第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その35
自分の命を捧げる覚悟……か。砂漠の戦士という存在には、敬意を捧げたくなる。
「なんだか、一杯、酒を呑みたくなって来たぜ」
「酒が好きか、ストラウス殿は」
「まあな。酒そのものも大好きなんだが、アンタと酌み交わしてみたくてな、バルガス将軍」
「私は酒を呑ませても、酔っ払いもしないぞ」
「ククク!……そいつは、つまらんな」
「よく言われる」
「だが、それでも十分に価値があるんだよ。アンタと酒を一緒に呑む……そいつは、楽しい行いでな」
「そんなものか?」
「ああ。というか……呑まなければ、一生、後悔しそうだ」
「……愉快な男だな」
「不愉快だと呼ばれるかと心配していたよ」
「マジメな男にも、酒を酌み交わしてみたい相手ぐらい居るということだろう」
「なんだ、相思相愛か」
「……その言い方には抵抗があるが、時間があり……状況の違う形で出会えたなら、語り明かしてみたいものだ。私は、素直な魂を持つ者を好ましく思うからな」
「素直な魂か……」
くすぐったくなる言葉だな。
何ともまあ、傭兵稼業にある者には似つかわしくない言葉である。だが、ガルーナの野蛮人には、ちょうどいい言葉かもしれん。オレたちは、シンプルであることを好んでいた。本来はな……。
「……背負っているものが何もなければ、アンタたちの特攻に付き合ってもやるんだがなあ」
「そ、ソルジェさま!?」
カミラが心配している。たしかに、ヨメの前で不用意に口にする言葉じゃない。反省のために苦笑しながら、カミラを安心させてやるために言葉を綴るんだ。
「安心しろ。背負っているものが、たくさんある。バルガス将軍たちの特攻には付き合わん」
「そ、そうっすよね?」
「心配させたな」
「い、いえ。ソルジェさまが勇敢であられることは、私が一番よく知っているっすから」
遠い瞳で昔か何かを見つめながら、オレのヨメはそう語ってくれる。何を考えているのかまでは分からんが、ちょっと照れるよ。
「……ストラウス卿、奥方に心配をかけるべきではないぞ」
「……ああ。そうだな、反省しているよ」
「それでいい……ストラウス卿よ。安いワインが一つだけ、この部屋にはあるんだが」
「……いいね。是非とも、一杯やりたい」
「そうしよう」
バルガス将軍は立ち上がる。背の高い巨人族の彼は、この大きくもない部屋を三歩で橋まで歩き、高い位置にある戸棚から、まだ新しいラベルが貼られたばかりのワインのボトルを一本取り出してくれた。
グラスはないが、木で作られたコップが三つばかりある……。
「すまないな、カミラは呑めないんだ」
「うむ。そうか……?」
「お構いなく、自分は、自前のお茶でお付き合いさせていただくっすから!」
「ハハハ。そうか……それなら、問題がない」
巨人族の男は柔和に笑い、テーブルに戻ったよ。
彼は不慣れな手つきで、ワインを開けると、二つのコップに注いでいく……。
「……普段は、呑まないのか?」
「ここ数年はな。酒宴をやるようなことは少ないし、私は……元々、そういう宴に足を運ぶことを好まなくてな」
「アンタらしくていいじゃないか」
「……妻には、よく怒られていた。そういう席を大事に出来なければ、大成することはないと、よく言われたものだ」
「素晴らしい助言だよ。奥方は正しい」
心底から同意することが出来るよ。酒宴には、足しげく参加しておくべきだ。ヒトの心を掴める場だし、ヒトの本音を耳にすることが出来る場所でもあるのだから。
「……本当にな。妻と共になら、宮廷の中で呑む酒も、悪いモノではなかったよ」
「……不器用そうな戦士の言葉だ」
「私は、いつだって不器用だったような気がするよ。酒を注ぐのも、不器用さ」
そう言いながらも将軍は、その作業を完了させていた。二つのコップに、赤いワインがなみなみと注がれているな。
将軍はそれを手渡してくれる。野蛮人の指と手を使い、丁重に受け取ったよ。血のように深い赤みと、フレッシュな香りがする……フルーティな味かもなと予想した。
「お嬢さん、水で割ったものを呑んでみるかい?」
「いいえ。自分はまだ未成年っすから」
マジメなカミラはそう語ったよ。ルールを守るそのマジメさを、バルガス将軍は気に入ったようだった。
「なるほど。それならば、仕方がないな。しかし、若いヨメをもらったな、ストラウス殿は」
「そんなに離れちゃいないさ」
たった、七つしか違わないしな……。
「そういえば……」
「……どうした、ストラウス殿?」
「バルガス将軍、アンタ……今、家族は?」
いるとすれば、特攻を止めさせるための方法に使えるかもしれない……そんな計算をしつつも、どこかあきらめていた。彼からは、孤独な者が放つ特有のさみしさを感じていたしね。
生きることに対しての執着が無く、ただただ義務感に突っ走る。そんな孤独な戦士の貌は、やけにやさしかったり……バカに粗暴だったりするんだよ。
どちらになるのかは、絶望を怒りに変えて燃やしているか、死の果てにある安らぎに穏やかな希望を見ているかで違って来るもんだ。
バルガス将軍は、古強者の視線をコップに注いだワインの赤に移しながら、死者への思い出に微笑む貌となっていたよ。
「……妻は熱病で天に召され―――息子たちの一人は、『ザールマン神殿』で殉職し。一人はガミン王の護衛として斃れ……三人目は、『イルカルラ血盟団』の戦士として戦い、この砂漠に還った」
「……そうか。乾杯するものが、決まったな」
「……なんだという?」
「アンタの家族にさ。アンタは、また彼らに会える。そして、讃えられるさ。その生きざま通りの、マジメな死にざまをな」
「……そうかな?」
「そうだと思うぜ。オレは、アンタの家族を知らないが……きっと、あの世で会えたら、讃えてくれる。アンタは……色々と不器用なカンジだけど……『メイガーロフ武国』の将軍らしい道を歩いたよ。そうだよな、カミラ?」
「はい!……バルガス将軍、ご家族は、きっと……将軍のことを誇りに思っておられるはずです」
……カミラに言わせてしまったかもな。カミラらしくないセリフじゃある。バルガス将軍の特攻を……認めるような女じゃないんだがな。
どこか、無理やりに微笑ませてしまっている。
オレは、よくない夫をしているな……。
でも、カミラのその気遣いが、バルガス将軍の孤独を少しだけ癒やしているのも事実だろう。
オレだけの言葉じゃ、きっと足りないからな。特攻を讃えることが出来る蛮族の言葉と、死に行く者への憐れみから、慈悲めいた優しさで形作られた言葉……そういう二つの言葉があったから、バルガス将軍は、今、少しだけ笑っている。
「……ならば、私の家族たちに……乾杯」
「ああ、乾杯」
「はい、乾杯!」
三つのコップが掲げられ、宴の勢いではない、とてもやさしげな速度で触れ合うのさ。コツンと小さな音を立てながら、木のコップは赤いワインと、お茶を揺らしていた。
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