第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その29


 レイチェルの宣言した通りに、ガンダラが帰還する。さすがは猟兵の感覚ってところだな。オレもそうだが、この場にいる皆がガンダラの気配に気がついていた。夜中ってのは、いつにも増して感覚が研ぎ澄まされるものさ。夜は人通りも少ないしな。


「戻りました」


 スキンヘッドの巨人族は、いつものように素っ気ない態度と短い言葉で事務的に語る。


「おかえりー、ガンダラちゃん。ナイスなタイミング!」


「イエス。ちょうど、レイチェルのグラタンが完成した時であります」


「……ふむ。それは良かったですね」


 空腹だったのだろうか?……珍しく食事についての賛同を得た。あんまり食事に対してはガンダラの興味は薄いようなんだよな。コーヒーとかは好きなみたいだが……。


「とにかく、まずは夜食と行こうぜ。レイチェルの報告を聞きながらな」


「やったー!レイチェル、早く、グラタンをテーブルに!」


「分かりましたわ。今、テーブルに持っていきましょう」


 レイチェルはオーブンを開け放つ。焦げたチーズとグツグツという食欲をそそる歌声を放つホワイトソースの登場だった。テーブルに運ばれて来たグラタンにたっぷりと振りかけられたチーズはこんがり狐色だ……っ。


「マカロニと玉ねぎとチーズとベーコンで作りましたわ」


 酒が呑みたくなるほど美味そうだ。レイチェルはサーカス団で長らく暮らしていたからな、こういう大人数用の料理が上手なんだよ。大皿に十三人前ぐらいの、巨大マカロニ・グラタンを作って、皆で取り皿に分けて食べるスタイルとかな。


 十三人前は多い?……無限の胃袋を持つ乙女、キュレネイがいるからな。それにオレもキュレネイ級ではないものの、十分に大食いの大男だしね


「では、取り分けるっす」


 家庭的なカミラが取り皿にマカロニ・グラタンをよそっていく。ミアとキュレネイは楽しみでしょうがないらしい。自分の皿に取り分けられていくグラタンを見ながら、腹ペコ少女たちは語るのだ。


「ホワイトソースが輝いて見えるねっ」


「イエス。レイチェルは家庭的な料理が上手だから、もっと頻繁に作ると良いであります」


「……あら。ありがとう。でも、時々で良いのよ。うちにはリング・マスターや他の料理上手な猟兵女子たちがいるわけだし」


 作れと言えば幾らでも作ってくれるだろうけど、オレも余裕があれば作りたいからな。当番制ってわけでもない。作りたいヒトがいつの間にか作るというか……『パンジャール猟兵団』の調理担当はそんな感じか。


 ……まあ、それはどうでもいいことさ。


 テーブルの上から地図をどけて、マカロニ・グラタンに取りかかるとしよう。熱いうちが美味しい料理だしな。


「……わー!ベーコンが、分厚く切ってある!レイチェルの、こういう大胆なところ好きー!」


 ミアが熱気を放つブツ切りベーコンさんを見つめながら、ワクワクしてしまっている。ああ、レイチェルは肉類を大きくカットするのが好きなんだよな。狐色になったチーズと塩気のあるベーコンって、本当に会うよなぁ……っ。


 ベーコンの切り方って、個人の趣味が反映されそうな気がする。オレはナイフで雑に切るのが好き……レイチェルのよりは、細かく切ってしまうな。雑な切り口の方が、肉から旨味があふれてくれるような気もしているんだよ。


「それでは、召し上がれ」


 エプロンを外しながらレイチェルはそう語り、猟兵たちは、いただきます!を合唱させたよ。気づけば、リエルが水差しとコップ、そしてハーブの香りのするポットを用意していた。ミアには冷えたミルクもね。


 家庭的なカミラに触発されているようだな。オレは……遅れを取ってしまった!という表情で語るククルを見つけていた。マジメなククルはお手伝いタイミングを逃したことを、今夜も己の欠点だと感じているらしい。別にいいのにな……。


「……女子力を、アピールするはずのタイミングだったのに……っ。私、仕事のばかりを考えていました……っ。不覚です……っ」


「気にするようなことではなくてよ、ククル」


「レイチェルさん……」


「私も普段は料理を作らないもの。それに、家庭的であるばかりが有能な女であることの証明ではないのよ?」


「そ、そうですよねっ」


「今度、しっかりとメイクのイロハを教えてあげますわ。好意を持つ殿方を、誘惑しやすいように」


「は、はわわ!こ、好意を持つ殿方なんて、その、あの……っ」


 レイチェルはククルをからかって遊んでいるようにも見えた。顔を赤くしたククルは、マカロニ・グラタンをスプーンで口に運ぶことで茶を濁そうとしてたよ。


「……っ!……おいしいっ!!」


「ええ。本気を出すと、料理も上手なのですわよ、私」


 謙遜という言葉を知らない。それが、アーティスト肌の『人魚』ってものさ。それに、彼女の言葉は真実だ。本当に彼女の料理は美味しい。


 焦げたチーズの香ばしさと酸味に、ホワイトソースの絡んだマカロニの甘さ。それらに塩気と肉を食べる幸福感を与えてくれる、分厚くスライスされたベーコン。シンプルだが、それだけに間違いがなく美味い。


「もぐもぐ!美味しい。いつかのスープっぽいグラタンも美味しかったけど、これもまた王道で良し!……あちち」


「舌と口のなかを火傷しないようにね、ミア。はい、ミルクよ」


「うん。ありがとー、レイチェル」


 レイチェルは良いところを総取りにしてしまうところがある。まるで自分がミルクを用意していたかのようにな。映えることを仕事にして来たサーカス芸人だから、自然とそういう風になるというか……目立つ星巡りの下に生まれて来たんだろうな。


 ……しかし。


 寒い高山地帯の深夜に食う、マカロニ・グラタンの美味いこと。夜の闇に紛れて仕事をして来たせいで、皆、それぞれ疲れている。こういう体の奥から温まる料理はありがたい。


 皆、マカロニ・グラタンの味と温かさに心を奪われてしまい、ウットリとした表情で罪深いまでに美味い夜食の時間を楽しんでいたよ。


 食べながらのミーティングのハズが、黙りこくって食べるばかりだった。二十分ほどの時間が過ぎて、皆でマカロニ・グラタンを食べ終えたいた。


「こ、コーヒーを淹れますね!」


 ククルがそう宣言して、コーヒー豆をミルで挽き始める。薪ストーブにパーコレーターを載せて、コーヒーを作るという手順で行くようだな。いつもは食後のコーヒーはリエルの係なのだが、今夜はククルに任せるようだ。


 ノンビリしたいという理由からの行動ではない。リエルは、すでに地図をテーブルの上に広げていた。


「……ミーティングを再開しようではないか。レイチェルの報告を聞いていないぞ」


「このまま眠りたくなってしまいますわね……」


「ダメっすよ。ゼファーちゃんが戻ったら、『山賊ごっこ』をしに行くっす」


「そうだ。全員で行く必要はないがな。オレとリエルとカミラ、そしてガンダラだ。カミラは『コウモリ』で移動をサポート、残りの三人は弓で帝国兵を襲う」


「腕が鳴るぞ……だが、まずはレイチェルの報告だな」


「分かりましたわ。地下水道を泳いで、あちこちを調べて参りました。ククルたちには報告済みだったのですけれど、この地図が私の調べた結果ですわよ」


 レイチェルが地図に描かれている線をなぞる。


「大きな幅ではありませんが、地下水道が『ガッシャーラブル』のあちこちに走っていますわね。基本的には北から南。街中の井戸と、大きな屋敷の井戸とつながっています」


「……地下水道を通れば、どこにでも行けるっすね」


「平たく言うと、そういうことです。街だけではなく、街から南にも流れていますのよ。この水は、農地に向かう水ですわ。水道の南端は、ボロボロの岩盤……そこから地下水脈になるようです」


「……街のどこにでも行ける……というのは利点だな。レイチェルにしか使えそうにない手段ではあるが」


「リング・マスター一人ぐらいなら抱えて泳げそうですが……それが限界ですわね。他の使い方とすれば、ククルたちの見つけた地下通路とも一部で連結しています。そこから、地下通路にヒトを運ぶことも出来ます」


「……なるほどな。いい使い方だ。昼間でも地下通路に戦力を送り込めるか」


「一人ずつ運ぶほかありませんので、時間はかかりますけれどね。とりあえず、私の報告はこんなところですわ」




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