第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その3
チーズ入りのオムレツは本当に美味しかった。濃厚なチーズとフワフワの卵、そして挽肉。シンプルだけど最高だよな。ボリュームたっぷり目の朝食だが、猟兵の胃袋には丁度良かった。
何というか、食べやすさがあるな。皿も深めだから、ガツガツ食べるように向いてはいるのさ。オレたちは、道行く商人たちほどに急いでいないものだから、ゆっくりと味を楽しめたがな……。
ゆっくりと食べていると朝食屋台に迷惑?……まあ、そうでもないのさ。屋台が混んでいるのも、屋台が次々に閉じているからでもある。メイおばちゃんも調理器具をしまい、コーヒーを飲み始めている。もう今朝の仕事は終わりと彼女は判断したのさ。
……『ガッシャーラブル』の屋台朝食を楽しみながら、ちょっとだけワインも呑んだよ。オレとレイチェルとガンダラでね。
朝から酒を呑めるってのは幸せなもんだ……ミアたち酒が呑めない猟兵女子たちは、ミルク多目のカフェオレをメイおばちゃんに注文していたな。
幸福な朝食の時間が過ぎていく。メイおばちゃんはヒマを持て余したのか、人懐っこい笑顔で話しかけて来たよ。
「……アンタたち傭兵なのかい?」
「ああ。そうだよ。今朝は変わったニュースとかあるかな?」
「変わったニュース?……ああ、傭兵が好みそうな話題としては、キャラバンに対する被害だね。珍しく、ここの北で起きたよ」
「……ほう。北でか?」
ワインを歯の裏に当てながら、素知らぬふりをするのさ。メイおばちゃんは、ニヤリと笑った。
「聞きたいかい?」
「……銀貨が要るハナシか?」
「いいや。サービスしてあげるよ」
「無料なら聞かせて欲しいね」
「話してあげよう。昨日の晩に、ここらの山賊どもが珍しく気合いを入れたようだね」
「気合い、ね?」
「そうさ。いつもはヘタレた連中なんだけど。なんと、大きなキャラバンを襲ったんだよ。帝国軍が護衛についているっていうのにさ」
「軍が護衛しているのか。それなら被害は少なそうだな」
「ハハハ!まあ、結果的にはそうなんだよ。そこらはマヌケどもらしい」
マヌケ扱いか。ブドウ農家の息子どもは、あまり凶悪な連中ではないようだ。まあ、国境にほど近い場所で、積極的な山賊行為なんてしていれば、帝国軍にとっくの昔に狩られているだろうな。
……メイウェイ大佐は、情け深いというか、ある意味では甘いというか……『ガッシャーラブル』の民と対立するようなことは避けていたのだろう。
「マヌケどもは何も盗めなかったか」
「ああ。帝国兵どもの命以外はね……」
「帝国軍に被害を与えたのかい。そいつは豪気なハナシだな」
「そうさ。珍しく本気だったらしい。腕利きの流れ者でも雇ったのかもしれないね。アバラカ峠の近くで、待ち伏せしていたそうだ。昔ながらの戦術だね」
「昔ながら……?」
その言葉の意味が分からなかったから、思わず問い返していたよ。
「うん。『ガッシャーラブル』の山賊団は、元々は戦災孤児たちと、そんな子たちを世話する戦士たちで作られていた」
「戦士……国境警備隊の一種か」
「そうなるよ。国境を守る戦力として、山賊団は機能していたのさ。大昔のことだけどねえ」
「武国が成立する前か」
「よく分かるね?」
「争い事には詳しい方なんでね」
「納得したよ」
「……ここの山賊たちが、ヘタレのくせに帝国軍に潰されていないのは、そういう歴史的な背景があるわけだ」
「そうだね。英雄的な山賊たちも大勢いるよ……『アルトーレ』の連中も、侵略を仕掛けて来たからねえ……私のひいじいさんも、山賊団の一員として『アルトーレ』からの侵略者たちと戦ったのさ。『片腕のラルゴ』と一緒にね!」
隻腕の勇者か。そういう戦士の伝説は、大陸を旅しているとよく耳にする。大抵の場合は……。
「……ドワーフ族か」
「正解。『片腕のラルゴ』はドワーフ族。ヨソのヒトにも知られているのかい?私たちの英雄さんは?」
「そうだ……と言いたいところだけど。隻腕のドワーフ戦士には、ときどき戦場では出会うからだよ」
「彼らは怪力だからね。そのくせ短躯の割りに器用でもあるからねぇ。『片腕のラルゴ』は左腕一つで槍を使いこなしたんだよ!一人で、60人の敵と戦い生き残ったこともあるらしい」
「ほう。そいつは、是非とも出会ってみたかった豪傑だな」
「お兄さん、戦ったら負けちゃうよう?」
「……どうかね。やってみないと分からない」
自信はあるよ。『片腕のラルゴ』の槍を、ストラウスの竜太刀で受けてみたいもんだよな。
「強い戦士と戦いたいんだ?」
「戦士っていうのは、そういうものなんだよ」
「あはは。そういう山賊ばかりだったら、帝国軍なんざ追い散らしているところだったろうねえ」
「……でも、今回はがんばったんだろ?」
「そうみたいだね。伝統のアバラカ峠での襲撃さ」
……オレたちは、アバラカ峠の伝統とやらについては、もちろん知らない。ただし、戦略的な使えそうな土地を選んで戦っているからな。
偶然ではなく、必然的に同じ地形で、同じような戦術になったというわけだ。これは意図した結果ではないが、オレたちにとって有利な結果ではあるよ。
伝統に則った行動を取れたおかげで、山賊たちの犯行であろうと、より高い確率で偽装できただろう。
少なくとも、ひいじいさんの代から『ガッシャーラブル』で暮らしているらしい、このメイおばちゃんは騙せている。
……帝国軍も、エルフの山賊たちと認識してくれているはずさ。そう考えると、ワインが一段と美味しくも感じられるのさ。
ワインを楽しむオレに代わるように、ガンダラが口を開いた。
「……ですが、帝国軍も反撃しようとするのではないですか?……山賊は、帝国軍に被害を出してしまった」
「……まあ。そうだろうね。だから、農家の連中は心配している。自分のところのバカ息子が帝国の兵士に殺されるかもしれないってさ」
「それは大変ですな」
「実のところは、そうでもないものさ。帝国軍も報復に動くかもしれないが……その動きは山賊たちには筒抜けだからね」
「……地元民で構築されているからですな」
「そう。上手く逃げるだろうよ。今の若い連中は、山に隠れることには長けている。戦いは下手だが、身を隠すことは上手いのさ……今回は、きっと、いい腕前の流れ者を雇ったんだろうね」
「乱世ですからな。我々のように、仕事を求めて旅をしている傭兵もいますから」
ポーカーフェイスが役に立っているな。ガンダラは全く感情を出すこともなく、淡々とそう語ってみせた。オレでは、もう少しボロが出てしまう気がするな。
「まあ、そんなことがあったもんでね。アンタたちにも仕事の口が回ってくるかもしれないよ」
「商人たちの護衛ですかな」
「そう。いつにも増して、需要がある。とくに……南に戻りたがっている帝国人の商人たちは、多くの傭兵を雇いたがっているだろうね。亜人種が混じっている傭兵団でも、今なら帝国人も雇うんじゃないかい?」
……他の土地では、そんな可能性は低いだろうな。帝国人は亜人種を嫌悪している。というか、人種が混成している傭兵団は、帝国人以外が相手だっとしても、仕事にありつくことが難しいのさ。
『パンジャール猟兵団』が長らく赤字経営だってのは、どの人種も自分たち以外を嫌悪して拒絶したがっている。悲しいコトにね。
……そんなものだと言うのに、この国では、帝国人が亜人種の護衛を雇う可能性が存在しているらしい。
「……ここは亜人種と人間族の仲も良いんだな」
「そこそこだけどね。それに……商売人は人種を問わないものさ」
「……そうだな。全ては、銀貨のために」
オレは何となくメイおばちゃんと乾杯してみたくなり、ワインの入ったグラスを掲げてみたよ。彼女もコーヒー入りの自前のコップを掲げて応えてくれる。銀貨のために、生きるために……人種差別も越える。それが真なる商売人の矜持だろうよ。
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