第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その26


 『コウモリ』で、オレたちのアジトへと戻る。窓から入るのさ。閉じられた窓の隙間からも、『コウモリ』は入り込めるからな。反則的な潜入能力ではある。


 それでも、気づいてくれるんだから『パンジャール猟兵団』の猟兵たちは優秀だよ。


「お帰り、お兄ちゃん!」


「お帰りであります」


 ミアとキュレネイが、三階の部屋に元気よく飛び込んで来た。二人ともお風呂上がりらしいな。濡れた髪にタオルを巻いているし、パジャマ・モードだったよ。


 探索で冷えた体を温めたのか、あるいは……泥だらけになってしまったのか。


 ミアは好奇心一杯の黒い瞳をキラキラさせながら、『コウモリ』の1匹を指で掴む。しかし、何の感触も得られなかったのだろう。『コウモリ』は影のように小さな指の囲みからすり抜けていた。


「おー。本当に影で出来てるっぽい」


「不思議な術でありますな。攻撃も当たらない、魔術も吸い取ってしまう。防御としては最高の術であります」


『え、えへへ。褒められちゃったっす……っ』


「カミラちゃんっぽい『コウモリ』が、照れて笑っている!!アレが、カミラちゃん成分を反映した『コウモリ』なんだね!!」


 カミラちゃん成分を反映しているか。ミアらしくて、可愛い表現だよ。


 さてと。いつまでも部屋のなかを『コウモリ』の群れで飛び回っていても仕方がない。照れているカミラは術を解いて、オレたちはその場にヒトの姿に戻る。


 足下には……ナックスが転がったよ。


 ミアとキュレネイの視線は、仰向けで豪快に安眠真っ最中の見知らぬ巨人族に向けられる。


「ほえー……ガンダラちゃんじゃないね。見知らぬオッサンだ……」


「拷問を受けたっぽい痕跡があるであります。脱走した捕虜か、愉快なトラブルでこの場にいるお方かもしれないでありますぞ」


「愉快なトラブル!?何それ、面白そーだよ、キュレネイ!!」


 ミアがものすごくワクワクしてしまっているが、残念ながらナックスおじさんは脱走した捕虜に過ぎないんだよな。


「ぐー。すー。ぐごごごごお!」


 大きないびきをかいているナックスを、オレとカミラとリエルで抱えて、近くにあったベッドの上に置いた。その作業で分かったこともある。


「メシは食べていたらしいな。痩せているように見えるが、筋肉も落ちていない。動けないなりに、筋肉を鍛える動作はしていたか……」


 ホーアンあたりから習って、『太陽の目』に伝わる武術の『型』でもしていたのかもしれない。あそこは、元々が僧兵たちの修行部屋だからな。あの場所で体も鍛える方法ぐらい、ホーアンたちは発明していそうだよ。


 ヒトの体は動かなくても、一定の姿勢で居続けることで筋力を維持することは出来る。壁を押し込んだりすることで、骨が折れて動かない脚はともかく、腕や背中の筋力を鍛えることも可能だしな。


 ナックスの体重から察するに、筋肉はあまり衰えてはいない。食事をたらふく取らせれば、体重も脚の骨もすぐに戻るだろう。リエルだけでなく、カミラもいるからな。


 薬草医さんが質問していたよ。


「カミラよ、ナックスの骨はどんな状態だ?」


「悪くないっすね。フツーなら、あと1週間でくっつくぐらいっすけど。リエルちゃんの秘薬があれば、あと3日……それに、自分が血を制御すれば、2日ぐらいで良くなるっすよ」


 『吸血鬼』の数多くある能力の一つ、血液の制御さ。ヒトはケガをすると、体内が壊れて血管から血が漏れ出す。血は栄養と魔力の運搬を担う、重要な存在だが……腫れるほど患部に蓄積していると、傷の治りが遅くなる。


 だからこそ、負傷した場合は血液が患部に蓄積しないように、心臓より高い位置に上げたり、圧迫したり、馬肉で冷やして血管を小さくするものだが……カミラの場合は、もっと高度な治療が可能だ。


 ナックスの脚の腫れが完全に引いていき、血色そのものは良くなっていく。血に宿る『炎』の魔力の循環が、傷を治癒するために最適化された状態に置かれたらしい。


 ちなみに、オレの腕の傷に対しても、昼間からずっとその術がかかっているのさ。カミラの近くにいると、傷が早く治る。それが『吸血鬼』として継承してしまった、呪われた力の聖なる活用法なわけだ。


 呪われた力であろうとも、けっきょくは使い用ってことをカミラ・ブリーズは自身で証明している。オレの聖なる呪われた乙女は、再三のドヤ顔モードになっていた。


「これで、ベストっすよ!……今夜と明日の朝に、この術をかければ、すぐに骨はくっつくっすから」


「おー。カミラちゃんが、よりデキる女っぽくなっている……っ!」


「おっぱいだけでなく、成長しているでありますな」


 水色のパジャマの下にある控え目のバストに両手を当てながら、キュレネイ・ザトーはため息を吐いていた。


「おっぱいはソルジェさまのおかげで成長しただけっすよう……っ」


「お兄ちゃんのおかげ?」


「ミア、ダメであります。聞いてはならない卑猥な大人モードの会話であります」


「そーなの。じゃあ、ミア、聞かなーい!」


「いい子でありますな」


 ……なんだか、わいせつ物扱いされているような気持ちになるな。別にどうでもいいけどさ。


「ソルジェ兄さん、お、お帰りなさい!」


 ククル・ストレガが黒髪をタオルで拭きながらやって来る。彼女もお風呂に入っていたらしい……。


「ただいま。全員、無事だったな」


「はい。首尾は上々です」


 自信家の笑顔をククルは浮かべていたよ。何か収穫があったようだな。


「ハナシを聞かせてもらおうか……その前に……この良いにおいのする場所へと移ろうか?」


 グラタンの甘い香りが漂っているからな。ミアがオレに飛びついて来た。胴体にセミさんみたいにくっつきながら、大声をあげる。


「さんせー!……レイチェルのグラタンが完成するまでの時間を、オーブンの前で楽しみたーい!」


「ククク!やっぱり、それが正しいグラタンの待ち方だよな」


「うん。ワクワクしながら、待っておきたーい!」


 ……山賊ごっこはグラタンを食べてからになりそうだ。まあ、皆の報告を聞きたいし、情報を共有することも必要だからな……ガンダラとゼファーの帰りも待たなければならない。


「……山賊ごっこは、一時間半後ぐらいになりそうだな」


「深夜の作戦になるな」


「問題はないっすよ。夜が深まるほうが、自分の力も高くなりますし」


 リエルとカミラはやる気が十分だ。セミさんモードでオレに抱きついているミアは、首を傾げていた。


「山賊ごっこー?」


「ああ。それについても詳しく報告したい。ミアたちの報告も聞きたいし、単独任務だったレイチェルの報告もな」


「そうでありますな。では、いざグラタンの待つ場所へ」


「夜は冷えますから。薪ストーブで、下の階は温めています……まあ、排気管の配置が素晴らしいおかげで、上階も少しは温かいんですが……」


 砂漠の知恵シリーズが、そこらに存在しているようだ。薪ストーブの配管で暖を取るか。ガルーナでも、そうだった。ここは猛暑と極寒が交互に来る、不思議な土地らしいな。


「その捕虜の方は寒くないでしょうか?」


「大丈夫だ。ここより遙かに寒い場所でも凍えてはいなかったし、毛布をかけてやれば十分だろう。『メイガーロフ人』は寒さに強い」


「なるほど。現地の方ですからね……適応しておられるというわけですか」


 ククルは大いなる納得を手にした探求者の顔になりながら、満足げに瞳を閉じた。きっと、星の魔女アルテマから受け継いだ、あのとんでもなく賢い知性に、今日得た情報を書き加えているのさ。


 少女の瞳はゆっくりと開いて、オレを見つめる。


「世界は発見に満ちています」


「オレもそう思うよ。さてと、皆……夜食が出来るまでに、ちょっとミーティングをするとしようぜ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る