第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その6


 オレはリエルに手伝ってもらいながら、竜鱗の鎧を身につけていく。変装魔術を解いて、赤毛と金色の左眼に戻しもしたよ。


 ミスリルのプレートが入った特別製の眼帯も、久しぶりにつける。まぶたに感じる冷たさが心地よい……すでに、気温がかなり上がっているからな。


「暑くなりそうだな……」


「うむ。山の上だから、こちらは暑さが知れているだろう。砂漠の熱には気をつけるのだぞ、ソルジェ」


「わかっているよ」


「わかっているなら、良い」


 そう言いながら、リエルは竜爪の篭手を左腕にはめてくれる。慣れた手つきで留め金と革製のベルトで篭手と腕を固定するのさ。


 ミアもオレのお手伝いをしてくれる。雑嚢の整理と確認だ。携帯食料、医薬品と包帯、タオルと着替えに、果物。そして、ナイフと毒薬と爆薬……それらの個数を確認しながら、丁寧な手つきと職人的な眼差しを使って『パンジャール猟兵団』の哲学通りに並べ替えた。


 水筒に入れたお茶に、微量な塩を混ぜてもおいてくれたよ。汗から失われる塩分の対策だ。


 体から塩が失われ過ぎると、筋肉の痙攣が起きやすくなるのは有名なことらしい……探検隊として大陸各地を旅したオットー・ノーランからのアドバイスさ。


 ……まあ、塩を入れると言っても微量でいいらしいんだがな。塩っぱすぎるお茶は苦手だしね。


「準備、完了だよ、お兄ちゃん!」


「ああ、ありがとう、ミア」


 雑嚢を持って来てくれたミアの黒髪を、ナデナデするのさ。ミアは笑顔になりながら、ケットシーの猫耳をピクピク動かしていた。


「えへへ。充足感っ」


 そう言った後で、オレの腰に抱きついてくれたよ。ちょっとの時間、離れることになるからな。いってらっしゃいのハグさ。鎧の額を押し当ててくれる。


「……いってくるぜ」


「うん。ミアもがんばるー」


 そうだ。オレたち『パンジャール猟兵団』は離れていても、お互いのために行動をしている。そいつがチームってもんさ。


 ミアのハグが終わると、リエルが待っていそうなので腕を伸ばして抱き寄せる。彼女の銀色の髪に鼻を埋めるのさ。


「こ、こら……っ。いきなり抱き寄せるでない」


「いや。抱き寄せてから、いってきますのキスをしようかと?」


「そ、そ、そういうのは、恥ずかしいからいいのだ。そもそも、昨夜、さ、さんざんしただろうに……っ」


「昨夜はキス祭り……?」


 何とも楽しげなフェスティバルを想像したミアが、口元に指を当てながらそう語る。


「森のエルフ族に、そんな破廉恥な祭りなどないのであるからして!?」


 ククク!……たしかに、そういうのは無さそうだな。森のエルフ族にはマジメで堅そうなイメージを持っているんだよ。


 リエルはオレの抱擁から逃げ出して、くるりと振り返ってきた。長い人差し指をピシリ!と立てているな。


「と、とにかく!……気をつけて行ってくるように!以上だ!」


「第2回キス祭りは戻って来てからな」


「だ、第1回が行われておるような言い方をするでない!!」


「ああ。わかった。第1回を行うぜ」


「……す、スケベめ。セクハラだぞ……神聖な愛情表現を祭りとか言うなである……っ」


 耳まで赤らめながら、リエルは己の倫理観に沿って、そんな主張をしているな。恥じらう美少女エルフさんを見ていると、目の幸せになるぜ。


「ソルジェさま!皆の準備が出来たっすよ!」


「こっちもだ。行ってくるぜ」


「いってらっしゃーい!」


「うむ。いってらっしゃい、ソルジェ」


「ああ……それじゃあ、頼むぜ、カミラ」


「了解っす!みなさん、こっちに集まってくださーい!」


 皆で集まる。武装と旅支度を終えた猟兵たちの表情は、凜々しいものさ。


「―――『闇』の翼よ』


 ……カミラの影に呑み込まれていた。そのまま無数の『コウモリ』に分かれると、狭くて暗い煙突をくぐって『ガッシャーラブル』の空へと飛び出して行く……。


 強い日差しを浴びても『吸血鬼』は怯まない。言い伝えでは日光に浴びれば苦しむというハナシだったが、当てにならないものだな。


 ……しかし、この強い日差しは暑さを連想させる。


 ここでこれだけ日差しが強いのなら、砂漠はどこまで暑くなるんだろうか……?不安と、そして冒険心由来の楽しさが心に生まれていた。未知なる場所に行くという楽しみ……そういうものはあるよな。


 我々の化けた『コウモリ』は色鮮やかな天幕に覆われた、『ガッシャーラブル』の街並みと城塞を飛び越えて、街から東へ3キロほど先にある高台を目指した。


 そこは展望台の一つなのだろう。近づけば公園のように整備されていることに気がついた。見晴らしの良い場所ではあるが……あまりの日差しの強さに今は誰もいないようだ。


 修行をしている僧兵でもいれば厄介だと考えていたが、『太陽の目』の僧兵たちは北にある『ガッシャーラ山』で荒行の数々に励んでいるのかもしれないな。


 『コウモリ』の群れは、その誰もいない高台に達すると。翼をパタパタと懸命に羽ばたかせて、空高くへと昇っていく―――ゼファーと合流するためだ。


『あはは!『どーじぇ』たち、みーつけたっ!』


 ゼファーの愛らしい声が蒼穹の音楽となり、漆黒の翼がオレたちと並ぶようにして天空に遊ぶ。


『のって!』


 仔竜の声に誘われ、『コウモリ』はその背に集い……ヒトの姿へと戻っていたよ。


 先頭はオレ、その背後にカミラ、キュレネイ、レイチェル、ガンダラが続き……オレの脚の間には妹……というか妹分であるククル・ストレガが出現していた。


「……ふえ!?」


 ククルは自分が置かれた状況に気がつくと、慌てていた。


「あ、あれ!?わ、私、このポジションなんですか!?」


「え。ダメっすか?」


 思春期の乙女は兄貴分に抱きつかれるような形になると、恥ずかしい……というか、イヤなんだろうな。


「他のヤツと交替するか?ガンダラ以外なら歓迎だぜ」


「い、いえ。いいです!大丈夫!ここで大丈夫です!……ミアちゃんに代わり、み、見張り役をするには、『メルカ・コルン』であり目が良い私には、このポジションは適切。そう、と、とっても適切ですもんね!?」


 『パンジャール猟兵団』の役に立ちたくて仕方がないのだろうな、マジメなククルはそんなセリフを、やや鼻息荒く語っていたよ。


「そうか。頼むぞ」


「た、頼む?ソルジェ兄さん、な、何を、何をお望みで……っ!?」


「……ん?……いや、見張りだろ?」


「そ、そうですよね!?見張り!!そう、私は、見張りとして有能な女子ですから!!山育ちで視力もいいですし!!」


「ああ。頼んだ」


「頼まれました!!」


 まっすぐに西の空を見つめながら、ククルはやる気を高めているようだ。


 西にあるのは、砂漠……クリーム色に乾ききった土地だった。


『あっちにいくんだよね?』


「そうです。このまま西に飛んで下さい、ゼファーちゃん。『アルトン鉱山』……枯れ果てた露天掘りの鉄鉱石の鉱山……そこが、次の目的なんです」


『らじゃー!……とばす?ゆっくり?』


「え、えーと……そうですね。飛ばして下さい。『イルカルラ血盟団』とは、可能な限り早く接触すべきなんです」


 ……そうだ。精鋭ぞろいのドゥーニア姫の部隊は敗走した。切れ者のメイウェイ大佐が、手負いの獲物に対して何も仕掛けないはずはないさ。呪術師を呼んだだけじゃない。この数週間、血盟団に対して攻撃の手を緩めてはいないはずだ……。


『じゃあ、いそぐねー!!』


 ゼファーは漆黒の翼を大きく熱風の踊る青空に広げながら、西の砂漠を見つめていた。初めて見る砂漠に、心が躍っているのさ。『ドージェ』と同じようにね。




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