第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その4
それから、しばらくの休憩時間を経て、オレたちは行動を開始する。レイチェルは地下を走る水路に飛び込み、ククル・チームは普通に扉を開けて出かけたよ。あの公園まで移動して、身軽さを頼りに城塞を越えるのさ。
ミアのチェーン・シューターがあれば、一瞬で城塞には上れる。そこからロープを垂らせば、あっという間に皆であそこを乗り越えられるだろう。猟兵の体力なら、道具を使わずとも、城塞ぐらい素手で登れもするが……そこは現場で好きな手段を選ぶさ。
「……では、自分とリエルちゃんは、屋上から飛び立つっすね!」
ポニーテールを揺らしながら、やる気に満ちたカミラがそう語る。久しぶりにオレと組むから喜んでるのかもしれない。オレも、彼女と組めて嬉しいから、きっと、そうだと思う。
「ああ。頼んだぜ」
「いいですか?……二人とも、ゼファー経由の救援要請が無い限り、非殺傷を心がけて下さい」
「分かっておるぞ、ガンダラ。何度も言うでない」
「失礼しましたな。ですが、大事なコトですので、念には念をというわけですよ」
「うむ、そのマジメさは買う。安心しろ、ちゃんと理解しているから」
「分かりました。では、団長、行きましょうか」
「おう」
リエルとカミラに見送られながら、オレとガンダラも屋外へと出かけた。夜中の九時半を過ぎたからか、『ガッシャーラ山』から吹いてくる風はかなり冷たい。
「……寒いな」
「ええ。昼間とは比べものにならない」
「……砂漠はもっと寒暖の差があるのだろうか?」
「あるかもしれません。とくに、『イルカルラ砂漠』は盆地にあります。『ガッシャーラ山』を含め、カナット山脈の冷たい風が吹き込んでくる……まあ、標高が低い分、いくらか夜間気温はマシでしょうが……」
「日中の暑さはとんでもなさそうだな。しかし、この風……かなり乾いている」
「『メイガーロフ』は夜間でさえも乾燥していくのかもしれません。昼間は、天幕に覆われていました。アレが、この街の湿度を保つ効果もあったのでしょう」
「水気が蒸発しないようにフタをするということか」
「そういうことでしょう。乾いた風は、よく冷えるらしいですから」
さすがガンダラ、気象について誰よりも詳しいはずの竜騎士と同じような知識を、どこかの学者が書いた本で知っているようだ。
「とにかく、行こうぜ。『カムラン寺院』とやらにな……」
ウールのマントに身を包み、オレとガンダラは酒と肉を焼く香りが漂ってくる屋台通りから離れるように歩き始めた。
喧騒から遠ざかるほど、闇に沈む灰色の街並みは冷えてくる。夜警の兵士も歩いてはいるが、竜鱗の鎧を脱いでいるオレを怪しむような素振りは見せない。ランタンを掲げた二人組の兵士たちは、無愛想な態度のままオレたちの隣を通過していく。
「……やはり、眼帯ってのはカンジ悪いのかね」
「いかにも盗賊のようなファッションでしょうからな」
「ファッションでつけているワケでもないんだが……」
生身の左の目玉は、9年前に失ったままだ。目玉など再生するわけがないしな。魔術で目玉があるように見せかけているだけで、魔力を消耗すれば左眼は消えたりする……。
「眼帯は、オレにとって必要なアイテムであり、断じてファッションではない」
「そうですか?ミスリルを仕込んだりして、特注品を用意しているから。ファッションの一部かと考えておりました。認識をあらためましょう」
「……そうしてくれ」
ムダ話をしながら、オレたちは『カムラン寺院』へと向かう。すっかりと屋台が消え去った中央通りに出た。日中、大勢の商人と買い物客で混み合っていたバザールも、今ではすっからかんで、風通しが良くて、肌寒い。
夜空を見上げると星がよく見えたよ。ああ、闇に紛れて飛んでいるゼファーの姿もな。寒さをものともしない竜の肌は、『ガッシャーラ山』から吹く風に乗って遊んでいる。
新調された鎧のおかげで、空気抵抗も代わっているから、ああやって飛び回ることは鎧に慣れていいことだ。
浅い水路が走る中央通りを歩き、蛇神ヴァールティーンの大きな石像の元へと向かう。ここを右に曲がれば、『カムラン寺院』に続く道に入れる。それは分かっているが、好奇心というのは道草を食べたがるもんでな。
目の前にある白い岩をくり抜き研磨することで作られた、その巨大なコブラの神像に視線を合わせていたよ。
「……蛇神ヴァールティーンか。ガンダラは詳しいか?」
「この土地だけで崇拝されている土着の宗教ですからね、それほど知りませんよ」
「かつては生け贄を好んだか。過酷な土地の神らしい」
「自然との契約を儀式的に行うことで、ヒトは安心を得られるのでしょう。今よりも農耕や建築の技術が発展していなかった時代においては、『メイガーロフ』の人々は常に不安を抱えて生きていた」
「……ハニア・ルーミアから買った歴史書には、そう書いてあったか」
ガンダラも速読が使える。賢いヤツってのは、便利だ。本を読むのに時間をかけずに済むんだからな。
「前々から集めていた資料と似てはいますが、やはり国が違えば歴史書の記し方は大きく異なっている」
「収穫があったか」
「ええ。私の知らない歴史がありましたからな……オットーならば、知っていたかもしれませんがね」
「……たしかに、オットーの専門分野ではあったんだがな」
砂漠も高山も、そしてマイナーな国の歴史についても……。
「そうですな。しかし、彼は『ベイゼンハウド人』の兵士たちと信頼関係を築いていた。『ベイゼンハウド』を安定化させる任務に尽力してくれた方が、我々のガイドを行うよりも有益でしょう」
「正しい指摘だ」
「そのために団長の側にいるわけですからな」
本当に頼りになる副官さまだよ。オレは口を開けられた大量のワインが奉納されている、酒好きコブラ神のヴァールティーンから視線を右に向けて、狭くて貧しい気配が漂ってくる街路へと足を進め始めた。
「……『太陽の目』の連中は、寺院に集まって何をしているっていうんだろうな」
「原理主義者たちですからね。おそらくは、宗教的な儀礼でしょう」
「……お祈りかね」
「あまりにも血なまぐさい邪悪な儀式であれば、ハニア・ルーミアが助言の一つぐらいくれたはずです」
「……僧兵たちが深夜に集まるか。歴史書には、ヒントがあったか?」
「ありましたよ」
「どんなものだ?」
「『太陽の目』の女僧兵たちは、月の光の下で舞踏しながら蛇神に祈りを捧げるそうですな。蛇をモチーフにした舞いだとか?」
「セクシーな感じかな。蛇ってのは、身をくねらせるもんだ」
「ええ。ですが……その儀式は儀式用の塔を建てた砂漠の丘で行う模様です」
「美女僧兵たちのセクシー・ダンスを見る会ではないということか」
そうだとすれば、視界に混じり始めた黒いマントを羽織った巨人族の男たちが、夜中にも関わらず寺院に向かう理由に大きな納得が行くんだがな……。
「蛇神教徒からすれば、『ガッシャーラ山』も聖地の一つのようです。その聖地に向けて祈りを捧げる夜会を開くのでしょう」
「男ばかりでかよ?」
……だとすれば、何とも不健全な夜会に思える。夜中にいい年扱いた男たちだけで集まっても、何も意味が無いような気がするな……ガキなら、それだけで楽しそうだが。
「蛇神教徒の拠点に入るのです。軽口は決して叩かないで下さい」
「分かっているよ。マジメな人を怒らせてしまうセリフにぐらい、オレだって心当たりはあるさ」
「ならば、良いのですがな。しばらくは……様子見と参りましょう」
「ああ……見えて来たしな」
白い塔を背負うようにして、石造りの大きな教会があった。蛇が踊るような紋様をその石ブロックに彫り込んでいる、いかにも蛇の神を祀るための宗教施設。そこに、大勢の黒装束の巨人族たちが向かっている姿は、少々、不気味にも見えたよ。
あの場所では、無駄口を叩くことは吉ではないな。全員にリンチでも受けて、古き伝統に則り、蛇神の生け贄にされてしまうかもしれん……もしも、そんなことで恐怖感を抱けるような性格をしていたら猟兵なんてやれちゃいない。
「……楽しみだな」
「ええ。偉そうな人物を見つけたら、接触を試みましょう」
「失礼の少ない態度でなぁ」
「護衛を間違っても殺さないように」
「分かってる。いい腕の連中がいそうだ。ムダに殺すのは、もったいない」
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