第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その28


「……お得な情報をありがとう、マダム。名前を訊いてもいいかな?」


「ハニア・ルーミアさ。お兄さんの名前は……訊かないことにしとくさ」


「その方がいい。流れ者の名前なんて、知らない方が日々を健やかに過ごせるだろうから」


「ああ。そうするさ……さて。そろそろお腹もいっぱいかい?」


「……まだ、行けるでありますが?」


 羊の焼き串をかなりの本数食べてしまっているはずだが、キュレネイは何故そんな質問をされたのかが分からないといった顔をしていた。


「あはは。そのクールな顔した大食いの子は、たしかにそうみたいだねえ。じゃあ、特別サービスを持って来させよう。私の親族たちの店からも、色々と買ってくれたからね」


 ハニア・ルーミアはそう言いながら、厨房の方を向いた。


「特別デザートを持って来な!……上客なんだから、サービスするよ!」


「へい、わかりましたー」


「すぐにお持ちいたします」


「……特別なデザート!素敵な響き!」


 ミアが目をキラキラとさせている。


「甘いの?」


「とーっても甘いよ」


「ほんと、嬉しい!」


「イエス。女子にとって甘いモノは別腹でありますからな」


「まあ、それまではコレを楽しんでおいて?」


 ハニア・ルーミアは若い店員が運んで来た大皿をオレたちのテーブルの上に置いたよ。


「『ガッシャーラブル』産の干しブドウさ!……『ガッシャーラ山』からの風で乾燥させたモノだよ」


「へー。美味しそう」


「特別なデザートが来る前に、ちょっと食べてみるであります」


「うん。いただきまーす!」


 オレたちは大皿の上にある干しブドウに対して、それぞれ指を伸ばしたよ。フレッシュな感じというかな、乾燥しきっているというよりは、まだどこか瑞々しさがあるというか?


 レーズンの類は黒くて小さくなっているイメージだったが、ここの干しブドウは色合いが明るい。赤みがかって見えるし、その実も大粒なものであった。


 それを口に運び、噛みしめる。


 ……ちょっとした感動が口のなかに広がっていたよ。かなり甘みが強い。噛めば噛むほどに、甘みが弾力のある果肉から溢れて来る……っ。


「うむ。これは、美味しいな!」


 フルーツにはうるさい舌を持っているはずの、リエルからも即座にその言葉を得られるほどに、この干しブドウは美味しかった。


「ホントだー。ミア……干しブドウさんのこと、舐めてたー……こんなに美味しい干しブドウさんとは、初めて出会ったよー」


 うっとりフェイスになったミアが、口のなかで干しブドウさんをモグモグしながら語る。黒髪から生える猫耳が、ピョコピョコ楽しげに踊っていた。たしかに、オレもこんなに甘い干しブドウがあるなんてこと、今まで知らなかったよ。


「むー。お砂糖つかってるの?」


「いいや、使っちゃいないよ。レンガで作った専用の乾燥小屋で干すのさ。収穫後のブドウを、さらに甘くするには干しブドウが一番だよ」


「……本当に、お菓子のように甘いっすね……」


「元々のブドウが甘いのでしょうな。それから干して水分を除き、相対的に糖度を上げたのでは?」


「……ガンダラちゃん。難しいことを言っていると、美味しく食べられないから」


「それは失礼しましたな」


 科学的な根拠を説明されることも楽しいが、たしかに本当に美味しいモノに根拠なんていらないような気もする。


 おそらく世界で一番美味い干しブドウに出会っているんだ。今は何も難しいことを考えることなく、口のなかに広がる甘みと酸味を楽しむとするか。男ってのは理屈っぽくていけないよな……。


 そうだ。あまり理屈っぽいとミアに嫌われてしまうかもしれないから、オレは疑問や推理を語らないことにしたよ。お兄ちゃん、うるさい……そう言われたら、シスコンのオレの心は大きく傷つくもんね。


 ……『メイガーロフ』の文化なんだろうけど、食べ物ってのは基本的に大きな皿に載せて運ばれて来て、それを皆で取り分けるようにして食べるらしい。


 個別に運んだ方が早いという考え方もあるだろうが、オレは蛮族のせいか、大皿からの食べ物を『家族』皆で分けるっていうスタイルは好きだな……ガンダラとかは、個別の皿に分けて運んでもらった方が早く食事を済ませられると言い出しそうだけど。


 とにかく、今は無言のまま人生で最も甘い干しブドウをモグモグするとしよう。


 美味しいモノが口にあるときの時間ってものは、何故だかすぐに流れてしまうよな。ハニア・ルーミア曰くの『特別なデザート』が運ばれて来たよ。


「はい。『干しブドウのフローズン・ヨーグルト』だよ!」


「わあああああ!!冬にしか食べられないヤツだあああああ!!」


「あはは。うちには氷室があるからねえ。そこで作ったんだよ」


「氷室、羨ましい……っ。オットーちゃんに、今度、頼んでみようかな」


 ……たしかに、第四属性『氷』の料理利用は、オレも考えてはいたことだ。かなりの鍛錬とか集中とかがいるハズの、我々、人類からは奪われてしまった『氷』という属性の魔術を操るという行為……。


 ……かまくら作って遊んでるぐらいなら、簡易の氷室を作ってくれと言いたくもなる日もあったが―――料理とは温かいモノほど美味い……みたいな思想を持っていそうなオットー・ノーランには言い出しにくかった。かなり魔力を消耗するハズの行為だしな。


 ……やはり、この『干しブドウのフローズン・ヨーグルト』も、大きなボウルみたいな容器に入ってやって来た。女子力ありますからね。と語っていたククルは、その冷たそうな容器を受け取り、取り分け用の皿にフローズン・ヨーグルトを分けていく。


「……レシピは単純。干しブドウをレモン汁でふやかす。その後は、ヨーグルトにシナモンと蜂蜜を混ぜて、氷室でしっかりと冷やして凍らせると出来上がり」


「……レシピを聞いているだけで、お顔がニンマリしちゃうー。ククルちゃーん」


「はい。ミアちゃんのですよ、どーぞ!」


「やったー!いただきまーす!」


 ミアが小さなスプーンで、『干しブドウのフローズン・ヨーグルト』をすくい上げていく。凍ったヨーグルトってだけで、ミアにはたまらなくワクワクする要素だろうな。しゃりしゃりとした音が耳に気持ち良くもある。


 期待にあふれるミアの笑顔は、その可憐なピンク色の唇を開いて、小さな白い歯が並ぶ口のなかへとフローズン・ヨーグルトを運んでいったよ。


「もぐもぐ……っ。つめたーい……っ。でも、甘くて、美味しい……冷たくて、涼しくなれるね……っ!」


「お肉を食べた後には、冷たくてアッサリとしたデザートってのがお腹にやさしいのさ」


「うん!……癒やされる感じ。しっかりと甘くて、でも食べやすい……昔ね、お兄ちゃんとガルフおじいちゃんが、バナナのフローズン・ヨーグルトを作ってくれたの、思い出しちゃったー」


 ……懐かしいな。4年ぐらい前の冬か。ミアが高熱を出したから、オレとガルフはすっかりと体力を消耗して、食欲まで失せていたミアに食べさせようと、そういうのも作ったよな……。


「思い出深い味なのだな、ミアにとって」


「うん。思い出を感じさせる、素敵な味なんだよ、リエル」


「それならバナナも入れておくべきだったねえ」


「次回は、バナナも欲しい!……でも、今日はブドウさんの新しい味を楽しめるから、十分に幸せだよー」


 お兄ちゃんもミアがあのフローズン・ヨーグルトを喜んでいてくれたと知れて、本当に嬉しいぜ。熱にうなされていたから、感想なんて聞くことも無かったな。子供は熱を出すもんだというガルフの言葉にも、オレは安心出来なかった……。


 ……セシルを失っているという事実は、オレを時々、やたらめったらと心配性にさせてしまうんだよ。


「ソルジェさま、良かったですね!」


「……ああ。ミアが喜んでくれたなら、何よりだ。さてと……オレたちも食べようぜ。こいつは間違いなく美味いデザートさんだからな」


「イエス。では早速……おっと。カミラ」


「ふぇ?」


 いきなりキュレネイに名指しされて、うちの『吸血鬼』さんは驚いていた。


「どうかしましたっすか、キュレネイちゃん……?」


「団長に、餌付けするであります」


「……餌付け……?」


「イエス。あーんで、食べさせてやるでありますよ。北の旅では、そういうのが流行っていたであります」


「あ、ああ……だから、さっきも、そういうのしていたんすね……?」


「皆がやっているので、カミラも是非にやってみるであります。団長の第三夫人として、しておかないと……乗り遅れるであります」


「ええ!?の、乗り遅れる……って、何にっすか!?」


 まったくオレにも分からないな。


「流行でありますよ。さあ、ククルのスプーンにその座を奪われる前に、カミラのスプーンで凍ったヨーグルトで団長を餌付けするであります」


「ククルちゃんが『私』のポジションを狙っているの!?」


「ご、誤解です!!……そんな……だって、第三夫人のポジションはカミラさんのものじゃないですか……?」


「……うう、第三夫人のポジションは渡さないっすからね?……そ、ソルジェさま。は、はい、どーぞ!あーん!」


 よく分からないプレッシャーを感じていると言うか、たんにキュレネイのオモチャにされているだけのような気もするが……カミラが凍ったヨーグルトをスプーンでオレの口に近づけてくる。


 この流行はいつまで続くのか?……でも、アメジスト色の大きな瞳にのぞき込まれながら、せわしない動作で運ばれて来たヨーグルトは、とても良い味がした。しゃりしゃりしてて、甘みと酸味が爽やかで、冷たさが歯に気持ちいい。


 ……それに。カミラとはしばらく別行動だったからな。夫婦として、いちゃついておきたい気持ちもあった。キュレネイなりの気遣いなのか……あるいは、ただのオモチャにされたのか。どうあれ、オレはこのフローズン・ヨーグルトのおかげで幸せを感じていたよ。




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