第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その35
エルフの老商人と別れて、オレとククルは屋台通りを北上する。緩やかではあるが、その道は北に向かうほどに高くなっているのだ。『ガッシャーラブル』は斜面にある街だからな。北ほどやや高い。
そして、古くて大きな建物が目につくようになる。『ガッシャーラブル』は北から作られたようだな。表面のところどころが欠けてしまっている日焼けした灰色のレンガで作られた屋敷が並んでいたよ。
「北ほど、古い建物ですね」
「ああ。隠し通路については考え方が二つ出来るな。古いこちらに伝統的な通路がありそうだとも考えられるし―――」
「―――南側の街の方が、より新しい建築技術で作られています。ならば、そちらの方に新たな通路が掘られているかもしれません。街の発展に乗じて、地下の水道も拡充していったわけですし……街が大きくなればなるほど、山賊や敵国への備えの必要性も増します」
「そういう可能性もある。けっきょく、どちらにもあるかもしれないな」
「はい。特定することは、難しいですね」
「ああ。だが、少なくとも、北には古くて大きな建物が多いという事実がある……権力者は北にいる。ならば、北の地下には、そいつらのための脱出路が掘られているさ」
庶民のための脱出の道というものは、存在しないだろうからな。
『メイガーロフ人』は新参者をあまり信用することはないらしいし、帝国の新しい支配者に対しても、その脱出路を教えてはいないだろう。
その場所を知ることが出来れば、かなり使えそうなんだがな……知っているのは、かつての街の支配者層か。ヨソ者のオレには教えてくれそうもない。だが、予想は出来る。
「ククルよ」
「はい、何でしょうか、ソルジェ兄さん?」
「地下通路の弱点はなんだ?」
「崩落しやすいところでしょうか」
「ならば、その弱点をカバーするにはどうするべきだ?」
「……メンテナンスで修復しやすくすることと、頑丈そうな場所に作ることですね。固い岩盤に作ろうとするはず」
オレは『ベイゼンハウド』の『銀月の塔』を思い出す。巨大な建物ってのは、長い年月が過ぎ去るにつれて、ある現象を起こす。『ガッシャーラ山』からの地下水が流れる、水はけの良い土地だ。鉄鉱石が含有されていようがいまいが、脆さはあるよな。
それに……ロロカ先生が言っていたぜ?山が高い理由。そいつは比重が他の土地よりも軽いからだとな。山ってのは、スカスカで平地よりもはるかに崩れやすいもんだ。
仮説を確かめるには、実地で現場を検証するのが手っ取り早いだろう。オレは通り沿いにある古くて大きな建物を睨みつける。魔眼の力を若干ながら解放しながらね。
口元をニヤリとさせるのさ。現実が予想通りだったりすると、男ってのは意地悪げにこういう笑みを浮かべてしまう。大きな建物の基礎部分を観察すると、その現象は起こっていた。
「……街を見渡せる場所に行ってみるぞ」
「何かに気づいたんですね?」
「ああ。地盤沈下していないトコロを、見つけたくてな」
「……っ!……なるほど。地盤沈下している場所は、地下が崩れやすいですよね」
「そんな場所に地下通路を作っても、潰れてしまっているさ。地下に水道を作るこの街の連中は、そんなことぐらい経験則で思い知らされている」
「地盤沈下していない場所……あるいは、地下通路の上には大きくて重たい屋敷を建てさせないかもしれないですよね。地下通路を保全するために」
「そうだな。たとえば人通りの少ない道の下とかな。無意味に狭そうな通路でもあれば、その地下は、かなり怪しいだろうよ」
「……大きな屋敷のお庭とかも、怪しそうですね」
「そういう場所を高いトコロから見てみるのも良さそうだからな」
「街を見渡せる場所……となると、北になりますね。そっちの方が標高が高くなっていますし」
「ふむ……」
オレとククルは視線を上げる。狭い通路に邪魔されるな。
「どこか、脇道に逸れてみましょうか?」
「ああ。お前を肩車しても、どうにもなりそうにないしな」
「そ、そうですね。それ、とっても恥ずかしいですし……っ」
そんなに恥ずかしいか?まあ、思春期だからな。子供扱いはイヤだろうよ。
「……ゼファーで上空から見た時、北西部に開けたところがあったよ。寺院の一種だったようにも見えるが、公園にも見えた」
「なら、そこを目指して見ましょう。夜になると、天幕も外してくれるみたいですし」
ククルの言う通り、通路の上の方では日焼けした若者たちが、通路の上空を覆い隠していた色鮮やかな布を除去してくれている。星を見たいのかもしれないし、布に砂が絡むことを防ぐためかもしれないな。
あまりにもアレを張りっぱなしにしておけば、布の上に砂が蓄積してしまうだろう。そうなれば、ドサリといきなり砂が降ってくることになる。それは、あまり楽しい行いじゃない。
何よりも、天幕が除去されると青い夜空と星の輝きも見えるし、風通しも良くなるから涼しいだろう。清涼な風が吹いてくる……いや、少し、肌寒いほどだな。『ガッシャーラ山』から吹く風は。
「……夜になると、どんどん気温が冷えてきますね」
「寒くないか?」
「はい。マントがあるので!」
ククルはフード付きの赤いマントに身を包んで見せながら、ニコリとしたよ。
「寒ければオレのマントも貸してやるからな」
「は、はい。ありがとうございます。でも、今のところは大丈夫です。私も、『メルカ』育ちですから!」
「そうだったな。あっちもかなり冷える」
「氷河もありますから。夜の冷え方は『ガッシャーラブル』よりも辛いです」
「慣れているわけだな、高山に」
「はい。だから、行きましょう!ソルジェ兄さん!」
「ああ」
赤いマントがお気に入りなのか、それとも涼しくなって来た夜風に、故郷を連想しているのか、ククルは何だか上機嫌な足取りで北東を目指す。二人して人通りの少ない脇道に入って、北を目指すのさ。
暗い通路だから……ときどき、いちゃつく男女がいたよ。ククルは、そういう光景に慣れないのか、カップルに遭遇すると、オレの背中に隠れていた。
……城塞都市ってのは、狭っ苦しいもんだから。恋人たちは暗がりを探してはイチャイチャすることになるものさ……。
「……か、カップルさんだらけですね、この道」
「そうだな。だが、空いてる」
空いてるからカップルだらけでもあるわけか。恥じらいの一種だが、道ばたで激しくいちゃつく時点であまり恥じらいも少なげではあると判定されるかもしれない。
まあ、あまりジロジロ見なければ問題はないか。ククルは恥ずかしくなっているのか、オレのマントにしがみついているような状態だったよ。
……記憶を頼りに暗む街路をうろついていくと、やがて開けた場所に出る。ヒトは開放的な場所を好む。『ガッシャーラブル』にも公園ってのがあったわけさ。市民の憩いの場だろうな。
砂が積もった古い石造りの階段を登ると、夜風にもまれることになる。開けた空間さ。
その公園は中央に木が一本ほど植えてあるだけの簡素な作りだが、露店でゴチャゴチャとしていて、レンガ造りの道が迷路のように左右にくねっている場所から抜け出すだけで、空間的な自由度にひたれるよ。
空を飛ぶ感覚に近づけるかもしれない。城塞の高さと同じほどに小高いこの空間、空を見あげれば冴えた空気のおかげで、星がとてもキレイに見えた。
「……あー!……なんだか、ホッとします。開けた場所の方が、落ち着きますよ!」
「人混みは毒を放つからな。山の上の街にしては、大きな街だ……」
「はい。商業の道の最中にあるからとは言え、スゴいことです。こんな過酷な土地でも、ヒトってこれだけの街を築くことが出来るのですね」
夜風が吹き、ククルはその風に乗るようにくるりと踊った。ゆっくりと世界を見渡すためのステップだよ。オレも背後を振り返り、商業が未だに活気づく『ガッシャーラブル』の古い街並みを見回してみる。
夜の訪れと共に、今は晩飯の時期となったようだ。バザールよりも、屋台通りの方が今では人であふれているようだな……。
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