第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その11
作戦は決まった。この呪いの『糸』を追跡すれば、それでいい……こいつがどんな呪いなのかは分からない。だが、『スイッチ』はまだ入っちゃいないのだろう。『動いていない』ように見えるからな。
……呪いってのも魔力を使う。罠と同じく、有限の動力を持つ仕組みってことさ。無意味な作動をしていれば、長持ちはしない。『イルカルラ血盟団』の戦士とでも接触すれば、動き始めたのかもな。
オレたち『自由同盟』が接触することは、その発動の条件ではなかったらしい。ナックスの部隊にいた『重要人物』の方を、帝国の呪術師は狙っているわけだ……。
「……今は、ナックスの状態を維持だ。誰も近づけるな。今の今まで動かなかった『イルカルラ血盟団』が、オレとガンダラが来たことで行動方針を変えるかもしれん」
「それが、呪いを進めることになると言うのですか、団長?」
「可能性はあるさ。ナックスがエサだとすれば、獲物は血盟団だろうから」
「オレの出番のようだな」
僧兵メケイロは宣言する。背筋を伸ばして胸を張った。威圧的な動作だし、緊張よりも自信に満ちている。いい戦士ではある……経験不足は自信と鍛錬と、生まれ持った才能で補ってくれるそうだと期待するには十分な戦力か。
「採風塔の入り口は、オレが守る。何人たりとも近寄らせない」
「そうしてくれ。君が入り口を、うちのガンダラがここで守れば安全だ」
「お、オレ……ここにじっとしておくのか?その、の、呪いが動き出して、頭とか砕けたりしないかなあ……?」
「そういう威力は無いと思うが……もしも耐えがたい苦痛で死にそうだったらガンダラに言え。生命に危険が及ぶ徴候が出ているとガンダラが判断すれば……ホーアン、解呪を頼む」
『イルカルラ血盟団』の戦士であるナックスを死なせるわけにはいかない。不安に怯えている彼の前では口になどとても出せないが、ナックスを死なせることで『イルカルラ血盟団』と『太陽の目』の人々のあいだに争いを起こすことが目的かもしれない。
仲が良いとは言いがたい両者を、分断するための道具にされていることもあり得るんだよな。
「死なせるなよ」
「……ええ。呪いを見ることなどは叶いませんが……呪いを排除する手段ならば、私にも心得はあります。任せて下さい」
「ほ、ホーアンのおっさん……あ、ありがてえ……オレ、死ぬのはイヤだあ」
「呪いなどで傷つけられる者を放置することが、蛇神ヴァールティーンに仕える者の仕事ではありません……ソルジェ・ストラウス殿。彼が呪われていると分かった以上は、手早くことを済ませたい」
「……それはオレも同じ意見だよ。だが、呪術師を仕留めておきたいんだ。少し猶予をくれるな、ナックス?……お前の部隊にいた『重要人物』を守るためにも、厄介な敵は少ない方が良い。分かるな?」
「……オレの部隊には、そんな人物はいねえよ…………でも。そうだな。そうだ、厄介な敵を排除してくれるって言うのなら、ちょっとだけなら……耐えられる」
『イルカルラ血盟団』の結束の強さを見せてもらえている。軍隊の強さってのは、忠誠心だ。それの強さ次第で、軍隊の強さは変わる。
拷問に心を砕かれているナックスでさえも、勇気を奮い立たせている。呪いに怯えながらも、守ろうとしているな……仲間を。そういう集団だというのなら、同盟に招く価値がある。
「……団長。では、3時間後に」
ガンダラに急かされたよ。つい色々と考え込んで時間を浪費してしまうのは悪い癖だな。
「ああ。行ってくる」
「お気をつけて」
『呪い追い/トラッカー』の赤い『糸』を視界に浮かべながら、それを追いかける狩人の歩きを始めたよ。足早に風が降りてくる採風塔を上って行く。『糸』は当然ながら、地上へと向かって伸びていたからだ。
オレの背中を追いかけるようにして、僧兵メケイロも続いて来る。僧兵たちにはこの崩れかけの細い階段も慣れたものなのか、巨人族で大柄であるくせに、遅れることなくピッタリと背中に張りついて歩くのさ。
「……オレにも警戒しているのか」
「……悪いか、客人」
「いや、悪くない。それも君の役目だろうからな」
「そうだ。誰が相手だろうとも、オレは役割を違えることはない。『太陽の目』を、『カムラン寺院』を守る。誰が相手であろうとも」
「……その方針を帝国に逆手に取られているとは思わないか?」
「……っ」
「君らは自警団的だと、ナックスは語っていた」
「……元々、『太陽の目』が果たす警備の役割は、武国の軍隊がすべき行いだ。オレたちは、武国が滅んだ後でも、帝国と戦い続けている彼らの分まで、市民を守っている」
「戦う力がある。帝国を追い出すための力を作り上げたくはないのか?」
「それは……オレのような若い僧兵ではなく、長老たちが決めることだ。オレを言葉で操ろうとしてもムダだぞ」
「そんな器用な力は持っちゃいないよ。帝国が嫌いなのかどうか、そいつが知りたいぐらいのものさ」
「……もちろん、それは嫌いだ。だがな、客人よ」
「何だ?」
「……『自由同盟』とやらも、我々からすればヨソ者という意味では、帝国と同じなのだぞ」
「……バルガス将軍も、同じような考えか?ヨソ者に対しては、排他的な考えを持っているのかい?」
「ヤツらとオレたちは違う。だが、バルガス将軍は……無慈悲だった。機会があれば、ヤツらはオレたちを排除したがっているんだ。オレたちも、備えなくてはならん。客人の思う通りの形には、ならないだろう」
「試してみなければ分からない」
「ベテランの戦士だというのに、どこか子供じみた理想を口にしているのではないか?」
「理想を棄てた先で得られるモノでは、オレの求めた『未来』には辿り着かない」
「……『未来』?……傭兵が、どんな夢を見るというのだ?」
「誰もが生きていていい世界さ」
「……甘い言葉だ。そして、それはあまりにも儚いことだな」
「そういう世界にならねば……どうあれ帝国人以外はこの大陸から消え去ることになるだろうよ。メケイロ、この街に対しての帝国人の支配を、窮屈に感じるか?」
「……我が物顔で、のさばられてはな」
「メイウェイ大佐との関係は、それでもマシな暮らしを君らに与えてくれている。亜人種の男だからという理由だけで、捕らえられ。男たちが不在となった村や街を焼く。それが帝国の掲げている『正義』の本性だ」
「……そんなことを、『正義』だと言うのか?」
「世の中には『正義』がたくさんある。オレたちの『正義』と君の『正義』も、そして帝国の『正義』も、全て異なる意味を持っている。そして……『正義』に取り憑かれた存在は、無慈悲だ」
若き僧兵メケイロは押し黙ってしまう。問題はないさ。無言だからといって、採風塔の階段を登る行為にさみしさを抱いたりはしない。
……問題は、メケイロがこの沈黙のなかで、心に想像しているかもしれしない『正義』に取り憑かれた者が、どんな姿をしているかということの方かもな。
そいつは帝国人だろうか?……圧倒的な数を使い、世界を支配し、やがては亜人種族をも淘汰しようとする力のことだろうか。ならば良いがな……『正義』は無慈悲。無慈悲という言葉を、メケイロはついさっき口にしていたな。
あえて連想させるつもりではなかったのだが。僧兵メケイロの心のなかにいる、『正義』に取り憑かれた無慈悲な者とは―――。
「―――バルガス将軍を、連想しているのか?」
「……そうだ。バルガス将軍……あの男こそ、無慈悲で、妄執に取り憑かれた男だ。彼は多くを殺した……だが、迷いなど無いのだろう。自分は正しいことをしたと考えているに違いない。そう考えれば……オレたちは、身を守る必要があるんだ」
「……『イルカルラ血盟団』とは、協力関係を築きたくないか」
「……信頼が成り立たない」
「帝国の蹂躙を許してもか?……もしも、メイウェイが太守でなくなれば、より強硬で残忍な支配者がやって来ることになるぞ」
「メイウェイを暗殺するのか?」
「必要があれば、その時にはな。だが、オレたちが手を汚さなくとも、メイウェイの治世は長くは続かない」
「……どうしてだ?」
「彼の治世は、甘すぎるからだ。この土地の帝国軍も、最近の帝国軍の傾向とは、大きく異なっている」
亜人種に対して、排他的な意志は低い。地元民の集う『紅い月』にまで脚を運ぶ。それはファリス帝国の兵士としては、あまりにも異常な行いに見える。帝国人の排他的な性格に、まだ染まってはいないのだろう……。
だが、それはいつまで続くのだ?……人間族第一主義を掲げる帝国人は、亜人種に対しての寛容さなど無いのだぞ……?
「……『アルトーレ』を奪い返すために、帝国軍が動くかもしれない……それには、帝国から援軍が多く流れ込む。その時は、この『ガッシャーラブル』に帝国軍があふれることになる。ヤツらは、君らを今までになく手荒く扱うだろう」
「脅したところで―――」
「―――違う。脅してなんかいるつもりはない。脅しにもならん。これは、すでに決まっている流れだ。君は知っているんだろ?……『正義』が無慈悲に、何を成すかを」
「……帝国人に、我々が虐殺されると言いたいのか……?」
「亜人種と戦うんだ。亜人種が近くにいることを、帝国人が喜ぶと思えるのか?」
沈黙が始まる。しかし、オレは、その若者の沈黙に付き合うことを選ばなかったよ。もうすぐ外なんでね。誰彼かまわずに伝えたい事実でもないからな。だが、戦士である彼には伝えておいて損はない。近い未来、彼は同胞たちのために侵略者と戦うはずだからだ。
「……『イルカルラ血盟団』と組めないのであれば、この街を守るための他の手段を、お前も考えていろ。長老たちの想像力を超えた暴力に襲われることだって、あり得るんだからな」
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