第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その10


 不安に支配された顔が、床を向くのを止めていた。オレを見つめるために、頭が持ち上げられる……。


「お、オレが……エサだって……?」


「ああ。だからこそ、血盟団もそれを疑って、君に接触してこないんじゃないのか?」


「そんな!?……そんなことって、オレは……そんなつもりは、ないんだ……ッ!?」


「事実として、君のケガの具合からするに、自力で帝国軍の拠点から脱出するのはかなり困難に見える。血盟団にも君のケガの状態が伝わっていたとすれば、君は怪しまれているさ……」


 片脚を骨折している男の脱走劇。聞こえはいいが、なんとも非現実的だな。


「ナックス。貴方は、どうやって脱出したのですか?」


「……隙を突いて、敵兵を殴り倒した。そのまま、槍を奪って……3階の窓から飛び降りていたんだ」


「その時に脚を折ったのか?」


「……いや。これは、その時に悪化はしちまったが。それよりも前にだ。砂漠で帝国軍の隊列を襲った……乱戦になって、オレは騎兵を馬の背から引きずり落としてもみ合いになったんだ……そいつは殺したけど、興奮状態になった馬に脚を踏まれて、アゴを蹴られた」


「アゴをか。気絶しそうだ」


「そう、だ。一瞬で気を失っちまったよ……あれから、同志たちは戦い抜いたと思うが、オレは気づけば敵に捕まっていたんだ」


「そして、ここまで運ばれたか」


 砂漠で捕らえた者を、わざわざ『ガッシャーラブル』まで連れて来るか……労力が大きい行動だな。


「君は重要な地位にあるか?」


「い、いや。オレは、武国の古参の兵士ってだけで、地位なんてものはないよ」


「……それなのに、帝国軍は貴方を『ガッシャーラブル』まで連れて来た?」


「……へ、変かな……?」


「ああ。オレはおかしく感じる。重要でもない敵兵を、わざわざ長距離の輸送で運ぶものか。捨て置くか、トドメを刺されてもおかしくない……まあ、君が回収されたということは、その時の戦闘では、血盟団は敗北し撤退している」


「……っ!!」


「責任を感じることはない。集団戦闘では、個人の努力だけでは結果など変わるものではないからな」


「……問題は、貴方がエサになる価値を持っていたかどうかですよ。貴方の部隊に、重要な人物はいましたか?」


「お、オレの部隊に……そ、そんなヤツはいねえよ!!」


 その言葉を信じてやれるほど、オレとガンダラは、若くも幼くも純粋でもない。オレはナックスの前にしゃがみ込む。


 ナックスは顔を反らした。露骨な反応に見える。心を病んでいると、疑い深くなるものだが、それと同時に自分への不安を抱くものだ。ナックスは不安なのだ。自分が話すべきではない情報を口走ってしまうかもしれないことが。


「なあ、ナックスよ」


「……オレは、何も喋らない」


「お前の部隊には、誰か重要人物がいたな。そして、そのことに帝国軍も気がついていたようだ。だから、お前をわざわざ回収した。帝国軍は、お前を使ってその人物を追跡したいのさ」


 無言のままだ。無言のまま、止んだナックスはお気に入りの床を見る?……いいや、見ているフリをしているな。毛布の下でナイフを握り替えた。防御用の逆手から、攻撃用の順手に。


 オレを攻撃したいわけじゃない。そのナイフの切っ先を向ける相手は、おそらく彼自身だろう。自殺も考えているようだな。ガンダラもそのことに気がついていて、足音を立てないままナックスに近づいてくれた。


 いいポジションに我が副官殿が立ったよ。もしも、ナックスが自傷行為に走れば、ガンダラの長い脚による蹴りが飛ぶ。オレはそのフォローをすることになるだろう。死なせるわけにはいかないからな。彼は情報源だ。少なくとも、二つほど使い道がある。


 分かるのさ。見えて来ているものがあるからな……だが、まずは彼の自殺衝動を抑制することにしようか。オレはナックスのために微笑みを作る。安心させるためにな。


「なあ……いいか、ナックス。お前にとって朗報を教えてやろう」


「ろ、朗報……?」


「まずは安心しろということだ。お前の部隊にいた『重要人物』は―――その戦場を上手く撤退したはずだ」


「……ほ、本当か?」


「ああ。本当だよ。そうでなければ、お前のようなただの戦士を捕らえもしないし、わざわざ、手の込んだ『仕掛け』をすることもないだろう」


「……し、『仕掛け』って、何だい……?」


 オレには見え始めている。


 色々と情報が集まってきたからな。見えているのさ。赤い呪いの『糸』が、ナックスの頭部には絡みついている……『呪い追い/トラッカー』の力が、ナックスにかけられた呪いの存在を見つけたんだよ。


「……ナックスよ、お前は呪いにかけられた」


「の、呪い?」


「どういう効果がある呪いなのかまでは分からないが、お前がエサだとすれば、まるで釣り糸のような効果かもしれない」


「釣り……糸?」


「エサに獲物が食いつけば、敵の呪術師に反応が伝わるという類い……のようだぞ」


 左眼に映る赤い『糸』が濃さを増していく。オレの推察が当たっているという証拠だ。『呪い追い/トラッカー』は、その呪いについて正しい認識が出来るほどに、その『糸』は濃さを増す。


 ガンダラが戸惑うナックスに対して、畳みかけるように質問をぶつける。


「ナックス。敵から拷問を受ける際に、呪術師のような存在を目撃しませんでしたか?」


「じゅ、呪術師……?」


「そうだ。そいつは……おそらく、お前の頭に触れたか……あるいは、何かを頭にかけたかもしれない。お前の頭部に、呪いは刻み付けられているようだぞ」


「……お、オレの頭にかよ?……そ、そうだな……そう言えば、あいつ…………っ」


 口元に毛布を抱き寄せながら、ナックスは表情を険しくする。敵意を燃やしているようだな。


「……いたよ。オレ、拷問された時、右のこめかみに何か焼けるモノを押し付けられたんだ。そいつ……そいつだけ、何故か帝国軍の軍服も鎧も身につけてはいなかった」


「どんな外見でしたか……?」


「……人間族だった」


「だろうな、帝国人さ。それで、他の特徴は?」


「……ローブを着ていたから、よくは分からない……でも、男だったよ。兵士たちにオレの体を左右から押さえつけさせて、頭に、何か熱いモノを押し当てられて……そして、オレは気絶しちまったんだよ」


 ナックスはその記憶を本能的に遠ざけていたようだ。右のこめかみには、たしかに火傷の痕がある。拷問ではなく、呪術の刻印の痕だったのか。その情報を得たせいで、赤い『糸』はその刻印にまとわりつく。


「……人間族の呪術師の男か」


 最近、よく出くわすのは偶然だろうか……?それとも、帝国軍は呪術の使用を解禁したのかね。未開の蛮族どもの使う邪悪なる古の術……と否定してきたはずなんだがな。どうあれ、厄介なことだし―――『呪い追い』がある以上、オレとしては戦い方もある。


「……団長。敵の呪術師を追いかけられますか?」


「……追いかけられそうだ」


「何と!……呪いを、感知することが出来るのですか?」


 驚きの声をあげたのはホーアンだった。聖職者であるホーアンには、解呪の依頼も来るだろうが。呪いを特定する技巧は無いようだ。一般的なハナシではあるがな。竜の眼や、ガントリーのような特殊な呪術の刻まれた眼でもなければ、呪いなど見えない。


「……な、なあ、頼むよ。呪いを解いてくれないか!?あ、頭が呪われているなんて、オレ、イヤだよう……っ」


「気持ちは分かる。しかし、あと3時間ほど待ってくれないか?」


「ど、どうして?」


「オレが呪いの主を追跡して、排除するからだよ」


「……え。出来るのかい、そんなことが?」


「出来るよ。その呪術師を捕まえることが出来たら、色々と情報が手に入りそうなんでな……ガンダラ。彼の護衛を頼めるか?」


「ええ。巨人族がついて行かないほうが、安全に動けるでしょうな」


「そういうことだ。オレが戻って来たら、ホーアンにでも呪いを解いてもらえばいい」




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