第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その16


 ……気になる言葉ではあった。だから、聞くのさ。首から上しか動かずに、床に横たわった男に対してな。


 ロビン・クリストフ特務少尉は、オレの態度を探ろうとしているのかもしれない。沈黙しながら、闇にわずかばかり順応して来ているであろう瞳で、オレを見上げている。こちらの興味に沿ったハナシを作ろうとしているのなら、大きな問題であるな。


「どうした?……この沈黙は、嘘を作ろうとしているのか?」


「ち、違うよ!?……た、ただ。その……何というか……」


「さっさと話せ」


「は、はい!……あ、あの発言の理由はですね?……こ、ここの連中がいつも酒やら女に溺れていることに、不満というか、不安を抱えていたんだ」


「彼らは何を分かっていないんだ?」


「……それは、もちろんアレさ。アインウルフさまが囚われの身になっているというのにさ。いつまでも、過去の栄光にすがっていることだよ……南方戦線で、ボクは見て来た」


「何をだ?」


「……帝国軍ってのは、実力主義だとか言われているよね?……たしかに、その通りだ。ボクみたいな中級呪術師あたりでも、従軍して戦に貢献すれば、それなりの出世も叶うんだよ……でもね。それが全てじゃない」


「実力主義ではないところも多々あるか」


「そうさ。まあ、考えてみれば当然だけどね。世の中は、貴族や王族が支配しているんだよ。それに、大商人たちの大金持ちや、彼らと組んだ宗教家とかがね……」


 実力以上の出世をすることに成功したロビン・クリストフ特務少尉は、世の中を支配する権力の構造などに詳しそうに見えた。政治屋どもの欲が見えるか、世渡り上手でいるためのコツなのかもしれんな。好きにはなれない男だが、情報源としては面白い……。


「……南方戦線では、深い森とか広大な湿地帯なんかがあったからね。貴族出の軍人たちは、ああいう泥だらけになる戦場を好まない」


「だろうな」


「だから、ボクたちみたいな市民出の兵士にも、出世のチャンスが多くあった。分かるかい?」


「想像はつくな。ライバルが少なければ、そうなるだろうよ」


「そう。だから、南方戦線の軍隊は、出世している市民出が多いんだけど……あまり出世し過ぎると、ろくなコトにならない」


「貴族サマに殺されるか」


「……そうだ。南方戦線が、ゲリラたちを制圧しきれない最大の理由だよ。有能な市民が軍人として出世し過ぎると、謀略に狩られてしまうのさ……『失敗する任務』を与えられて、殺される。その後釜に、貴族の将校が着任する。前任者の功績を奪い取るんだよ」


「権力者らしい行動だな」


「名誉も地位も、けっきょくのところ金で買えるのさ。帝国軍っていうのは、巨大な『産業』なんだからね。金には弱いんだよ……」


「……そのハナシを、このタイミングで語るということの意味は、ここの連中にも貴族サマの魔の手が迫っているということか」


「そうだよ。メイウェイ大佐は出世し過ぎているからね……しかも、貴族じゃないし、大商人の親族もいない。戦上手の才だけだよ。そういうヒトを、ボクは尊敬しているんだ。本当の意味での実力者だから……でも、そういうヒトほど謀殺される」


「南では実例と多く遭遇したか」


「うん……良くて、どこか遠くに飛ばされる。ボクはね……メイウェイ大佐に感謝しているんだ。大佐の需要に合っただけの転勤なわけだけど……あそこから逃げ出せて、ボクは命拾いしたと考えていた……今は、ちょっと後悔しているけどね」


 ロビン・クリストフ特務少尉は、はあ、と大きなため息を吐いた。この状況を気に入ってはいないのさ。当然ながらね。


 だが、彼の感傷に付き合う気もない。オレは足下に横たわるこの男から、より多くの情報を聞き出したいと考えている。


「……ロビン・クリストフ特務少尉よ。お前は、ここの連中に……いや、メイウェイに対して、『失敗する任務』が与えられると考えているわけだ」


「ああ。そうさ。知っているだろ?……『蛮族連合』がね、北にある『アルトーレ』を奪ったんだよ。城塞都市を一晩で落とすなんて……どんな手を使ったのか……北は戦上手の野蛮人が多いのかな」


「『アルトーレ』の奪還を強いられて、玉砕するか」


「……山賊対策でも、大きな成果を上げられていないからね……『イルカルラ血盟団』という武国の残党どもも、壊滅することは出来ていない……まあ、敵と戦うことだけじゃなく、第六師団を再建するために騎馬隊の育成もしているんだ……大佐が有能でも、ムリさ」


「第六師団の再建か。アインウルフを継ぐことを目指してもいるわけだ」


「そうだよ。大佐はアインウルフさまの忠臣だし、キャリアもある……人格者だしね。継ごうとすれば、継げるよ。もちろん、能力的なことで、現実的なことではないけどさ」


「貴族に抹殺されるか」


「当然ね。遠征師団の長だよ?……『例外』を何度も許せるほど、今の貴族勢力は甘くはないよ」


「『例外』……なるほど、ザック・クレインシーか」


「……よく分かるね?……君は、本当にどこの誰なんだい?」


「お前の想像力の中にいる誰かではあるだろうよ」


 ……ザック・クレインシー。傭兵上がりの老将。帝国軍第五師団を率いていた、『守り』の戦の達人だ。ザクロアで戦い、オレたちとザクロアの戦士たちの前に敗れ去った人物。


 貴族出身者でないどころか、傭兵上がりの叩き上げの将軍だ。実力だけで出世した男であり、オレが戦ったことのある将軍の中では、間違いなく『最強』の人物……知恵が回り統率力が高い。


 将軍としての能力は間違いなく最高ではあるし、第五師団の兵士の忠誠も篤いものがあったが帝国貴族との縁は薄い。それどころか、バルモア連邦との縁も深い人物だ。帝国の貴族からすれば、権力や名誉を持っていて欲しい存在ではない。


「……クレインシーは、敗戦の責任を取られて幽閉されているんだったな」


「……そうさ。その知らせを聞いて、ボクたち市民出身者は落胆したよ。彼がどれだけの功績を帝国に捧げたのか。何よりも、彼の第五師団は死者の数がどの師団よりも低かったんだ。ボクたち市民が仕えることが叶うなら……ザック・クレインシー将軍が最良だ」


「いいじいさんだからな。彼のために命を捨てた兵士は大勢いた。胡散臭い主義主張のためでもなく、見返りを求めての行動でもなく、たんに、彼の人柄に惚れての行動でな」


 オレの『バースト・ザッパー』から彼を守るため、大勢の兵士が彼の盾となった。彼の望みに反しての行いではあったがな―――。


「―――まさか、ザック・クレインシー将軍と顔見知りなのかい?」


「そうだ。いいじいさんだよ。いつか、共に戦いたいと願っているんだがな」


「……君は、帝国軍なの……?」


「誰でもいいだろ」


「……う、うん。そうだね……」


「今は、メイウェイについてだ。第六師団を再建し、アインウルフの後を継いでしまう可能性のある男……ザック・クレインシーの再来という見方をしたことは無かったが。それほどの実力者か」


「……そうだと思う。彼に仕えて、日は長くない。でも……大佐ほど部下に慕われている軍人を見たことがないんだ」


「ああ、実際に、兵士の質も高そうだしな」


「……そうだよ。でも、ここの皆は、陽気すぎる。帝国軍の兵士の敵がさ、まさか敵国だなんて子供じみたことを信じているんだよ。腕はいいけどさ、アホなんだ……」


 覇権国家の軍隊に所属していた兵士の言葉は、重たいもんだな。圧倒的大多数の兵力の前では、敵国の軍隊なんてものはケンカ相手でさえない。確かに事実だ。リエルがイラッと来ているのが見えたよ。でも、オレは冷静なもんさ。事実だからな。


「……ロビン・クリストフ特務少尉よ」


「な、なんだい?」


「お前はいい情報源になりそうだ。殺す気が失せてきている」


「本当かい!」


「ああ。だが、知っている限りのコトを吐け。お前が知っている限りの帝国軍の配置と、お前の他に、この土地にどれだけの軍属の呪術師がいるかもな」


「そ、そんなのお安いことさ!」




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