第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その22
呪毒というのは、術者が魔力を込めた毒のことを言う。一種の呪いではあるともされてはいるが、その主体はあくまで毒薬であるわけだ。
オレとククルは『フレイム・スコーピオン/赤き血毒の大蠍』の肉を持ったまま、『アルトン鉱山』の入り口まで戻った。先んじて、錬金釜の掃除をしてくれていたカミラとレイチェルとも合流を果たす。
「準備はしてみたっすよ?」
「ええ。ただし、私もカミラも錬金術師ではございません。ちゃんと準備が出来ているかは不安が残りますが……お確かめ下さい、リング・マスター」
レイチェルがそう言っているので、多分、完璧に準備されているんだろうな、と想像していたが。その準備はやはり完璧なものであった。
錬金釜は水洗いのあげく乾拭きされていて、燃焼用の木炭も並べられている。そして、偵察を終えて戻って来たゼファーの背中から、ククルの要望通りの霊薬たちが運ばれて来ていた。
「完璧ですよ、カミラさん、レイチェルさん!」
「そ、そうっすか!良かったっす!」
「ええ。安心しましたわ。それでは、リング・マスター、役割分担としましょうか」
「ああ。ククルが錬金術を実行し、オレが助手を務めながら……毒薬と呪術が分離する瞬間を見逃さないようにする……」
「小さな呪毒になります。集中が大事ですよ、ソルジェ兄さん」
「了解だ」
気合いを入れるさ。
そして……指示も与える。
「カミラとレイチェルは、昼メシを頼めるか?」
「はい!」
「ええ。カレーでよろしくて?」
「カレーか、いいね」
「私、マルコ・ロッサという方から、いただいたカレー粉が大量に残っていますの。いい機会ですから、消費しておきましょう」
……オレだけではなく、レイチェルにも独自製作したカレー粉をプレゼントしていたわけかよ。レイチェルは時々しか料理しないし、大量にプレゼントしていたら、そりゃ余ってしまうだろうな。
「頼んだぜ」
「お任せ下さい、リング・マスター」
「じゃあ、ソルジェさま、ククルちゃん、頑張って下さいっすね!」
「はい。がんばります!」
カミラとレイチェルは、この錬金術のための部屋を立ち去っていく。
「では、始めようか」
「はい。まずは……この鍋のなかに、水を入れて、沸騰させておいてください」
「了解だ」
「沸騰させている間に、私は呪毒を分離するための錬金薬を調合しておきますね」
「ああ。専門的な錬金術は、オレには分からない。頼むぜ、ククル。錬金術については、お前が頼りなんだ」
「は、はい。大丈夫です……調合は、慣れているんです。私、『メルカ・コルン』ですからね」
微笑みながらそう語り、ククル・ストレガは複数の霊薬をまずは順番にテーブルに上に並べて行く。
オレの仕事は調理の準備みたいなものだった。
バケツに汲んであった水を錬金鍋に入れて、鍋底に放り込んだ木炭に火を点けて、煮込むのさ。
木炭に火力はそれなりに強いし、オレが直々に筒で息を吹き込んだりした甲斐もあり、錬金釜の水はすぐにお湯へと変わり、沸騰を開始していたよ。
グツグツと煮立つ湯の音を、オレは満足げに耳で頼んでいた。
「……お湯、湧いたようですね」
「ああ。それで、どうするんだ?」
「まずは、『フレイム・スコーピオン』の尾の肉を、これで煮込みます。肉に熱を通して変成させます。そっちの方が、モンスターの肉だけを選択的に溶解することが出来るんですよ」
「ほう。なるほどな」
肉だけ上手に融かすコトで、呪毒を回収しようという作戦らしい。分かりやすい説明をしてもらえて、ガルーナの野蛮人であるオレは、とても助かるよ。
『蛮族でも分かる錬金術』を読破はしているが、より高等な錬金術については理解しちゃいないんだ。
ククルが、煮立つ錬金釜に、呪毒を帯びた『フレイム・スコーピオン』の肉を放り込んでいく。
炭火を追加したよ。強い火力で、錬金釜に熱量を加えていく。あっという間にモンスターの薄緑色だった肉のカタマリは、その色を白っぽくかえていく。灰色の肉になっていた。
「こんなカンジでいいのか?」
「はい。こんなカンジで大丈夫です」
「……なんか、料理みたいだな」
「えへへ。そうですね、ここまでは、本当にフツーの料理みたいです」
まあ、煮込んでいるのはモンスターの肉だから、その時点でフツーの料理って範疇は逸脱している気もするがな。しかも、この肉は毒入りだ。
「……毒は、この湯に溶け出さないのか?」
「溶け出しても大丈夫なんですよ。最終的には、全てをドロドロに溶かした上で、『風』属性の毒だけ上澄みとして回収しますから。その呪毒を……ソルジェ兄さんの魔眼で見てもらいながら……さらに分離を試みます」
「……呪術を構成する魔力だけ見るか」
「とても難しい行為だと思いますが……きっと、ソルジェ兄さんなら出来ると思います」
「信じられているんだな、ソルジェ兄さん」
「もちろんです。そ、その、世界で一番、信じている男性は……ソルジェ兄さんですからね……?」
「……嬉しい言葉だよ、オレのククル」
ククルの黒髪を、兄さんとしての手つきでナデナデしてみた。子供扱いはイヤなのか、ククルは顔を赤くしているな。
あまり怒らせてはいけないか。
それに、仕事に集中するとしよう。オレはナデナデをそこそこで終了させて、ククルに訊く。
「肉は一部保存しておくのか?」
「は、はい。保存しておくのは、呪毒です。ソルジェ兄さんが、後から『呪い追い/トラッカー』を行うことが出来るようにです」
「なるほどな。全ての呪毒を作った製作者は、一緒だと思うか?」
「……断言することは不可能なことですが、『イルカルラ血盟団』も人手不足の気配がある組織ですから……呪毒の製作に、それほど大人数を配置することはないかもしれませんね」
「そうだとありがたいな」
「ええ。だから、そう期待しておくことにしましょう。まあ、ソルジェ兄さんの魔眼ならば、一度、コツを掴めば……呪毒からでも呪術師を追えるようになるんじゃないでしょうか?」
「竜の眼の潜在能力なら、十分にあり得そうだ」
「ありですね。竜は、己の獲得した経験値によって、形質の変異をコントロールしているわけですから」
「アーレスから引き継いだオレの魔眼も、成長が可能かな?」
「きっとそうです。肉体の枷に縛られていない分、能力的な変異は促進されているのかもしれませんし」
「なるほどな……では、コレもまたいい修行になるというわけだ。錬金術の手順も、学ばせてもらうぞ」
「どうぞ。『メルカ』の知識が、ソルジェ兄さんの力と経験の一部になっていくと思うと、私、とても嬉しいですよ。私たちが伝えた知識を、ソルジェ兄さんと共有することが出来るのって、幸せなことですから!」
なんとも健気で可愛い妹分だよ、オレのククル・ストレガは。ニヤリと猟兵の口を歪ませながら、オレは彼女の仕事を見守った。学ぶためにな。
「まずは、筋肉の繊維を融解する霊薬を入れます」
「ふむ」
ククルは赤い霊薬を錬金釜に注いでいく。それは大した量ではなかったのだが、またたく間に湯の色を薄いピンク色に変えてしまっていた。
「……これで、泡立つ湯の流れに、筋肉の繊維が、バラバラに解けていきます。この肉の量なら、3分ぐらいですね」
「そうか。それで、次は?」
「血液成分の除去です。これも呪毒と結合しやすいですからね。今度は、この緑色の霊薬を入れて、血液を排除します……そして、その次は、骨成分を除去するために、黄色い霊薬を入れていくという行程です。この順番で融かすと、『風』の呪毒に対して、最小の損害しか与えることなく、回収することが可能となります」
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