第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その28
ククルはテーブルに広げられた地図を指差した。それはククルたちが見つけた地下通路が描かれている。
「……いい地図だな」
「は、はい。アルテマから受け継いだ叡智の中に、こういった知識もあるんです」
「褒めているのは、お前のことさ。アルテマのことじゃない」
「ソルジェ兄さん……ありがとうございます」
『メルカ・コルン』の悪癖かもな。自分の能力を、受け継いだ叡智が由来するものだと考え過ぎているように思えるよ。それは、あまり良くない行為に思える。
コホン、と咳払いをした後で、ククルは説明を再開する。
「この地図を見て下さい。私たちが調査した地下通路は、脱出用の道としても機能しますが……構造から見て、別の性格も有しています」
我が妹分の指は幾つかに枝分かれしている地下通路の末端部分を、順番に押さえて行く。竜騎士として地図を描くことを特技の一つとしているオレは、ククルの地図が精確であることと、それゆえに地上の地図とも連動しやすさがあることを理解している。
オレには見えていた。少女の指が押さえている場所は、地上に大きくて古い屋敷があるところばかりだ。だから、ククルが言わんとすることは分かるよ。
「……この地下通路を使えば、街に駐留している帝国軍の偵察が可能だった。あるいは、帝国軍幹部の暗殺も容易いか……」
「ミアなら、1時間くれたら、偉いヤツ皆、あの世送りに出来ちゃうレベル。いい通路だよ」
グラタンさんの完成を待ちながら、イスの上で体育座りしているミアは暗殺者としての目線で語ってくれた。
そうだ。オレが見ても分かる。この地下通路は、暗殺にも偵察にも長けている。脱出だけでなく、そういった攻撃的な作戦のためにも機能するのさ。使い道は攻守半々というところか、どちらもというべきか……。
リエルは地図を睨んだまま語る。
「……この通路が使われた痕跡がない。ということは、街の住民たちは帝国軍の将校を暗殺しようとも、偵察しようともしていなかったというわけなのか?」
「イエス。そう考えるのが妥当であります」
「それって、信頼関係めいたものを感じます。もちろん、住民たちは怯えていたのかもしれませんし……帝国側も妥協の果てに起きた安定なのかもしれませんが……」
「……リング・マスター。私はあり得ると思いますわ」
「レイチェル?」
意外だなと感じたよ。帝国兵に対しては誰よりも深い憎悪を持っているレイチェル・ミルラにしては。
「ここの帝国兵は、私の護衛奴隷役を務めていたガンダラにさえも、どこか気を使っていましたもの。亜人種への憎悪が、他よりも薄いように思いますわ」
「……『ガッシャーラブル』の民と、帝国軍……いや、メイウェイ指揮下の、元・第六師団の兵士たちか……その両者の仲は、良好ってか……」
オレは、きっとその事実を認めたくないのだろう。気に入らない現実を目の当たりにすると、オレみたいな種類の男はイライラしちまうもんだ。胆力が足りない、客観性が足りない、冷静さが足りない。感情的なのさ。
レイチェルはオレと同じ種類かと考えていたんだが…………まあ、彼女の場合は、慈悲深くもあり残酷なだけか。オレよりも慈悲深いから、見える世界が少し違うんだろう。
「まあ……分からなくはない。たしかに、両者の仲はある程度は上手く行っているようだ……メイウェイの考えは、今の帝国人というより、もっと古い価値観のものらしい」
「古い価値観?」
リエルが訊いてくる。リエルは『昔の帝国人』……いや、『ファリス王国人』の価値観を理解してはいない。
「元々は、ファリス王国というのはガルーナと同盟が組めるほどに、人種には寛容だったんだよ」
「うむ。隠れハーフ・エルフもいたりするものな」
そう。人間族と亜人種のハーフ、『狭間』。本来はそういった血を持つ者も少なからずいて、それを社会から排除するために、『血狩り』なんぞを行ったりする必要もあったわけだが―――。
「―――元々は、ファリスの軍隊ってのは、多人種で構成されていた。『バガボンド』のイーライ・モルドーだって、第六師団の弓兵隊の隊長だったわけだしな」
ククルはうなずいていた。
「モルドー将軍ですね。お話しは聞いていますが……そうですか、第六師団の所属だったんですね」
「……そうだ。第六師団……アインウルフの軍隊ってのは、帝国軍の中でも、おそらく最後まで人種に対して寛容だった種類の集団だったんだろう。ここにいるのは、その時の古株と、その古株に育てられた若手」
……性質としては、帝国軍というより、昔のファリス王国軍の形に近いのだろう。それを認めることには、どうしても抵抗はある。
だが、ホーアンたち『太陽の目』と帝国軍が、お互いに露骨な敵意を抱かないようにしていることと……何より、この街での活気ある亜人種たちの暮らしを見ていると、ヨソの帝国軍と比べて、明らかに質が異なっていると判断するのが妥当だろう。
「認めたくないが、認める。ククルの言う通りだ。この街の住民と、メイウェイの間には……一種の信頼関係が構築されていると思う」
「……ソルジェ兄さんに認めてもらえると、安心します」
言葉とは裏腹に、不安そうだったな。オレが怒るんじゃないかと心配しているのか。
何というか、良くないことだな。オレはククルを安心させるため、そして狭量な自分の心に現実を受け入れさせるために、ニヤリと唇を歪めて、笑顔を頼った。
「いい指摘だ。オレは、帝国軍と戦い過ぎているからな。怒りや憎しみに、過剰なまでに囚われることがある……ククル。お前は、オレには出来ない観点で状況を把握することが可能だ。これからも、お前らしいモノの見方を大切にしてくれ」
「……はい!」
……オレごときアホ族の野蛮人が放つ圧力で、ククルみたいな才能ある娘の思考を邪魔するというのは、罪深い行いさ。それぐらいは、蛮族でも分かる。
「……後で、シャーロンのヤツに手紙を書くとしようか」
「シャーロンさんにっすか?」
「そうだ。『自由同盟』は、メイウェイ大佐という人物について、かなり詳しいであろう人物を確保しているんだからな」
「……アインウルフ、ですね」
優秀な妹分はオレの考えごとき即座に見抜く。まるでガンダラみたいに賢い。嬉しいから、ククルのタオルが巻かれている風呂上がりの頭をナデナデしていたよ。
「そ、ソルジェ兄さん……っ」
「正解だ。捕虜は有効活用しないとな」
「イエス。アインウルフはメイウェイの直接の上司。どういう人柄なのかを聞き出すには最適な人物。メイウェイのつけ込む隙が見えてくる可能性が高い……メイウェイは、今の帝国軍からすると、異物であります。太守としての地位は、危うい」
チーム・リーダー級の知恵を持つと期待しているキュレネイ・ザトーも、そう分析しているようだ。その事実はオレの自信になる。
「メイウェイ大佐を失脚させれば、『メイガーロフ』の帝国軍は混乱しそうですわね。そうなれば、『自由同盟』の戦力が『アルトーレ』から南下してくる絶好の機会になりますわ」
「私もそう思います。彼に政敵がいるなら、彼のスキャンダルをねつ造したりすることで、失脚させるタイミングを、こちらが操れるかもしれません」
ククルは賢いよ。この攻撃的な作戦の立て方は、かなりガンダラっぽい。
「帝国軍が派手な権力争いでもしてくれて、内部から混乱させることが出来れば、かなり戦がしやすくなるな……さてと。今度は、オレたちの報告をするぞ」
……オレはホーアンと交わした契約について、ドゥーニア姫という存在。そして、『イルカルラ血盟団』と接触するために『ラーシャール』の北にある『アルトン鉱山』へと向かうことなんかを報告したよ。
「……『自由同盟』との戦が起これば、『太陽の目』は虐殺される可能性がある……たしかに、そうですね」
冷静にククルはつぶやいていた。帝国軍と『ガッシャーラブル』の民の間にある信頼関係を、過大には評価していないようだ。いい判断能力だと思う。信頼があろうが無かろうが、生き死にが関わってくるとヒトは攻撃性を全開にする……。
城塞都市の内側に、たとえ僧兵であろうとも、それなりの戦力がいるということは帝国軍からすれば脅威でしかない。『太陽の目』が、帝国軍と並んで『自由同盟』の軍隊と戦ってくれる可能性もないしな。
一通り語り終えると、エプロン姿のレイチェル・ミルラが立ち上がる。
「では、次は私の番ですわね……でも。グラタンが最高の焼き加減になる頃ですし、ちょうどガンダラが玄関先に辿り着いたようですし……お夜食を食べながらにしましょう」
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