第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その5


 巨人族だらけの『カムラン寺院』は貧民街のまっただ中にあった。庶民に寄り添うというイメージかもしれないな、鎌首をもたげた蛇のように高い塔は庶民的ではないが。寺院の周辺を高い塀が囲んでいるようなこともなく、どこからでもその寺院に近づける。


 ……来る者を拒まずと言った印象ではあり、よく見れば巨人族以外の蛇神教徒もチラホラ見かけたよ。


 蛇神教徒たちは『カムラン寺院』のなかへと入って行く。オレとガンダラも人々の流れに逆らわずに、そのまま蛇神の白い寺院へと向かう……途中で止められるかと考えてもいた。槍を持つ黒装束の巨人族……『太陽の目』の僧兵たちの前を通過した時はな。


 だが、意外なことに門番であろう彼らは、オレとガンダラに何も言わなかった。鎧は脱いでいるが、武装はしているんだけどな。僧兵たちは一瞬の警戒心こそ見せたものの、それだけだったよ。


 オレたちから視線を外して、『カムラン寺院』に敵意を向ける者を捜すように人々の列に無言の顔を見せていた。


 『カムラン寺院』の大きな入り口をくぐり、何かを唱え続けている蛇神教徒たちに続いて歩く。寺院の中央を目指しているようだ。蛇神へ捧げるための聖句だろうか?


 ……訛りがキツい。というか、かなり古い時代の言葉を使う祈りのようで、アホ族のオレにはその意味を紐解くことは不可能である。ガンダラはやれるかもしれないが、集中させることはない。蛇神教徒たちの聖句は、長くはない。短いもので、繰り返しだからだ。


「彼らは、何を言っているんだ?」


「蛇神の名を讃え、七つの戒律を守れと、古い言葉で繰り返していますな」


「七つの戒律ってのは?」


「蛇神の前で嘘をつくな。蛇神に供物を捧げよ。蛇神の神託をあおげ。蛇神の僧侶と巫女に敬意を払え。蛇神の戦士は勇猛であれ。蛇神の導く輪廻を信じよ。蛇神の名を広めよ。それらが七つの戒律ですな」


「ほう。まあ、よくありそうな戒律だが……輪廻ね」


「生まれ変わりというものですよ」


「……知っているよ。なんというか、蛇の神サマらしいぜ」


 冬眠やら脱皮をする動物だからな、蛇っていうものは。あれらは、死からの再生のようにも見えなくはない。


 蛇を神聖視し、神格を与えたものが『メイガーロフ人』の宗教なのだろう。だから、蛇の生態にも大きな意味を持つ。


 輪廻。生まれ変わり。


 その概念は、おそらくは冬眠からの目覚めや、脱皮による成長から着想を得たものじゃないんだろうか……?


 ガンダラと語り合いたいところだが、おそらくガンダラも答えは知らないさ。歴史書に書いてあったものを読んで手に入れた知識でしかあるまい。


「しかし……すんなり入れちまったな」


「……そうですな。蛇神の名を広めよ……それもまた彼らの戒律です」


「布教に熱心というわけだ」


 誰にでも門戸が開かれているフレンドリーさは、勧誘のためってことらしい。だとすれば好都合ではある。トップには会えないかもしれないが、僧侶には会えそうだ。そいつに帝国軍から脱走した、『イルカルラ血盟団』のメンバーの居場所を訊けば良いだろう。


 そいつを匿っているんだとすれば、反・帝国の意志を持っていることの証にもなる。巨人族であるガンダラの証言があれば、オレたちが『自由同盟』の傭兵だと信じてもらえるかもしれない……。


 もしも、帝国軍のスパイとして疑われたら、左眼の力を解放すればいいさ。オレの手配書ぐらい、この土地にも伝わってはいるんじゃないかね?……帝国軍は竜騎士ソルジェ・ストラウスを警戒し始めているからな。


 そんなことを考えながら、蛇神の信者たちの列に混じって『カムラン寺院』の奥へと進む。


 礼拝堂には実に多くの蛇神の信者たちが集まっていた。大半は男ではあったが、女性も十数人ぐらいはいるようだった。セクシー・ダンスが催されている雰囲気は皆無であり、巨大なコブラの神像が鎮座する大きな祭壇には、神聖な灯火がロウソクの上で揺れている。


 礼拝堂の信者たちは、やがて祈りの言葉を合唱させ始めた。天井がドーム状のこの寺院は、彼らの歌を反響させていく。低く、荘厳さを帯びた歌であった。興味深くはあるのだが、問題はある。


「……もしかして、このまま朝まで、古い言葉で祈りでも続けるのかね……」


 もしも、そうだとすれば時間をムダにするかもしれないな。異文化を学ぶことも嫌いってわけじゃないんだが……今は、『イルカルラ血盟団』との接触を急ぎたいからな。


「……ガンダラ。耳を貸せ」


「ええ」


 その巨体を屈めながら、大男は体を低くしてくれた。オレはその大きな耳にヒソヒソと命令を伝えていく。


「……入信に関して相談したいことがあると、あそこのベテラン僧侶に嘘をついてくれないか?」


「……そうですな、このまま時間を無為に過ごすのも効率が悪い。了解しました。巨人族同士の方が、警戒を抱かれにくいでしょう」


「……ああ、頼んだ。オレはお前の連れということにでもしておいてくれ」


「そうしてみましょう」


 ガンダラはうなずき、人混みをかき分けるようにして高齢の巨人族の僧侶のもとへと向かう。礼拝堂の壁際にいた僧侶は、ガンダラとオレの接近に対して、やさしげな微笑みで迎え入れてくれた。


「どうなされましたかな、旅のお方よ」


「……実は、私は北からの流れ者なのですが……蛇神ヴァールティーンの信徒になろうと考えています」


「ほう。それは歓迎すべきことですな。しかし、どうして?」


「私は長いこと戦闘用の奴隷として生きていましたが、ルード王国とグラーセス王国の軍隊により『アルトーレ』が陥落した際に、解放された男です」


「……ふむ。長い間、苦労なさったようですね」


 労りの表情を浮かべながら、老僧侶は老いた指を蛇のようにくねらせていた。ガンダラのために、祝福を与えているのかもしれない。


「……私は、幼い頃から軍属の奴隷でした。解放された後、『自由同盟』に加わろうとも考えたのですが……どうにも、戦に出るのがイヤになりましてな」


「恐くなりましたか?」


「いいえ。そうではありません。自由を得た時、己に戦う理由が消え去った。今までは、ただただ生きるために戦っていましたが……今では、生きることは叶う……分からなくなったのですよ。どうやって生きればいいのかが」


「なるほど。幼い頃から奴隷として過ごしたのです。自由に戸惑ったとしても仕方がないでしょう」


「ええ。そんなとき、友人でもある後ろの人間族の青年に、かつて巨人たちの国があったというハナシを聞きましてな」


「ほう。それゆえに、この『メイガーロフ』を訪れたのですか」


「奴隷の身から自由を得た巨人族たちが建国した国……その国を見たくなったのです。幸いなことに、『アルトーレ』からも近かった」


「なるほど。貴方の瞳には、この国はどう映りましたかな?」


「……巨人族には住みやすそうな土地だと感じています。こんな夜中に、これだけ巨人族が集まれば……他の国では、衛兵が怒鳴り込んでくるでしょう。反乱を企てていると」


「たしかに。この『メイガーロフ』ほど、我々、巨人族に寛容な土地は少ないでしょうなあ。我々は体も大きく、それだけで警戒されることも多い……」


「……この土地のことを知りたくなりました。もしも、『メイガーロフ武国』が健在であるのならば、私はそこの兵士にでもなろうかと考えたでしょうが……」


「今となっては、もはや武国は滅びましたからね……」


「ええ。そうであれば、この『メイガーロフ』にある宗教、蛇神ヴァールティーンの教えを学びたいと考えているのです。ご老人、どうか相談に乗ってくれませんか?」


「……良いでしょう。信仰の道に入る前に、貴方は多くを知るべきかもしれない。私に答えられることも、あるでしょう。しかし、この場での長問答は他の信徒たちの迷惑になります」


「……日をあらためた方がよろしいですか?」


「いえ。今夜でも構いません。ヴァールティーンさまを頼り、この寺院に足を運んだ者を拒むようでは、『太陽の目』の僧侶はやっておれません。こちらにどうぞ……そこのお連れの方も。彼は、この場に大きな興味もあらぬ様子ですしね」


 鋭いご老人だな。オレの態度を見抜いていたよ。マジメな表情になっていたつもりなんだが……まあ、構わないさ。ガンダラの嘘は効果的に働いているようだしな。僧侶である彼に質問が出来るのならば、これほどのチャンスもない。


 ……彼に連動するように、三人ほど僧兵たちが動いたが―――それも別に問題はないさ。彼らにも質問するチャンスが増えたと考えることにすればいい。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る