレは……晩飯を抜かれるワケにはいかないもん。強くなるんだ……そして…………いつか、正しいと思えることのための戦士に……なる……そうしたい」


 戦場ってのは、残酷なもんだ。10才のガキんちょに、なかなかの覚悟をさせてしまう痛みを与えて来やがるんだからな。オレは、ドワーフのクソガキ、ガディンの頭をゴシゴシと撫でた。


「……そうしろ。その日が来るまでは、オレたち大人に任せておけ。お前も、お前の大切なヤツらも……オレと竜と猟兵たちが、守るために戦い抜いておいてやる」




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