第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その4
朝食屋台での朝飯は終わった。昨夜についての情報収集も出来たしな。帝国軍はちゃんと騙せそうだ。
山賊たちも逃げ足は早いらしいから、彼らがアッサリと捕まるということにはなりそうにない。昨夜の工作は、しばらくオレたちの戦略を支えてくれそうだよ。『ガッシャーラブル』にいる帝国軍は複数の課題に晒されることになるわけだ。
結果として、『太陽の目』に対するマークも薄くなってくれる。人手不足になるさ。負傷者の手当と、死者の葬儀もしなくてはならない。南に戻る帝国商人は増えて、帝国軍は彼らを護衛してやりたくもなるだろう……。
山賊の増長を許したことで、メイウェイ大佐の政治的な評価は更に下がってしまうことも予測できる。呪術師ロビン・クリストフの読みが正しければ、メイウェイには政敵が増えている最中だ……山賊の襲撃事件のせいで、メイウェイ下ろしは加速するかもしれないな。
「……なあ、メイおばちゃんよ?」
「なんだい、お兄さん?」
「メイウェイ大佐について、どう思う?」
「んー。そうだねえ。アインウルフの腹心だった。少なくとも、武国を滅ぼした時にヤツは我々からも褒めて良いほどに勇猛果敢に戦ったさ。だが、過剰な殺生を好む男でもない。我々にも、そこそこ寛大だ。ガミン王の時代よりも、気楽に生きていられるかもね」
「ガミン王の頃より、今の方がマシなのか」
「ヒトや種族によって評価は変わるだろうけど。私は、この数年間を悪い日々だとは思わなかった。巨人族だけが優遇されて、威張り散らしていた時代に比べると、まだマシだよ」
「そうか……」
……『メイガーロフ武国』における最後の王、ガミン王。彼はバルガス将軍に『太陽の目』たちを虐殺させたこともある。強権的な人物でもあったのだろう。
「メイウェイ大佐は公平なのか」
「少しはね。まあ、人間族びいきではあると思うけど。この街では、帝国人商人の居心地は良くはないから……この公平さは、結果論なのかもしれないね」
「そうか」
「……メイウェイ大佐に雇われるつもりかい?」
「いいや。それは考えていないかな」
「そうかい。腕に覚えがあるのなら、帝国商人たちに雇われるといいと思うよ。帝国軍に入隊するよりは、ずっと手っ取り早いさ」
「いいアドバイスをありがとうよ。考えてみる。さてと……そろそろ行くとしよう。おばちゃん、いくらだい?」
「銀貨13枚」
「そいつは安いな」
「ああ。朝食屋台は安さが売り。料理上手な街のおばちゃんたちが、小銭稼ぐためにやっていたのが伝統さ。本職は別にある。これは趣味と実益を兼ねたものなんだよ」
「料理自慢を競うカンジか」
「そうそう。そんなところ。私は昼間はバザールで、絨毯を売る仕事をするのさ。絨毯の需要はあるかい?」
「ククク!……いいや、旅の身では、それはいらない」
「だろうね」
オレは13枚の銀貨を彼女に支払った。
「毎度。また来てね」
「オムレツが美味しかったからね。また機会があれば、寄らせてもらうよ」
「メイおばちゃん、ごちそーさまー!」
「美味しかったでありますよ。そして、ボリュームも良かったであります」
ミアとキュレネイも、この朝食を気に入ったようだ。素敵な時間が過ごせたよ。オレたちは、街路を歩いてアジトを目指す―――街行く商人たちの噂話に聞き耳を立てながらね。
「……お前は南に戻るのか?」
「……ああ。その予定だったんだけど。市役所に出した書類の処理が遅れているんだよ」
「……帝国人の資本が短期間で一定量、一つの街から引き上げてしまうと、行政機関の長にペナルティが下るんだよ」
「……それで書類の処理を遅らされているのかな?週明けまで、待たされるのか……?店舗料は一日ごとに取られているんだが……」
「……さてな。そうかもしれないし、違うかもしれない……混乱しているのは確かなことだしね」
……何やら、帝国らしい法律があるようだ。商人たちが占領地から逃げ出さないように、セコい仕組みを作っているらしい。
「……『ラクタパクシャ』も暴れているというのに、北でもか?……流通が崩壊しそうだよ」
「……ワインのセールが始まるかもしれないぞ。品物が余れば、安くなる。それに、ワイン用の樽だ」
「……買い込んで来て、シャトーに大量に売りつけるということか?」
「……運べば買ってもらえるかもしれない。農家に仕事を持ちかけてみたい気もする」
「……なるほど。今の不安な心理状態なら、予備の樽を欲しがっているか……」
「……その通り、いつものように樽が順調に手に入るかは分からないからね」
苦境をビジネス・チャンスに変えるか。商人はたくましいことだ。
……商人たちの様子を見るに、昨夜の工作は有効に機能している―――そう判断しても良さそうだな。ガンダラをチラ見すると、あのポーカーフェイスは同意するためにうなずいていた。
帝国兵とも遭遇したが、山賊事件の影響なのか昨日よりも明らかに気が立っているように見えた。同僚が襲われたわけだからな……この街並みにいる『ガッシャーラブル』の人々に対して、警戒心は強まっているわけだ。
……効果的だな。だからこそ、これ以上の工作をここに施す必要はない。あるとすれば、『自由同盟』が『ガッシャーラブル』へ侵攻する時に備えて、攻略に必要な情報を入手しておくことだ。
アジトに戻ったオレたちは、テーブルを囲いミーティングを始めた。
「……悪くない状況だ。オレたちの工作は機能している。つまり、当初のプランを変える必要は見当たらない」
「ふむ。ならば、私とミアは『ガッシャーラブル』に残り、引き続き情報収集を行えばいいわけだな」
「そういうことだ。リエルはエルフ族と接触して情報収集……道は覚えたな?」
「うむ。問題はない。早起きして、地図を読み込んでおいたからな!」
「さすがだな」
マジメで勉強熱心なのさ、オレのリエル・ハーヴェルはね。ドヤ顔モードになっているし、暗記するレベルで地図は頭に入ってはいるのだろう。人混み具合も肌で感じたし、『ガッシャーラブル』について慣れて来ているさ。
「お兄ちゃん、何について調べたらいいの?地図は完成、地下通路も調べたしー……」
「帝国軍の様子だな」
「なるほど。私、あいつらの屋敷に忍び込んで盗み聞きするんだね!」
「そういうことさ」
ミアは子供だから基本的に帝国兵から警戒されることはない。目に入れても痛くもない美少女さんだしな……。
「昼間は街並みに紛れて、帝国兵の動きを探れ」
「ラジャー!」
「兵士一人一人のレベルで、どれぐらいの危機感を持っているか、態度で分かるはず。武装の変化もな」
「より重武装なら、警戒心アップしているもんね」
「そうだ。そして、リエルは小隊長クラスの名簿を作り、それらの評価だ」
「エルフ族の商人たちを頼るわけだな」
「ああ。商人たちは帝国兵に護衛してもらっている経験があるはずだ。20人規模からなる小隊のリーダーたち……そいつらの中から、腕が立つと評判の者、そして亜人種に対して攻撃的な態度の兵士を見つけるんだ」
「暗殺もしとく?」
ミアが挙手しながら質問する。オレは首を横に振った。
「いいや。今のところはしなくてもいい。その攻撃的な連中は、おそらく山賊退治や『太陽の目』を攻撃する際の現場のリーダーに任命されるだろう……今夜ではなく。明日の夜か、それ以降のタイミングで仕留めてもらうことになる」
「ふむ。泳がすのか?」
「そうだ。まずは組織の把握に努めろ。優先して仕留めるべき敵に、目星をつけておけばいい。その報告をしておけば、クラリス陛下が暗殺者を送り出してくれるかもしれない」
「……ルードのスパイたちか」
「そうだ。情報共有がされていない現状を鑑みれば、『メイガーロフ』には多くのスパイを派遣してはいなかったのかもしれない―――」
この土地はヨソ者の商人には冷たいらしいからな。ルード・スパイは入り込みにくそうだ……もちろん、断言することは難しいが、そこは別にいい。傭兵が気にするべき範囲ではない。
「―――だが、状況は変わった。オレたちを派遣するぐらいだ。今はすでに何人かは動いているだろうし、そこまでは陛下も隠さないハズだ」
「うん!何人もいそうだね!」
「……アイリスの同僚と思うと、容易に想像がつくものだな……」
「そうだ。もしも、彼らと連携が出来るのなら、彼らに暗殺を任せればいい。いいな?オレたちがクラリス陛下から受けている任務は、あくまでも反・帝国勢力との接触だ。血盟団と『太陽の目』……彼らと接触し、彼らの戦力を保全することに集中するぞ」
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