第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その1


 ゼファーの背に戻ったオレたちは、さっそくミーティングを開始する。まずは情報共有からだ。オレとカミラはバルガス将軍に出会ったことを話した。彼らが特攻するのは今夜であり、その援護のために『アルノア査察団』を攻撃すると約束したこともな。


「……アルノア伯爵、ですか」


「ガンダラは知っているのか、そいつのことを?」


「ええ。皇帝ユアンダートの熱心なシンパの一人だとか。なかなかの財力を誇る有力貴族です。なるほど、人間族第一主義から離れているメイウェイ大佐に放たれる『刺客』としては、なかなかに良いカードなのかもしれません」


「ユアンダートのお友だちか」


「そういうことですな。彼を誘拐することが出来れば、我々にとって有利に働くかもしれません」


「有力貴族であるのなら、いい人質になってくれそうですよね、ソルジェ兄さん!」


「ああ。是非とも捕まえて、拷問にでもかけてやりたいところだ」


 ユアンダートの友人だというのなら、特別なサービスをしてやっても悪くない。まあ、オレがやるよりも、シャーロンあたりに任せた方がいいんだろうがな。


「……彼を捕縛することに時間をかけるのも、良いことかもしれませんが……さすがに時間が足りなさすぎますな」


「そ、そうです!自分たちは、『太陽の目』の人たちに、バルガス将軍の意志を伝えておきたいっす!『メイガーロフ』を守るために、将軍は、特攻までするんすから!」


「ウフフ。その役目はカミラが適任そうですわね、リング・マスター?」


「ああ。そうだな。カミラと……それに、ガンダラだ」


「ええ。私も彼らには伝えたいことが出来ましたから」


「槍を交わして、友情が生まれたのか」


「そんなところですな。『イルカルラ血盟団』と、表向きの交渉をしたのは私です。彼らと和解するのが困難な『太陽の目』を説得するには、私が適任かと」


「イエス。巨人族同士、ハナシも合いそうであります。ならば、『ガッシャーラブル』で降りるのは、カミラとガンダラでありますな」


 キュレネイの言葉にククルが続いた。


「そうですね。説得には時間がかかりますから。南のドワーフとも接触するのであれば、役割分担すべきですもんね」


「ならば、南に向かうのは、リング・マスター、私、キュレネイ、ククル……というわけですのね?」


「そうだな。ドワーフを説得するのにも、ちょっとぐらい腕力が必要になるかもしれん。オレ一人で行くよりは、四人で乗り込むってのは心強い」


『ぼくもいるよー』


「ああ。そうだったな。ゼファーも上空で待機してくれている。5人で行けば、200人ぐらいは相手に出来る」


「……団長、分かっているとは思いますが」


「ああ、冗談だ。ケガをさせたくはない。彼らも帝国軍と戦ってくれる貴重な戦力なのだから。でも、ドワーフで山賊だっていうのなら、それなりに荒っぽいことにはなるかもしれない」


「そこは否めませんな」


 ドワーフの文化ってのは、だいたい腕力がモノを言いがちだからな。グラーセス王国のシャナン王の技巧で打たれた竜太刀があれば、ハナシぐらいは聞いてもらえるはずだが。交渉が難航しないとも限らん。


「カミラがいません。ムダな戦闘になれば、相手に死傷者を出しかねません。キュレネイ、そして、ククル……副官の代行として、団長に知恵を貸してやって下さい」


「イエス。任せるでありますぞ、ガンダラ」


「は、はい!兄さんのサポート役を、務めさせて頂きます!」


「ウフフ。ガンダラに無視されてしまいましたわ」


 無視したというよりも、意図して外した気がするな。レイチェルはオレの副官というポジションには向いていない気がする。


 天才的な発想をしてくれるはずだけど、調停役とか補佐とか、そういうタイプの性格ではなさそうだ。


「レイチェルは美しさで、ドワーフたちの心を奪って下さい」


「あら。素敵なお仕事ですわね!……ぜひ、それをさせて頂きますわ」


 ガンダラは口が上手いな。オレよりも上手にレイチェルを操縦している気がする。というか、オレはレイチェルを操るというより、操られている側のヒトか。


「とにかく。役割分担して動くぞ!」


「巨人族の『太陽の目』と、ドワーフ族の山賊を仲間につけるんすよ!!そうすれば、バルガス将軍や、『イルカルラ血盟団』のベテラン戦士の皆さんの、死傷者が大きく減るはずっすから!!」


 決意に燃えるカミラ・ブリーズは、声高らかにそう宣言する。『メイガーロフ』の砂塵舞う空にも負けないほどに、その高く響いた声には熱量が込められていたよ。


 そうだ。


 これがオレたちのプランだ。悪いとは考えちゃいない。亜人種の勢力とは接触しなければならなかったわけだしな……だが、せっかくここには今、ガンダラがいるのだ。


「なあ、ガンダラ」


「戦略を補強する策ですかな」


 さすがはオレの副官一号だ。長い付き合いのおかげか、あるいはガルーナ人の発想が貧困なせいか、それともガンダラのスキンヘッドの中にある頭脳が有能なせいか―――こっちの考えぐらいお見通しのようだった。


「そういうことだ。何かあるか?」


「……『メイガーロフ』ですべきことは、すでにしていますからな」


「そうだと思う。他の街を回るにしたって、時間が足りないし、有望な情報も手に入れちゃいない」


「ええ。ですから……『彼』に連絡を入れておこうかと思います」


「……『彼』ってのは?」


「アインウルフです」


 その言葉が出た瞬間、オレの口元はニヤリと歪んでいた。


「なるほど。メイウェイの直接の上司だった男か」


「そうですな。グラーセス王国軍に、彼は帯同しているのです。つまり、『アルトーレ』に彼はやって来ている」


「……アインウルフか。面白い使い方になりそうだな」


「でも、ソルジェ兄さん、ガンダラさん。彼は、元・部下たちを裏切るのでしょうか?」


「ノー。ククル、元・部下たちを裏切るのではなく、彼は守るためにも情報をくれるであります」


「え?……あ、そうか。『アルノア査察団』……メイウェイは、帝国軍にも敵が多い」


「イエス。その敵から、メイウェイや、その部下たちを守る手段があれば……アインウルフは情報をくれるかもしれないわけであります」


「……そうです。『アルノア査察団』なるものまで派遣されている状況です。アルノア伯爵は、メイウェイ大佐を排除しようと躍起になっている。しかし、メイウェイ大佐には、第六師団を引退した古参兵たちの支持が厚い……」


「ならば、彼らもまたアルノア伯爵のターゲットということですわね。忠臣は、裏切らないものですわ。メイウェイを排除したければ、彼を守る軍勢も、排除する必要がある」


「……では、つまり。ガンダラさんは……敵の分散を狙っているわけですね?」


「その通りですよ、ククル。理想の通りにコトが運ぶとまでは考えてはいませんが、アインウルフの存在は、使い方次第ではこの土地にいる帝国軍に大きな混乱を与えることも出来るでしょう。団長……あとは、貴方がどれだけ許容するつもりがあるのかも大事な点ですな」


 ククルも気づいているとは思うが、ガンダラはもっと気づいている。アインウルフの最良の使い方だ。


 それは、かつてのオレでは出来なかった考え方だし、何よりも選ぶことが出来なかっただろう。


 帝国人に対して、どこまでも深い憎しみと怒りに突き動かされているだけでは―――勝てない敵もいるだろう。


「……言いたいことは分かってるよ。オレも、それなりに経験ってものを積んだ」


「そうですか」


「……状況に応じて、最良の策を採る覚悟はしている。それだけは、確かなことだ」


「……分かりました。それで、十分な答えですよ、私にとっては」


 色々と言いにくい言葉もあったりするもんでね。


 そういう時に、言葉を多く使わずに、オレのことを理解してくれる副官一号サマは、本当に頼りになるよ。


「……さてと。『ガッシャーラブル』が見えて来た。役割分担と行くぞ!!」




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