第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その22


 文化には色々あるもので、ドワーフたちの好むのは自主性だ。自分たちの集落に起きたことは、自分たちの力だけで解決したいという哲学を、ドワーフ族の多くは持っているものだ。


 蛇神ヴァールティーンを崇拝している、『メイガーロフ・ドワーフ』もまた然りというわけである。何が言いたいか?……オレたちは、客人としてもてなされておくべきなのだ。そうでなければ、ただでさえ傷ついているドワーフたちの自尊心まで傷つけることになる。


 見栄っ張りなのさ。


 どんなにキツいときでも、ドワーフ族ってのは器の大きさを見せたがるもんだ。そうでなければいけない。ドワーフは誇り高き戦士の一族なんだからな……。


 もしも、旅先でドワーフ族から誘いを受けたら?……まして、それがその土地の長である男のドワーフからの誘いならば?……どんな状況であれ、その誘いには従うのが、ドワーフとつるむためのコツじゃあるわけだ。


 ……大陸中を旅して回っている、『パンジャール猟兵団』の猟兵たちは、いつの間にかそんな文化を把握しているんだよ。もちろん、大陸を旅していないククル・ストレガからすると、ドワーフの生きざままでは理解してはいなかった。


「……あの、私たち、お手伝いをした方が……?」


「いいのよ。ククル。ドワーフたちは、孤高な戦士。だからこそ、苦しみの海から浮上するのは、自分たちの力だけで成し遂げたいものです。私たちのすべきことは、今、長老殿のおもてなしを受けることなのですわ」


 旅慣れたレイチェル・ミルラは、海の中の国しか知らない、かつての自分よりも世間知らずな『メルカ・コルン』にそう言い聞かせていた。


 異種族の考え方を学ぶには、時間がかかる。知識では、きちんと伝え切れないこともある。経験値を通じてしか、把握が及ばぬ感覚というものだってあるものだ。


 ククル・ストレガが、『星の魔女アルテマ』から継承した膨大な知識にも、ドワーフの哲学は記されちゃいない。


 ドワーフを理解するということは、彼らとつるみ、彼らの独特な生きざまを味わい、彼らと時に鋼を交わすことでしか、実現することは不可能な分野なのである……。


「……そうなのですか。なるほど、おもてなしを受けることが、この場では我々の取るべき礼儀でもあるわけですね……」


「そういうことさ。銀髪のスタイルのいいお嬢さんの言う通りだ」


「ウフフ。お嬢さん。いい響きですわ。長老夫人」


「ギィンばばあでいいよ、私はね。長老夫人なんて言葉は、このギィンばあさんには、とてもじゃないが似合いはしない」


 ……そうでもないと思うがな。旦那である長老にしていたアドバイスは、偉大なるリーダーの気風を感じさせた。


 混沌の最中においても、迷うことなく、すべきことをしろと言ってくれる力。そういう意志の強さは、魂の気高さを持つ者にしか出来やしないものだ。とくに、ここまでの自らの土地が荒らされたばかりだというのに、己の保身に走らないリーダーは偉大じゃある。


 並みのリーダーなら、ため込んだ銀貨と共に、どこか安全なところへ逃げ出してしまっているはずだ。ギィンばあさんは、偉大なババアってことだよ。


「ククク!……ギィンばあさん。アンタには気高さを感じる。ドワーフの女らしい、ドワーフの女だな」


「ハハハハ!!竜騎士殿は、ヒトを見る目がいいじゃないか!!私は、たしかにその通りの女だ!!ドワーフらしい、ドワーフってことだよ!!」


「イエス。豪快で器が大きそうなトコロは、ドワーフの美学を体現しておられると思うであります」


「まったく、ヨソ者なのに……しかも、人間族だってのに、アンタたちはドワーフの心をよく分かっているみたいだねえ。ドワーフの知り合いが多いんだろ」


「各地にいるぞ。戦友もいるし、敵となって殺し合った戦士もいた」


「いい生きざまをしている。アンタも最高の戦士だよ、サー・ストラウス」


「ドワーフのババアに戦士としての生きざまを褒められるなんてのは、最高の誉れじゃあるよ……だが、ギィンばあさん」


「なんだい?」


「ギィンばあさんは、間違っていることがあるぜ。オレたちの中で、人間族はオレだけだよ」


 その言葉にギィンばあさんの短い脚は止まる。後ろを振り返り、その場に並んでいる我々の顔を見つめてくる……。


「……んー?そうなのかい?人間族が、四人ほどいるようにしか見えないんだがねえ?」


「ノー。団長以外は、非人間族であります。私は、複数の種族の血が交雑して生まれる、『灰色の血』であります」


「なるほどねえ。たしかに、珍しいね。アンタはキレーな水色の髪に、どこまでも遠くの星を見つめているみたいな深さがある、赤い瞳をしている。『灰色の血』か。そういう種族もいるんだねえ」


「イエス。そこの銀髪長身褐色の肌の美女は、『人魚』であります」


「おお!!『人魚』っ!!……あー、珍しいねえ。昔は、ときどき、『内海』でハナシを聞いたことがある……実物を見たのは初めてだが……まさか、こんな砂漠と荒野の国である、蛇神の地で見かけるとはねえ」


「まあ。ギィンお婆さまは、私のことを『人魚』だと信じて下さるのですか?」


「……戦場であれだけ動けるんだ。人間族らしさっていう範疇からは、大きく逸脱しているように見えたよ。アンタ……仲間のために……いや、それだけじゃなく、私らドワーフのために『囮』をしていたね」


「ええ。そういう仕事だったのですわ」


「……あえて目立って、敵に攻撃される。そういうことが出来るのは、合理的な人間族の女ではムリだろうよ」


「そうとも限らないとは思いますが。褒められてことを、喜んでおくとしますわ、ギィンお婆さま」


「……それで、そこの黒髪の子は……?」


「あ、あの。私はキュレネイさんや、レイチェルさんみたいに、特殊な種族というほどでもないんですが……『メルカ・コルン』という存在なんです」


「『メルカ・コルン』……?ふむ、初めて聞いた名前だねえ」


「私は、先祖たちから知識を継承して、錬金術の力を使いながら複製された来た存在の一人です……」


「……難しい言葉だから、いいさ。アンタが不思議な女の子って認識でいいんだろ?」


 それはどうだろうか?不思議な女の子というフレーズを、ククル・ストレガはレッテルのように受け止めてしまうような気がしたし―――実のところ、ちょっとショックを受けているみたいだ。


「わ、私、不思議な子なんですかね?……自分では、常識人だと、思っていましたが」


「ノー。ククル。常識人を名乗るのは、我々のように大陸中を旅してからであります」


「そうですわ。三十カ国ぐらいは回らないと、なかなか把握は出来ませんもの」


「そ、そうですね。常識を身につけるためにも、今後も精進を怠らないようにします!」


 マジメな我が妹分ククル・ストレガは、そんな決意を宣言していた。


「……で。ストラウス殿は、どんな面白い血が混じっているんだい?」


「オレは人間族だよ」


「違うだろ?……私だってドワーフだ。私の耳もね、鋼の歌を聴けるんだよ?……連れて来た竜は、1匹ではないんだね」


 やはり、彼女はドワーフの女らしいドワーフの女であった。ニヤリと笑いながら、その銀色の老いた瞳で、オレの背にいるアーレスを見つめているのだ。老練の耳は、死して竜太刀の鋼に融け合ったアーレスの声も聞いていることだろう。


 オレは、竜の宿る鋼と語り合うことが出来ている、真なるドワーフのために、左眼の眼帯を取り払い、金色に輝く魔眼を見せる。


「……オレは、竜の魂で生かされた男だ。左眼には、偉大なる古竜アーレスが宿っている。たしかに、フツーの人間族ではないだろうな」




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