第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その27
料理と酒を楽しみながら、ケットシーのマダムから有益な情報を手にして、さまざまな情報を手に入れていた。山賊たちの情報もね。
「……南部の荒野にいるのは、ドワーフの山賊どもだよ。あそこは昔、鉄鉱石の露天掘りをしていてね。鉄が採れたが……今じゃ鉱石も枯れ果てて、坑道だらけさ」
「……ダンジョン化して、モンスターが巣食っていたりしないのですか?」
バシュー山脈の『惨状』を思いながらだろう、ククルがマダムに訊いていた。マダムは首を横に振っていたよ、大げさな素振りでね。
「いいや。あのガサツな連中も、自分らの『家』ばっかりは守っている。地上は暑いからね、ドワーフどもは穴蔵暮らしさ……まあ、幾つかは荒れ果ててモンスターが住んでいたりする場所もあるだろうし、山賊の穴にはモンスターがあえて放されているとか?」
「番犬代わりということか」
「そういうことさね。坑道の中に逃げ込まれたら、帝国軍もお手上げ状態だよ。ただし、ヤツらはドワーフらしく、自分たちの縄張りの内側に引きこもりがちだ」
「……近寄らなければ、安全ということっすね……?」
「そういうこと。ヤツらの縄張りにさえ迷い込まなければ、まず襲われることはない」
「……他には、どんな山賊がいるんだ?」
「東部には、私たちの種族である、ケットシーの山賊が出るね」
「『カナット山脈』を大きく東に迂回して、『アルトーレ』方面に向かうルートに出るわけですな」
「そうだよ、巨人族のお兄さん。『アルトーレ』からは、帝国商人が撤退しちまったらしいけどね?……あんまり悪口言うと、帝国人に通報されちまうから、本音は言わないことにしておく」
「……賢明だよ」
ここは帝国人に占領されている土地だからな。一般の商人である彼女が、あまり帝国の悪口を言うと帝国兵にしょっ引かれるかもしれない……だが、亜人種たちの暮らしが保たれているのは、アインウルフの影響なのだろうか?
……あるいはメイウェイ大佐とやらの考え方なのか……。
「『ガッシャーラ山』の北側にはね、エルフ族の山賊がいる」
「山岳地帯であるからな、私たちのような弓を使えるエルフの戦士にとっては、自分たちの力を見せる最高の環境だな……むろん、山賊行為など言語道断だが」
「……あはは。たしかにね。連中は『ガッシャーラブル』の出身者が多い。残酷さは少ないが、盗みの腕は一番さ」
「農家継ぐのがイヤで、グレちゃうパターンの子たちっすね?」
「そういうこと。ブドウの収穫時期には、山賊を休業して実家の手伝いに来ている子もいるよ」
「あー。あるあるっすよねー」
カミラの地元でも、そんなことがあったらしい。山賊を休業して農園を手伝いに来るのか……何だか、変な連中だが、そういうこともあるわけか。遠い目をしながら、カミラはフルーツ・ジュースをゴクリと飲んでいた。
「近所のバカ兄弟のヒトが、そんなことしていたっすよ。秋になると山賊やめるんすよ。収穫が終わると、山賊に戻っていくんですけどね……」
「あはは。まあ、ここらの山賊は残虐さが少ないからねえ」
「……残虐な山賊もいるわけですわね?」
グラスに注がれた赤ワインを見つめながら、レイチェル・ミルラが問いかける。
「……もちろんさ。どの山賊にもクズはいるが……特別なのは『イルカルラ砂漠』をうろついている、人間族の山賊どもさ。ヨソ者も多く参加していて、『メイガーロフ人』に対して容赦なく残虐だよ」
「砂漠を行く商隊を襲うわけですわね?」
「それもあるし、砂漠からも抜け出して、あちこちを襲ってくるんだ。コイツらは『ラクタパクシャ』と名乗っている連中だね」
「らくた、ぱくしゃ……?」
「『赤い翼』……まあ、ヤツらとしては『血塗られた翼』……みたいな意味で使っているみたいだけどね」
「ほう。そいつは物騒な響きのある名前だな」
「物騒だよ。なにせ、ヤツらは秩序だった存在じゃない」
「悪人にも流儀や秩序があるものだがな、不文律の掟のようなものが……」
そういうものから逸脱した存在は、本当に危険な連中だ。刹那的で攻撃的で、血に飢えて欲望の限りを尽くす……。
「『ラクタパクシャ』は、商隊どころか村や街も襲うことがある。残虐なヤツらだよ。砂漠の東部にいるし、他の山賊の縄張りさえも荒らす」
「……生粋の残酷集団ってことか」
「そうだね。ほとんどは『メイガーロフ』出身の人間族の荒くれ者どもだけど。帝国から逃れてきた犯罪者だとか、傭兵崩れ、脱走兵なんかも合流しているみたいだ。かなり腕が立つ山賊で、とにかく『メイガーロフ』の恥さ!」
他の山賊たちに比べて、一切の愛着を『ラクタパクシャ』には感じていないようだ。
北にはエルフの盗賊、南にはドワーフの盗賊、東にはケットシーの盗賊、砂漠の東側には人間族の盗賊……色々といるようだが、『ラクタパクシャ』は残酷さが飛び抜けているわけか。
……そいつらとは組めそうにないな。『メイガーロフ人』の敵であるようだし。
「……『イルカルラ血盟団』というのは、どこにいるんだ?」
「……彼らはその名の通り、『イルカルラ砂漠』を根城にしている。でも、彼らは山賊ではないよ」
「反・帝国組織か」
「……そうだね。ちょっと小声で話すとしよう」
「……『営業妨害』になるか?」
その可能性を考えて、今まであえて訊かなかったのだが。ハナシの流れに紛れ込ませるように装ってみたつもりだが、効果は薄いかもしれない。帝国人の支配する土地で、半・帝国組織について話すことは、亜人種にとってどれだけのリスクになることか……。
「まあ……ね?」
時刻はすでに4時半を過ぎている……ティータイムは終わり、客たちもほとんどいなくなっているな。マダムはそのわずかな客層を確認した上で、オレたちのテーブルの反対側に座ってくれた。
「……『イルカルラ血盟団』、彼らはその名が全てを表している。『イルカルラ砂漠』にいる反・帝国組織。砂漠は誰にでも平等に厳しい、『ラクタパクシャ』があんな場所に居座るのは、砂漠を天然の要塞として使って隠れるからであり……」
「血盟団も同じってことか」
「ああ。そうなるね。帝国人だって、砂漠で彼らと追いかけっこなんてしたくはないだろう?……騎兵の天才、アインウルフはもうこの地にはいないんだ」
「……『メイガーロフ武国』を滅ぼしたとき、ヤツは砂漠をも攻略したということか」
さすがというかな。馬に砂漠を突破させやがったわけか。自信家のアインウルフなら、死ぬかもしれない砂漠に対しても、馬を信じて迷うことなく突っ込んで行けたわけだ。マトモなヤツじゃない……その行動を読めなかったから、武国は敗北したのかもしれんな。
マダムがオレを見る。ブラウンの瞳には、値踏みするような商売人の光が輝いている。
「彼らと接触したいということかい、旦那は?」
「……オレたちの人種構成を見て、帝国と仲良しな集団だと思うか?」
「……いいや。じゃあ、その逆ってことかい?」
「……ああ。詳しくはお互いのために言わないでおくけど、そういう志を持ってはいる」
「……何となく、分かったような気になっておくよ」
「それがいい。あまり深入りしない方がいいさ」
「分かった……だから、私もちょっとした与太話を喋ることにするね」
「……どういうハナシだ?」
「2ヶ月ほど前に、この『ガッシャーラブル』の街にある帝国軍の基地に、捕らえられた血盟団の戦士が運び込まれたんだよ」
「……ふむ、興味深いな」
「でも。そいつはどうやってか、警備の厳しいハズの基地を抜け出したのさ。そして、そのまま行方をくらませた」
「どこに消えたんだい?」
「私は知らない。でもね、世の中はフクザツだけど、時には単純だったりもするだろう?……私たち『メイガーロフ人』はね、一族の結束を重んじるものさ」
「……頼るべきは血縁か」
姉貴と甥っ子、そういう連中と殺し合ってまだ日が浅いオレには、その至極一般的な考え方が、心にザクリと突き刺さる。しかし、良いヒントだ。
「……じゃあ、マダム。ちょっとした『観光』についてのアドバイスをくれるかい?」
「……ああ、どんなことでも訊いておくれ?」
「……『太陽の目』の連中と、少しばかり話し込んでみたくなったんだ。知的なお兄さんは、現地の宗教と政治について、研究してみたくてさ……?」
「……それなら、夜の十時にでも巨人族のお兄さんと一緒に、街の北東にある『カムラン寺院』に行ってみるといい。お祈りの時間だ。『蛇神の敬虔な信者』である巨人族は、『全員』、その時間帯には集まって来るものさ」
マダムはそう言いながら、ニヤリと笑っていたよ。そのままの意味だろう、夜の十時に『カムラン寺院』に行けば、会えない巨人族はいないってことさ。
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