第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その13


 傭兵どもの『マズい撤退』が開始されようとしている。孤立を恐れた傭兵どもは、一気に戦線を放棄してしまう。


 傭兵としての一つの重大な仕事が始まるのだ、『生き残る』。国にも王にも命を捧げていない傭兵にとって、戦で死ぬということはバカらしくもある。


 ……とはいえ。負け戦では大勢が殺されるハメになる。ならば、傭兵としては戦況が不利だと判断した時は、すみやかにその戦場から離脱することだって必要となるわけだ。


「オレは、抜けたぞッ!!」


「……オレもだ!!」


 何人もの傭兵どもが、そんな風に宣言しながら戦線を放棄してしまう。オレが崩した隊列が、さらに崩れていくのが見て取れる。孤立する恐怖に駆られた者たちが、次から次に戦意を喪失して離脱を始めた。


 ……ドワーフの戦士の本質を知らない行動ではある。彼らは、人間族とはやや異なる哲学を持っている。人間族同士の戦ならば、逃げる敵兵にはある程度の自由を与えるものだ。そうすれば、戦わなければならない敵兵が減るのだからな。


 しかし、ドワーフの戦士たちは異なる発想を持っている。ドワーフのテリトリーを侵略した者を生かして帰すことを、彼らは何よりも恥だと考えているのさ。


「逃すなああ!!追いかけて、殺せえええええええええッッッ!!!」


「賊どもを、絶対に許すなあああああああああああああッッッ!!!」


 そう。たとえ、劣勢であったとしても、ドワーフの戦士は己に背を向けた敵を許さない。


 ドワーフの勇敢さと、その桁外れの闘志に対しては、慎重な包囲網が必要だ。


 彼らの心は例え一時の敗北で折られたとしても、勝機を感じれば激しく燃え上がる。包囲を突破されて崩されることも危険ではあるが、自らその包囲を解こうとするのは、より危険な行為となってしまう。


 そもそも、ドワーフの短躯は、短距離での加速に向いている。短いが力強く太い脚は、重装備も大技を生むための力も見事に支え切り、瞬発的な加速で短い間合いでの突撃に対して種族的な適性があった。


 人間族の方が、長い距離を走って逃げるのは得意であるが―――背後からの襲撃を気にしながらの撤退では、ドワーフの短距離の加速から逃れる術はない。


 逃げる傭兵どもに対して、ドワーフの戦士はヤツらの臆病さを軽蔑するかのような怒りを燃え上がらせて、種族的な強みを思う存分に発揮し始めていた。


「ぎゃああああああああああああああああああッッッ!!!」


「ど、ドワーフめえええええええええええええッッッ!!!」


 断末魔があちこちで聞こえ始めていた。ドワーフの戦士たちは、傷つき疲れ果てた体を無理やりに動かして、傭兵どもを斬り捨てて行く……。


「くそ!!隊列を維持しろ!!……逃げるんじゃない!!総崩れになるぞ!!」


 少しばかり知恵が利くヤツが、この戦況の不利を理解して、逃げようとする仲間を呼び止めようとしていたが……彼は、指揮官ではない。指揮官でない者の発言権は、戦場では低いものだ。


 熟練の傭兵どもも、集結したドワーフの戦士らに対して、警戒心以上の負の感情を抱いていく。戦術の基礎。戦力を集めろ。ドワーフの戦士たちは、もはや孤立してはいなくなっている。彼らは、さっきまでの何倍も強くなっていた。


 こうなれば、仲間を出し抜き、コッソリと逃げ出そうとする傭兵も出て来るものさ。ドワーフの反攻から生き残る最良の選択は、仲間を犠牲にしている内に、逃げてしまうことではあるのだから。


 情けないハナシだが、戦争に命までを捧げる気のない傭兵どもからすれば、当然の行為でもある。とくに、寄せ集めの集団であり、縁もゆかりも持っていない傭兵団では、自分の命のために仲間を裏切ることなど多発するのさ。


 ……上空に君臨するゼファーと、その背にいるククルには、傭兵どもの戦力が、ゆっくりと伸びていくのがよく分かったことだろう。


 生き残るために後退を開始した部隊もだが、ドワーフの包囲を継続しようと粘る前線部隊の中にも、コソコソと離脱者が出ている……戦場にいる敵どもは、前後に長く広がり始めている。


 まあ、入り組んだ道もあるから、そう単純な構図ではないが―――概念として理解すべきは、そういう『間延びしていく敵戦力』だ。これは、脆弱だ。前後に伸びすぎて、どこの部隊も戦力がかつてよりも希薄になっている。


 そうなれば?……ドワーフの戦士たちの仕掛けて来る突破攻撃に対して、それを防ぐための密度が足りなくなる。


 反攻を決めるためのコツは、敵の密度を薄くすることだ。そうなれば、反攻する側は動きやすさを得るし、なおかつ敵の群れの間に、勇者を送り込みやすくなるわけだ。


 見ているか、ゼファー?……単身での突撃を嫌うことのないドワーフの戦士たちが、まるで『くさび』のように薄くなった敵の群れに突撃していく様子を。


 ―――うん!……どわーふたちは、かみついているみたいだね!


 噛みついている?……そうだな、さすがは我が仔、ゼファー。良い発想をしている。


 これは、確かに噛みついているんだ。獲物に噛みつき、肉を喰らい取り、咀嚼してしまう行為にソックリだった。


 ドワーフの戦士たちという牙は、敵の群れを切り刻み、敵の連携を断っている。味方の間に、一人でも敵がいれば?……一人の敵に対して、左右二人の兵士は警戒するしかない。そうなってしまえば、連携するための集中力が失われてしまうのだ。


 一瞬で、その敵を排除出来れば問題はないが、ドワーフの戦士たちも自分たちの戦術の意味を理解している。


 それぞれが群れに突撃して、傭兵どもの連携を断っている間に、仲間のドワーフたちもまた、勇者たちが開いた血路に飛び込み、群れをより分断しようとするわけだ。


 勇敢かつ、頑強な種族にしか出来ない、反攻戦術だな―――彼らは単独の突撃を契機にして、その周辺の敵を抉るように仕留めていく。


 あちこちで同時にそれが起きれば?……ゼファーの感性が指摘した通り、牙で肉にでも噛みつき、それを引き千切るような破壊が完成するのさ。歯形がつけられたかのように、傭兵どもの群れは,あちこち同時に被害を生じさせている。


 隊列というものは、創り上げることも大事ではあるが、それを維持することも大切なのだという事実を示す、生きた教訓がそこにはあった。


 オレたちに隊列を突破されたこと、そして、一部の傭兵どもが職務を放棄してしまったこと。包囲する兵力が、前後に伸びすぎて薄くなってしまったこと。


 ……そうなってしまえば、隊列の持つ強みは消えて、弱点だけが露呈することになる。その弱点に、強みとして突き刺さるのが、ドワーフの戦士たちの種族的特徴と哲学だ。


 崩壊は連鎖していく。


 オレたち猟兵は、その戦況を理解しているからだ。ドワーフの戦士たちが特攻し、後続の戦士たちが押し開いた無数の『牙』の血路たち。


 それに寸断された傭兵どもに対して、オレやレイチェルやキュレネイが、各個撃破を仕掛けていく。そうすればドワーフの戦士たちの死傷者も減るし―――仕留め次第、次の寸断された傭兵どもに、オレたちは標的を絞ればいいわけだ。


 混戦においても、上空にいるゼファーとククルが、完璧な指揮を与えてくれるから、『パンジャール猟兵団』の仕事は、順調に進んでいくんだよ。




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