第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その41


『ドワーフさんたちっすか?』


『ああ。南にいる山賊たちとハナシをつけたい』


『さ、山賊と……?』


『テリトリーに侵入しなければ、彼らは襲って来ないという。統率の取れた軍隊に近い動きをしているぞ。彼らの首領と話し合いたい』


『そして、将軍さんたちの援護に?』


『それを狙っている。バルガス将軍たちが特攻をしている姿を見れば、彼らも義を見て動いてくれるかもしれない』


 ドワーフ族ってのは、生粋の戦士の種族だとオレは信じているんだよ。それに、彼らもメイウェイとの関係がいつまでも安泰だとは考えてはいないだろう。彼らのテリトリーを尊重してくれる太守?……メイウェイが代替わりすれば、そんな甘い行いも終わりだ。


 戦うことになると分かっているハズだぞ。帝国人が、いつまでもドワーフの言い分を聞いてくれるとは、彼らだって信じちゃいないさ。


 ドワーフの坑道は……金になるんだからな。鉱石が掘れる土地に、彼らは自分たちの集落を作るもんだ。帝国人からすれば、ドワーフの集落や王国ってのは、実に魅力的な侵略対象だ。


 今でもドワーフ族が自分たちの土地を守れているのは、奇跡に等しいとオレは考えている。どれだけ、滅ぼされたドワーフの王国を、この大陸で見て来たと思うんだ?……そして。それらの王国は例外なく、自分たちの領土を守るために最後まで戦い抜いた。


 ほとんど全滅するほどに激しくな。


 まるで、ガルーナの野蛮人のような気質を宿しているじゃないか?


『……それに。オレだってグラーセス王国に認められた、貴族戦士の一人だ。ドワーフ王国の貴族戦士を、彼らだってハナシも聞かずに追い出すことはない』


『そうっすね。でも、どうやって、ソルジェさまが、グラーセス王国の貴族戦士であられることを証明するんすか?』


『ククク!……どうすると思う?』


『え?え、ええーと…………わ、分かりませんっす!!』


 カミラはクイズに敗北を認めていたよ。オレはニヤリと笑いながら答えを語った―――つまりだが、無数の『コウモリ』の口が笑っていたのかまでは自信を持つことが出来なかったよ。


『……アーレスに頼るのさ』


『……アーレスさんに?……あ!そ、そうか!竜太刀っすね!!』


『そういうことだ。グラーセス王国のシャナン王が、オレのために打ち直してくれた竜太刀がある』


『ドワーフさんたちは、鋼と語り合えるんすもんね!!』


『そう。彼らが真のドワーフ族ならば、竜太刀に潜むアーレスと、そして、シャナン王が惜しみなく注いでくれた技巧と対話することが出来るはずだ』


『それなら、ソルジェさまがグラーセス王国の貴族戦士であることも、彼らに証明することが出来るんすね?』


『ドワーフの王の技巧が宿る、竜の角が融けた鋼だぞ?……これほど、オレの身分をドワーフ族に語るモノは無いと言うわけだ』


 ……あの口の悪いアーレスが絡むと、山賊との交渉がもつれてしまいそうな気もするな。気が荒い者同士の話し合いは、ついつい暴力沙汰に発展しがちなものだから。


 まあ、竜の姿を持たない以上……何十人も殺してしまうというようなことにはならないからな……でも、アーレスが生きていたら?……『山賊などに話す言葉など我は持たん』……とか言い出しちまいそうだな。


『あちち!?』


『ん。どうした、カミラ?』


『な、なんだか。どこかから、『炎』の属性を感じたっすよう』


『……アーレスが八つ当たりしているのかもしれないな』


 オレがアーレスに対して失礼なことを考えていると、竜太刀って何故だか熱を帯びて嫌がらせをしてくるんだよな。


『ふええ!?……あ、あれ……いきなり、熱さが消えたっす?』


『レディーを傷つけるなんてことは、竜騎士姫に仕えた古竜として許されない行為なんだろうよ。きっと、あの世で、カミラに対して謝罪しているよ』


『ちょっと熱かったぐらいだから、ぜんぜん、気にしなくていいすよ!アーレスさーん!…………でも。今、『どこ』にいるんでしょうか、アーレスさんの竜太刀?』


『オレに訊くのか?』


『……『コウモリ』に化けると、自分の身体がどこかは分かるんですけど。その他のことはイマイチ、よく分からなくなるんすよね?』


 『コウモリ』に形状が変わるだけでなく、無数に分裂までしているからな。オレだって、自分の五感のうち、把握が出来ているのは視覚だけの気がしている……。


 あらためて考えると、この能力もかなりとんでもない力ではあるな。この状態では、矢も剣も当たらないし、攻撃魔術さえも吸収するわけだ……こちらから、出来ることはかなり少なくもなるがね。


『……うーん。どこに竜太刀があるんすかね……?なんだか、とっても謎っすよう』


『……考えても分からないコトは、考えないようにしようぜ』


『っ!そ、そうっすよね!』


『ああ』


『それに、今は……バルガス将軍さんたちのために、急がなくちゃなりませんっすもんね!!』


『そうだ。とにかく、ガンダラを回収して、ゼファーの背に乗るぜ』


『はい!……ガンダラさんは……』


『あそこだ。右斜め下』


『あ!ホントだ!見つけたっすよ!!このまま、かっさらいましょうか?練習がてら?』


『自分の能力は隠しておけ。能ある鷹は爪を隠すと言うだろ?』


『自分、能ある鷹っすか?』


『鷹のレベルじゃ済まないぐらいに有能だろ』


『え、えへへ!褒められちゃいましたー!』


 事実だからな。鷹どころじゃない。気の立ちまくたった戦士が守る砦に対して、あっさりと侵入を成功させる。


 姿を見られたのは、こちらが見せようとしていた任意の人物にのみだ。


 そういう技巧を発揮することが出来る戦士は、この世に何人かはいるだろう。リエルやミアもこなすだろうな。オットーもやれるかもしれないし、オレだって時間をかけていいなら不可能じゃない。


 しかし、あれだけの短時間で実行するとなると、『吸血鬼』の―――『コウモリ』の能力を持つカミラにしかムリな仕事になるだろうよ。


『……とんでもなくスゴい能力なんだ。カミラよ、その力を可能な限り、隠すんだ。不意打ちで使ってこそ、能力は十分に発揮できるんだからな』


『はい!』


 ……それに。


 もしものコトってのも考えられる。『吸血鬼』という存在に対して、誰もが無力なのだろうか?……オレとガルフのコンビに倒せたように、『吸血鬼』だって無敵だとは限らない。


 噂話で聞くような弱点は、カミラに関しては一切、効果がない。ニンニクは好きだし、朝から元気だ。太陽の下で野良仕事をすることも嫌いじゃないし、銀の食器とかむしろ好きだもんな……。


 だが。オレとカミラからしても、『吸血鬼』の『闇』属性の力ってのは、あまりにも未知な部分が多い。ゆっくりと解明していかなければな……力というものは、弱点だってどこかに内包しているもんだ。


 オレが『吸血鬼』の喉笛を噛み千切れたように……不意をつけば仕留められるのかもしれない。とにかく。手の内ってのは、明かすべきモノじゃないのは確かだった。


『ガンダラさんは、どうすれば?』


『……あちらでもう気づいているさ』


 眼下にいるガンダラは、わずかに上を向いていた。つまり、こちらの動きを認識している。


 ガンダラは、相対したままになっていた傷が目立つ戦士に語りかけた。


「このままでは、私の方が陽にさらされて倒れてしまいますな」


「……この炎天下では、『イルカルラ砂漠』に慣れていない者では、そうなっても不思議なことはない」


「……日をあらためるとしましょう。後日、また来ます。私たち『自由同盟』は、貴方がたの敵ではないことを、忘れないで下さい。どんな窮地に陥ったとしても、助け合える存在だと考えています」


「……去るがいい、ガンダラ殿。我々は、成すべきことをするだけだ」


「……そうですか。ならば、私は貴方がたの健闘を祈るばかりです」


「ありがたい。そなたほどの槍の使い手に祈られるとは……心強い」


 ……何だか、オレたちがバルガス将軍と仲良くしていた間に、ガンダラとあの戦士は手合わせでもして遊んでいたようだな。ガンダラの実力を見せつけることが出来たのなら、オレたちの評価は上がっているだろう。


 戦士にとって、『強さ』とは絶対的な価値があるものだ。強いだけで尊敬を勝ち得るし、信頼もまた然りである。


 『自由同盟』へ対する評価を、ガンダラのハルバートは上げていただろうさ。そして、期待や希望も血盟団の戦士たちに植え付けたはずだ。『自由同盟』の戦士は、強い。全員がガンダラ並みではないがな。それでも、印象はより良くなっているさ。


 ガンダラはしばらく戦士たちのために黙祷し、踵を返して東へと向かい歩き始めていた。オレたちは、ガンダラが『イルカルラ血盟団』から距離を取ったのを見計らい、『コウモリ』に回収して上空にいるゼファーの背へと向かったよ。




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