第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その31


 ……大きな約束を小さな子供としてしまった気持ちになるぜ。


 大切なヤツらを、守ってやるか……戦士というものは、略奪を行うためか、自分たちを敵から守るために存在しているものだが―――ファリス帝国っていう、大陸のほとんどを支配しているような連中から、守るという言葉で約束を成すのは、なかなか根性が要る。


「……本当かよ?」


「全力を尽くす。見ておけ。英雄と呼ばれたいのなら、オレたちがする戦を心に刻むといい」


「……人間族のくせに、オレたちドワーフを守ろうっていうのか?」


「そうだ。だが、ドワーフだけじゃない。オレは……オレの仲間を全て守ってやりたい。そのために戦う。もちろん、誰も彼もを守り切れるわけではないがな。それでも、全力を尽くす」


「……そうかよ。分かった。お前が、どんな戦いするのか……見といてやる。マヌケな姿を晒すなよ、竜騎士」


「おうよ、クソ生意気なガディン」


 生意気なガキの頭を、ポンポンと二度ほど叩いて、オレはこの浴室を後にする。


 タオルで体を拭いた後、下着を履いたままの姿で、しばらくボーッと過ごしていた。湯あたりしているというワケじゃない……と思うが、ガディンに稽古をつけすぎて、疲れてはいるんだよな……。


 そんな風に無為な時間を過ごしていると、入り口の引き戸を叩く音が聞こえた。


 コンコン!


「団長、入ってもいいでありますか?」


「……キュレネイか。構わんぞ」


「悪質なセクハラは、リエルに報告するでありますからな」


「ちゃんと下着は履いている」


「ふむ。下着以外はつけていないと?」


「そうだけど。別にそんなモン見ても、驚きゃしないだろう」


「むむむ。判断が甘いであります。私たちは繊細な女子なのですぞ」


 引き戸はそう語る。


「乙女心を軽んじられるワケにはいかないであります」


「……軽んじちゃいないよ」


「そうでありましょうかな?そもそも、歴史を振り返ってみれば」


「歴史?」


「初対面の私の服を無理やりに剥ぎ取り、いきなり私の繊細な肌を力尽くに、ゴシゴシとその指で荒々しく揉みしだいて―――」


「―――違う!!泥だらけで血まみれで、泥団子みたいになったまま、ボーッとしていたお前を、気を使って洗ってやったんだ」


「ふむ。そうとも言いますが、とにかく、団長には前科があるのであります」


「そ、ソルジェ兄さん……きゅ、キュレネイさんとも、そんなことを……っ」


「イエス。会った初日から、メス犬……もとい、犬扱いでありますぞ」


「あ、あわわ……っ」


 戸棚がガタガタと震えている。もしかしてなくても、思春期なククルのヤツが戸棚に体を押し付けて、震えているようだ……あらぬ妄想をしていそうだな。


「違うぞ?……キュレネイには、特別な任務を依頼してはいるが、エッチな任務とかじゃないからな、ククル?」


 そうだ。キュレネイ・ザトーに与えている任務は、『パンジャール猟兵団の番犬』だ。もしも、裏切り者のせいで団に被害が出た時、キュレネイは復讐者として、その人物を抹殺する……そんな過酷な役割であり、スケベな役割などではないのだ。


「そ、そうですよね?ソルジェ兄さんには、ジュナ姉さんとリエルさんとロロカさんとカミラさんがいますもんね」


「そうだ。純愛で結ばれたオレの四人の妻たちがな」


「純愛という概念は、私には難しいでありますな」


「そのうち知るさ。キュレネイがちゃんとした恋愛をすればな」


「ふむ。ちゃんとした恋愛でありますか。難しそうでありますなぁ……」


「……お前は美少女だから、いつかいい恋人が出来るよ」


「なるほど。たしかに、美少女でありますことには、文句のつけようもないであります」


「……とにかく、何か用なんだろ?下着はつけてるから入れよ」


「は、はい!!は、入らせていただきますッッ!!」


「ククルは気合い入れすぎでありますな」


「す、すみません、な、な、なんだか、緊張しちゃいましてッ!?」


「では、いざ、男湯に入るであります」


 引き戸が動いて、湯上がりモードに水色の髪をキラキラさせているキュレネイが入って来る。


「おお。綺麗になったな」


「元から、綺麗な美少女でありますからな。泥や血を落とせば、肌は宝石のごとく輝くのであります」


 無い胸を張りながら、湯上がりモードのキュレネイ・ザトーは無表情でドヤ顔だった。


「あ、あのー……し、失礼いたしますっ」


 なんだか顔を赤らめて、オレの四番目の死せる妻ジュナ・ストレガの妹の一人である、ククル・ストレガがこの場に入って来る……。


 乾いたばかりの黒髪は、いつにも増して艶やかであった。いつもより、少し大人びて見える…………けど、顔が赤くなっているので、あんまり大人びては見えないな。


 小さな手で、赤くなっている頬をパンパンと叩きながら、ククルは語る。


「あ、あのー。女子のお風呂の方まで、子供の怒声やらが響いていましたが、大丈夫でした?」


「ん。ああ、ちょっとした争いがあったというかな……」


 オレはキュレネイとククルに、一連の出来事を伝えてみた。


「そんなことがあったんですね。ふう。ソルジェ兄さんを襲うなんて……っ!」


「悪気があったわけじゃない。勇気と友情がゆえにだ……むしろ、お前たちの方を襲わずに、オレの方へ挑んで来たことを褒めたいほどだぞ」


「ソルジェ兄さんは、甘いような気もしますが……」


「イエス。しかし、子供のしでかしたコトであります」


「……そう、ですね。ソルジェ兄さんは、無傷だったようですし……っ。でも、こういうトラブルは、あまり良くはありません。私たちは、『自由同盟』の代弁者でもあるのですから」


「そうだな。まあ、ここでの出来事は秘密にしておけ。あの勇敢なガキのことは、気に入っているし、トラブルも秘密に出来るのであれば、何も起きなかったことに出来る」


「イエス。それで良いと思うであります。ククル?」


「……はい。分かりました。私も、ソルジェ兄さんの決定に従います」


「そうしてくれ。さてと……ちょっと、服を着て。竜鱗の鎧を着込むとしようか」


「水洗い中でありますか?」


「ああ。そこにあるだろ?」


「ふむふむ。あるでありますな」


「じゃあ、ソルジェ兄さん、私、竜鱗の鎧を拭くのを手伝いますよ」


「いいのか?」


「はい。もうお風呂も上がっちゃいましたし……」


「イエス。レイチェルの長風呂に付き合っていられるほど、タフな肌はしていないであります」


 『人魚』だからか、風呂が好きなんだよな、レイチェル・ミルラは。まあ、長風呂が好きなら好きで、何も問題はないことだが。


 ここのお湯の熱に長く付き合うのは才能が要りそうだった。


「……じゃあ、手伝ってくれるか?」


「ええ。よろこんで!」


「ならば、私も団長の忠実な犬として、お手伝いモードに入るであります」


「そうか。助かるぜ、二人とも」


 ……竜鱗の鎧は、ちょっと構造が複雑で、それの手入れにはコツがいるのだが。賢いこの二人なら、その構造を読み解いてすみやかに水気を拭いてくれそうだ。オレは、竜鱗の鎧に油を差すことに集中することが出来そうだな。




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