第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その7


 強い日差しに晒されながらも、オレたちは西を目指して移動する。地図は頭の中に入っているが……地上の様子を見ると目印となるモノの少なさに驚く。この土地は焦げた石と灰色の荒野、そしてクリーム色をした砂漠しか目に入らない。


 地上を行く者たちは、荒野を選んで歩くようだ。そこの地面は硬くて、商隊たちの足跡により削られることで『道』が形作られている。


 丸くて小さな石ころが多く、決して歩きやすい土地というわけでもないはずだが……ヒトは本能的に道があれば安心するのだろう。何より、その削られた道を歩いて行けば、殺風景な土地でも迷うことはないからな。


 ……問題は、より砂の多い場所か。


 『イルカルラ砂漠』……乾ききり、クリーム色の砂粒しかない領域が地上に見えてくる。そこにあるのは、風の踊った痕跡ばかりだった。砂たちは風に容易く弄ばれて、旅人の足跡なんかは容易く呑み込まれてしまう。


 熱された大地は上昇気流を生むし、北にそびえる『カナット山脈』からは冷たげな風が吹き下ろしてくる……『イルカルラ砂漠』の上空は、地上の静寂さとは異なり、それなりに強く風の暴れる場所なんだよ。


 暴れてかき乱された空気が、強い旋風となりときおり砂漠の表面を掃き捨てていく。強風に巻き上げられた砂は、旅人の足跡をかき消してしまう。


 風が短期間では終わらなければ、砂が片っ端から立ち上がり、まるで土色の煙の雪崩と化していく―――ああ、そうさ。オレは冒険小説なんぞでお馴染みの描写を見ている。砂嵐ってヤツだ。


 荒野でも砂塵の舞う風に晒されることはあったが、『イルカルラ砂漠』の砂は荒野のそれよりも乾いているのだろう。より高く、より軽やかなに舞い上がる。クリーム色の砂どもは、空を舞うと陽光を喰らって影をその身に宿すのか、赤茶色く濁って見えた。


「……凄い。砂嵐です。私、初めて見ました」


 大いなる自然現象に遭遇し、ククルの知的好奇心が満たされているようだ。地上をのぞき込むようにしながら、眼下でうねる土色の嵐に彼女は見入っていたよ。


「……ゼファーがいて良かったですわね。地上を歩いていたら、砂まみれになってしまったところですわ」


「イエス。あの砂嵐の高さは400メートルは軽くあるであります。お日さまの光も、遮られてしまうかもしれないでありますな」


「ええ。熱された砂に囲まれて、周囲は暗い。砂漠を歩き慣れていない我々では、ああいうものに遭遇すると、迷子にすらなりかねない」


 ……オレたちが遭難するって?……無い、とは言わないさ。目の前にいる巨大な砂嵐は、横に10キロ近くは広がっている。あんなものの中にいたら、ろくに目も開けていられないだろう……魔眼を持つオレはともかく、皆は視界が消え去るのさ。


「……それに。おそらく、あの砂嵐は熱量を持っています」


「そうですね。高温に熱された砂が、大気中に舞い上がることになります。砂から熱が周囲に放射されそうです」


「イエス。きっと、砂嵐の内部は、暑くて、乾燥しているでありますよ」


 賢い者が3人も集まると、砂嵐の内容まで分析することが出来るらしい。言われてみたら、そんな予想も腑に落ちるが、そんなことをどうして考えられるのかオレには分からない。


 目の前にいるククルの頭をナデナデしてしまう。


「ひゃあ!?そ、ソルジェ兄さん!?」


「ビックリさせたか?」


「い、いえ。でも、どうして、ナデナデして下さるんですか……?」


「お前の賢さに感動しているのさ」


「そ、そんな……っ」


「謙遜することないっすよ。自分、皆の言っていることがサッパリ分からないっす。やっぱり、ククルちゃんやキュレネイちゃんや、ガンダラさんは賢いんすよ」


 カミラもオレの仲間らしい。まあ、オレは言われたら意味ぐらいは分かったと思う!……賢い人々から見れば、そんなことは五十歩百歩の下らない見栄なのだろうが、ついつい自尊心ってものがアホという本性を隠したがってしまうのさ。


「……あら。カミラ。私もマヌケたちの仲間ですの?」


 マヌケたちの仲間……エッジの利いた言葉というかな。もう、ほとんど悪口じゃないか。レイチェルは素直な感性のままに、そんなセリフを放ち、オレとカミラは少しヘコんだ。


「マヌケたち……」


「夫婦でマヌケなんだな、オレたち」


「……あー。でも、ソルジェさまとおそろいなら、それはそれで満足っすよー……って、あちち!竜鱗の鎧が、熱くなってますぅ」


 オレに抱きついてくれようとしたカミラが、強い陽光と、砂漠から昇ってくる熱い気流に熱された、竜鱗の鎧から慌てて手を離していた。ウールのマントで遮断されていても、かなり熱を帯びているようだ……。


「団長、砂漠に入る時は、竜鱗の鎧を脱いだ方が良さそうであります」


 否定する要素がゼロのアドバイスを、キュレネイがくれた。本当にそう思う。


「ああ。熱いのも考えものだが……あの細かい砂粒にもまれると、鎧の隅々にまで砂が入って取れなくなるかもしれない」


 竜鱗の鎧は、複合的で複雑な鎧だ。プレートとスケイルアーマーが合わさったような構造をしていて、緻密に計算された装甲は可動性が高く、それゆえ隙間に砂が入り易そうなんだよね。


 そうなれば、洗浄するのも大変だ。油が差されているから、その油を分解しながらの水洗いと乾燥、そして再び油を差すことになるが……その洗浄作業はけっこうな手間ではある。


 だが、竜鱗の鎧が持つ圧倒的な防御力は魅力じゃあるんだよな―――。


「―――とりあえず、『アルトン鉱山』で実用テストをしてみるさ。砂漠でも使いこなす方法が見つかれば、着ておきたい」


『そーだよねー。よろいは、できればきておきたーい!』


 新品の鎧を着ているゼファーにも、オレの考えは通じているようだ。そうだ、鎧は素晴らしい。実用性が高い防具だし……何よりカッコいいのだから……。


「……とにかく、目的地に急ぎましょう。団長、砂嵐を迂回しましょう。砂嵐の上空にも細かな砂の粒子が浮かんでいるはず……ムダに体力を消耗するのは避けるべきですよ。状況次第では、長丁場になりますから」


「そうだな。『イルカルラ血盟団』の団員が、いつパトロンと接触するか分かったものじゃない」


 もしもの時は魔眼の力に頼り、足跡でも残存している魔力でも何でもいいから、追跡してやろうと考えてはいるのだが……現地に行ってみなければ、どうなるかはまったくもって不透明だ。


「ゼファー。あの砂嵐に飛び込んでみたい気持ちは『ドージェ』も分かるが……」


『うん……っ。とびこんで、みたいよね……っ』


 酷い目に遭うっていうことは分かっているのに、どうにも好奇心というものはムチャなことまで愛していてな。そんなセリフを吐かせるものさ。


 だが。


「……それでも、今回はパスだ。『アルトン鉱山』に備えて、体力を温存しておきたいからな」


『……うんっ。わかるよ。だからね、がまんするね……っ!』


「ああ、偉い子だぞゼファー」


 『ドージェ』の役目として、ゼファーの首のつけ根を撫でてみる。


『えへへ。じゃあ……砂嵐を北に回って回避するよ』


 ゼファーはそんなかけ声を響かせながら、右に向かって大きく体を沈めていた。そのまま暴れ狂う砂嵐から逃げるように、北へと向かって飛翔していく。


 その回避を行いながらも、我々は横目で巨大な砂嵐を観察していた。オレとゼファーだけじゃない。他の猟兵たちもだ。


 自然の驚異に圧倒されるから?


 ……そういうことじゃない。


 オレたちは今回は砂嵐をスルーしているが、やがてこの『メイガーロフ』の大地にまで『自由同盟』の軍勢が到達した時は……彼らをサポートするために、否が応でも砂嵐に飛び込む必要もある。


 その時に備えて、慣れておきたいという考えがあるのさ。想像力だけでは補いきれない、事実。そういうものは肌で覚えるしか方法がないからな。


 だから、今は見続けている。風の暴れ方や、暗がりの動き……そういうものと、賢いチームのくれた想像を組み合わせて、砂漠での戦闘を頭のなかで繰り返していたよ。




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