第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その21


「……さてと。ホーアンよ」


「何ですかな?」


「ナックスの身柄を、オレたちに引き渡してくれるか?このまま、彼がここにいれば、帝国軍に見つけられる。帝国軍は、やはりナックスを泳がせていたようだぞ」


「お、オレ……エサかよ……」


「そうだ。お前は帝国軍の罠の一部として使われている。今この瞬間もな。呪いは解けたが、『イルカルラ血盟団』の戦士であるお前が、ここにいることが公になれば……『太陽の目』には圧力がかけられる」


 この土地の支配者は、あくまでもファリス帝国だ。『太陽の目』に対して、幾らでも理不尽な要求を突きつけられる。


「……ナックスの存在を利用することで、『イルカルラ血盟団』と『太陽の目』が争うような状況も作れるでしょうな」


「……そうかもしれません」


「だから、オレたちが引き取ろうと思う。ナックスをこの場から帝国の見張りに気づかれることなく運び出す。そうすれば、ヤツらが『カムラン寺院』を自信満々な顔で調べに来ても、空振りさせられるだろ?……そうすれば、帝国との関係性は崩れない」


「……そんなことが可能なのですか?」


「可能だから言っている。イヤなのか?」


「いいえ。それが可能ならば、是非に―――」


「―――おい、僧侶よ」


 リエル・ハーヴェルが翡翠色の瞳でホーアンを睨みつけている。ホーアンに文句があるようだな。まあ、分かるよ。ガンダラが止めようとするかと考えたが、彼の黒い瞳はオレを見ていた。オレの判断に任せるという意味さ。ならば、オレは止めない。


「……何ですか、エルフ族の少女よ?」


 ホーアンは老いた瞳でまっすぐにリエルのことを見下ろしていた。森のエルフの王族は、権威ある高僧にも怖じ気づくことはない。


「僧侶よ。お前たち『太陽の目』は、帝国の言いなりになるつもりなのか?……帝国は、亜人種を虐げ、抹殺しようとしている。それは、ここでも同じコトだ」


「……我々は、政治的な集団ではないのです。この街を守り、民草のために修行で鍛えた力を捧げることはあっても……政治的な理由で力を示すことは、しないと決めています」


「……戦う力があるのにか?……帝国は、女神イースを崇めている。蛇神の教えも、邪魔だと言い出すぞ。帝国との蜜月など、世迷い言だ」


「……私たちが戦っても、帝国には勝てません。私たちが敗北し、追い出されたら?……この『ガッシャーラブル』を帝国の圧力から守る存在は、何処にあると言うのです?」


「む。お前たちは……あえて、帝国に逆らわず、街の中にいることで……帝国にプレッシャーを与えている……と?」


「結果的には、そうなっているハズです。我々は、ただ街を山賊や魔物から守り、信徒のために祈りの場を提供するだけですが……武力は、少なからずあります。帝国軍と争うことなく、ただ存在しているだけでも……帝国軍は、警戒してもくれるでしょう」


「……ならば、お前たちは帝国に屈していないと?」


「……侵略者に媚びるのは、あくまでもそれしか道が無いからです。我々は、貴方に見えているほど強くはない」


 ……ザールマン神殿で原理主義者の連中をバルガス将軍が殲滅した。わざわざ、軍隊が出向くほどの戦力―――『太陽の目』も、そのとき大勢の戦士を殺されたいるんだろう。期待していいほどの戦力ではない……というのも、間違いではないかもな。


「僧兵の数は多くいるように見えるでしょうが。多くは私同様に老いている。鍛えては来ていますが、若い兵士との戦いになれば……その結果は火を見るよりも明らかです」


「……戦わない方が馬脚を現さない分、マシだとでも言うのか?」


 オレには言いにくい言葉だったな。さすがはリエルというか。しかし、訊くべき問いでもある。


「……そうです。私たちは、帝国軍に過大評価されているからこそ、一種の抑止力としても機能することが出来ています」


「……そうか。それもまた、戦いなのかもしれないな」


 世の中というのは難しいものだ。誰しもが敵に対して抗えるほどの力を持っているわけではない。かつての因縁があれば集団同士が結束を結ぶということも、実に困難なことになる。歴史は繰り返すからだ。かつての因縁は、再び同じ破滅をもたらす……。


 だが。両者が協力しても倒せないほどの外敵がいるのであれば、ヒトは手を組むことも可能ではあるのさ……。


「城塞の中に、一定の戦力がいるということは、それだけで頼りになる行いですな」


「……ガンダラ。それは、この僧兵たちも、戦に巻き込めば、『自由同盟』側につくと言いたいのか?」


「ええ。血気盛んな僧兵も多いでしょうし……反帝国の態度を示す勢力も、若手と一部の長老にはいるそうですよ」


 オレがいない間に、ガンダラもホーアンから色々と情報を聞き出しているようだ。さすがは頼りになる副官一号サマだな。


「ホーアン殿は、バランスを保とうとしています。帝国に明確な敵意で応じようとする者もいれば、帝国と穏健に過ごしたがっている派閥もある……」


「……『イルカルラ血盟団』に合流しようとする若者も、いないことはありません。少数ですが。我々は、意見集約が出来ているとは言えない状況にある」


「……冷たい言い方になりますが、我々とすればそれで十分なのですよ、リエル」


「ガンダラ……?」


 オレには副官一号サマが何を言いたいかが分かる。だからこそ、オレがその言葉を口にするべきだとも思うんだよ。オレは団長だからな。


「……もしも戦になれば、否が応でも『太陽の目』は帝国軍に襲われるからだ」


「……っ」


「帝国軍も『太陽の目』を潜在的な脅威としか考えていない。『自由同盟』との戦になれば、いくらメイウェイが穏健だろうが何だろうが、兵士はここを襲撃する。僧兵が城塞内にいる状況など、帝国軍からすれば絶対に避けたい。そうなれば、両者は殺し合う」


 乱世ってのは残酷でな。戦を望もうが望むまいが、闘争の波に呑み込まれてしまうことだってある―――。


「―――『自由同盟』からすれば、『太陽の目』を戦に『使う』ことは簡単なんだよ。『自由同盟』と『太陽の目』は同盟関係にあるわけでもない。気兼ねすることなく、被害を許容するかもしれない。仲間でないのなら、命がけでは庇わないさ」


「……悲しいかな、それが現実というものでしょうな。皆が、必死に生き残ろうとしている。利用出来るものは、何でも利用して……」


「そうだ。『自由同盟』の戦力は、大きなものではない。補充もままならん。少しでも自軍の被害を少なくするために、クラリス陛下も非情になる……」


 旗幟を鮮明にしない集団は、そういう時には不便なものだ。もしも、『太陽の目』が同盟の中にあるのならば、クラリス陛下も彼らを助けるために全力を尽くすだろう。


 しかし、『太陽の目』が帝国の敵でないように見せかけているのなら……義務は負わないで済む。


「非道だとは思うなよ。皆、勝利し生き残ろうと必死になっているんだ」


「ええ、分かっていますとも」


「……そうなったときは、どうするつもりだ?」


 リエルは訊いた。分かりきっていることだがな。それでも、当事者となる者の口から聞きたい言葉だってある。


「……戦うことになるでしょう。降参することを選ばない。我々は、聖地『ザールマン神殿』での虐殺を覚えていますからな。同じ国民に対してもアレだけ残酷なのです。帝国軍は、無慈悲に我々を襲うでしょう」


「ホーアンのおっさん……オレたちと、一緒に戦う道は、無いのかい?」


 罪悪感もあるのだろうか。かつての虐殺に参加していたからとか、『太陽の目』の苦しい内情を察してやることが出来なかったこととか。ナックスはとてもすまなさそうな表情になりながら、問いかけていた。


「言ったでしょう?……意見が合わないのです。『イルカルラ血盟団』との合流を望めば、我々は分裂してしまう……それは、蛇神の教えに反する」


「で、でもよう。もしも、『自由同盟』が南下して来たら……」


「……我々も、その状況は避けたいものですが……どうにもならない。『アルトーレ』から『自由同盟』が南下を始めれば、間違いなく戦に巻き込まれてしまう。おそらく、悪い条件のままで……」


 苦しい立場にある指導者ホーアンは、未来を悲観している。何を選んでも、全ての道は血なまぐさいものだと悟っているようだ。


 ……だが。『未来』を変えるために、オレたちは戦っているのさ。


「なあ、ホーアン。オレたちに依頼を出さないか?」




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