第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その15


 それから二分ほどロビン・クリストフ特務少尉は沈黙を続け、オレもそれに付き合ってやった。これ以上、脅す趣味はない。あまり脅しすぎてしまえば、彼は保身のためにオレを喜ばせる嘘をつき始めるかもしれないからな。


 その二分間をムダにしたわけでもない。フクロウで送るための暗号文を書いて、リエルに手渡していた。ロビン・クリストフ特務少尉を輸送するつもりだからな、『アルトーレ』にいるシャーロン・ドーチェには受け入れの準備をしておいて欲しいのさ。


 ……二分が経ち。床に横たわったままの帝国人の口が開いた。


「……ボクは、ロビン・クリストフ特務少尉」


「仕事はなんだ?……嘘をつくなよ。オレは、ナックスを知っている。彼に、呪いをかけているんだろ?」


「……っ!?」


 嘘をつく気だったのかね。その時はブン殴ってやるつもりだったが、まあ、いいさ。動けぬ者をムダに殴りつける趣味もない。


 ロビン・クリストフ特務少尉は反省したのか、それとも他の悪知恵を思いついたのだろうか、その口は再び言葉を吐き始めた。


「……呪術師として、帝国軍に雇われている」


「いつからだ?」


「3年前さ……帝国軍は、表向き、ボクみたいな呪術師を雇いたがらない。でも、軍隊の活動には有益だ。だから……最近は重宝されている。士官学校も出ていなかったのに、少尉になれた……まあ、特務少尉とかいう、ちょっと変な形になったけど……」


「お前の所属は?」


「……メイウェイ大佐の率いる、『メイガーロフ駐屯軍』」


「そっちじゃない方は?」


「……元いたのは、南方戦線だよ。『内海』の向こう側で、野蛮な亜人種たちと戦い続けていた」


「前線で鋼を振り回すような体格には見えない」


「う、嘘じゃない!……ボクは、呪術師部隊所属さ!呪術師として、蛮族たちが使う呪術を解いたり、対策を講じたりするのが主な任務だった」


 ……南方の呪術師は、しつこい呪術を使うというハナシも港町の酒場あたりでは聞いたことがあるが、実際にそうらしいな。帝国軍がわざわざ専任の呪術師を配置する必要があるほどに、彼らは呪術を多様するのか……。


 ……そして。


 この呪術師は、やはり帝国軍のスパイではないようだ。完全に可能性を否定したわけではないが、おそらく、より凡庸な存在なのだろう。


「……それで、どうしてメイウェイ大佐のもとに……この『メイガーロフ』に来ることになったんだ?」


「……『ドゥーニア』を仕留めるためだ」


 知らない名前が出て来たな。オレは知ったかぶりをしたほうが良いだろうか?……あまり嘘はつきたくない。ボロが出ちまうからな。だが、バカをさらけ出す気にもならん。語気を荒げながら訊いてみることにしよう。


「『ドゥーニア』について、お前が知っていることを吐け!」


「……お、多くは知らないよ!?」


「何をどう知っている?……全てを語れ、詳細にだ」


「か、『彼女』は……処刑されたガミン王の兄の娘だ」


 王家の娘?……という価値観は、この土地には希薄だってことぐらいは知っている。実力主義らしいからな。この土地で王に選ばれるのは血の歴史でなく、実力からだ。とはいえ……旗にするには十分な存在でもあるだろうな。


 そして、その立場から所属に関しても見当がついている。血盟団……おそらく、ナックスが名前を明かさなかったVIPは彼女のことか。


「……メイウェイ大佐は、『イルカルラ血盟団』を脅威だと考えているんだ。連中は砂漠を使いこなす。『ラクタパクシャ』とは異なり、軍事基地も襲撃してくるから」


「どうやって、『ドゥーニア』を殺すつもりだった?……いや、お前はナックスにどんな呪いをかけたんだ?」


「……『イルカルラ血盟団』が接触すれば、ボクの耳にあの巨人族の男の声が聞こえる呪いだよ。ドゥーニア姫は、慈悲深いそうだ。仲間を見捨てるようなことはしないって評価をされていた」


「高潔な姫さまだな。彼女にナックスを回収させるために、あえて泳がしていたのか」


「そうだ。ドゥーニア姫の部隊は精強だ。強い敵だが、さずに疲弊して来ている。この間の襲撃では、帝国軍が勝てた。そして、あの捕虜を手に入れることが出来たんだよ……それを、メイウェイ大佐は喜び、ボクの呪術を利用しようとした」


「ナックスをお前たちのスパイにするつもりだったか。呪術を用いて、彼の意志に反する形で」


「……盗み聞きするだけだよ。ボクの呪術は、それほど強いものじゃない。呪術が発動すれば、あの巨人族の言葉を盗み聞きする……」


「それだけか?」


「……悪かったね。ボクは、それほど偉大な呪術師じゃない。魔力の総量が足らない。魔力が弱ければ、呪術の限界も知れている……」


「使い用によっては化ける術だ」


「……まあ、ね……でも、呪術なんて、すべてがそんなものじゃある」


「たしかにな。それで、ドゥーニアの情報は、もう無いのか?」


「……20才。巨人族と人間族の『狭間』……あとは、母親が違う、2才下の弟がいる。父親は戦死している……」


「帝国軍は、彼女たちの動きを現状ではどこまで把握している?」


「ボクは、ヨソ者扱いされていてね。呪術師に対しての偏見も、彼らは持っているようだよ。さすがは、栄えある遠征師団の兵士たちさ……ボクみたいな根の暗い呪術師という存在は嫌いらしい」


「情報がお前には伝わらなかったか」


「……ま、待って。肩書きだけな少尉職だけど……一応は、色々と聞こえて来たこともあるんだ」


「言え」


「……『イルカルラ血盟団』の襲撃の回数が減っているんだ。だから、ドゥーニアの部隊は、かなり大きなダメージを負っているんだと思う。もしかしたら、ドゥーニア自身も負傷しているのかも……」


 退却を余儀なくされた程だろうからな。人手不足の連中が、負傷者を捨て去るような状況なら、ドゥーニア姫が負傷していたとしても、不思議なことではない……。


「彼女は、どの程度の実力者だと帝国軍は認識している。ターゲットとしての順位は、どれぐらいなんだ?」


「バルガス将軍に次いで、二番目だろう。『狭間』は呪術師以上に嫌われているけど、その理由は能力があるからだ」


 自分を慰めるような言葉を、ロビン・クリストフ特務少尉は使う。帝国軍内での扱いは、あまり良いものじゃないらしいな。


「彼女は、戦闘能力が高いわけか」


「そうだよ。女だけど、帝国兵を薙ぎ倒すほどの怪力の持ち主だ」


「『狭間』の巨人族ならば、それぐらいはやりそうだな。戦士としての能力と、地位か」


「うん。『狭間』だからね。彼女はその存在を多くの『メイガーロフ人』に知られてはいなかった……純血の巨人族である弟の方に、父親は全てを継がそうとしていたらしい。でも、ヤツらの国家という枠組みが崩れて……今では、かつよりも戦士としての能力が評価されるようになった」


「頭角を現し、一つの部隊を率いるほどになったわけだ」


「そうらしいよ。乱世だからこそ、穢れた血にもチャンスが巡るってことさ」


 ……多種族が共存しているこの『メイガーロフ』でも、『狭間』に対しての風当たりは冷たいということか。少し、悲しくなるが―――別にこの乾いた土地を理想郷だと考えていたわけでもないからだろうかね、悲しみを受け止められたよ。


「……彼女については、それ以上をお前は知らないわけだな」


「……う、うん。そうだ……ボクは、彼女について、それぐらいしか知らないんだ。で、でも、他に訊きたいことがあるなら、何でも訊いてくれよ?……ボクは、少しパニックになっていて、価値がある情報を自分から口に出来ないだけかもしれない」


 そこそこ弁が立つ男ではあるようだな。自分の価値を高く見積もらせようという技巧を感じる。そういった処世術が、能力には見合わない出世を果たさせた動力なのかもしれないな。


 自分を見栄え良く売りつけることに長けた者は、能力以上に出世することがあるものさ。オレはあまりロビン・クリストフ特務少尉に期待すべきじゃないかもね。だが、彼はとても素直な口を持っているのも確かだ。帝国軍に対しての忠誠よりも、自分の命を選ぶ。


 オレにとってその傾向は利用しやすくて、都合の良いところではあるのだ。


「……ロビン・クリストフ特務少尉。お前は、この街の兵士たちに対して、自分たちの置かれている立場を理解していない。そう発言していたな」


「あ、ああ……」


「それは、どういう意味の言葉なんだ?」




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