第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その15


 戦いの後を残す『アルトーレ』が、ゆっくりと遠ざかっていく。ミアとオレは前向きなことを話すことに決める。


「ブドウの産地なんだよね」


「ああ」


「食べられるかな?」


「んー……七月のド頭だしな。まあ、品種によれば食べられるかもしれない。かなり暑い土地らしいし、『内海』の温暖な風も入る」


「楽しみ!」


「干しブドウとかもあるかもしれないな」


「だとすると、ブドウ尽くしだね」


「ククク!いい響きだな。肉も食べたいところだが……何があるのかな」


「砂漠のお肉……ラクダかも?」


「ラクダか……ハナシには聞くが、どんな味だろうな」


「楽しみだねー」


「ああ」


 食い意地の張ったハナシが出来るってのも、健康の証だな。昼飯よりも移動を優先したからな、晩飯は豪華に行きたいトコロだった。クッキーは小腹を満たしてはくれるものの、昼飯代わりとするには、ちょっとボリュームが不足しているからね。


 ……晩飯は、その反動でガッツリと食べたくなるだろうよ。美味いレストランに出逢いたいところだな。


 南へと向かう飛行は、やがて急峻な山の連なりと出会う。大陸中央部を南北に走るバシュー山脈の南端から、西に位置する山脈系。『カナット山脈』だな。


 西から大陸流中央部に抉るように入り込む『内海』の北に位置し、およそ1000キロほど東西に向かって走る山々だ。その西端部は高山が十字を描くように配置している。


 おかげで、『アルトーレ』からの商人が『内海』へと向かうには、この十字の山脈を大きく東に迂回するコースを取るか、『メイガーロフ・ルート』が使う方法があるわけだ。


 『カナット山脈』は想像以上に険しい山地のようだ。のっけから1000メートル近い山が幾つもある。山肌には森林が生えているな。坑道だらけでモンスターの巣窟、バシュー山脈に比べれば、基本的に緑が豊富で……それだけに道の危険度も増しているな。


 獣に、モンスターに、山賊などの犯罪者。深い森はそれだけで危険が増える。山道であるというのならば、なおさらのことだ。


 ……森の間を蛇のように走る街道を見つけた。『メイガーロフ・ルート』につながる道の一つだろうが、その道は険しさを感じるな。


 山々の上空を飛び抜けながら、森のなかにある幾つかの小さな町や村を見つける。牛と羊の群れが見えたよ……ニワトリもいるだろうが、さすがに上空からは見つけられなかった。


 しかし、『カナット山脈』の北側にその家畜たちがいるということは、南側にも同じような家畜がいるのだろうか?


 高山地帯では、羊やヤギを飼うというハナシは多くあるからな。羊毛や羊皮紙、角笛、チーズ。そういう品に化けるからな、不毛の土地にはいい家畜なんだよ。ガルーナも、けっこういたな、羊。


『……あ。『まーじぇ』!みてみて、おおきな、みずうみがあるよー!』


「まあ。本当ね。とても美しい湖だわ」


 山と森に囲まれた、標高の高い土地に大きな湖があった。その水源は『カナット山脈』だろうな。雪解け水が注いだり、山肌に染みた雨が時を経て湧いて出ているんだろうな。


「山脈の北と南で、大きく自然環境が違うんですね……まあ、標高の平均が高くなれば、もっと、荒涼としてくるのでしょうけれど……」


 ククルが自然の不思議に触れながら、ふーむと唸っていたよ。


「私の知っている山とは、常識が色々と異なりそうです」


 たしかに、彼女の故郷であるバシュー山脈のレミーナス高原の湿地帯と比べて、『カナット山脈』は趣きが大きく異なっているからな。バシュー山脈の双子山脈に囲まれたレミーナス高原には、豊かな水源が確保されていた。


 『カナット山脈』の南側は、砂漠化した高原と、『内海』へと向かう傾斜した荒野というハナシだ。


「水源となる山脈と、雨の元となる海。その二つに囲まれていて、乾くんですね……北側のように、自然が豊かになりそうな気もしますが……」


「そう言われると不思議っすよね?」


「はい……ガンダラさんは、何か知っていますか?」


「……そうですね。乾いた土地は、地面が熱いものです。一度、乾き果てた地面は、昼間は炎のように熱く、夜は氷のように冷たくなります。植物が生えやすい土地ではなくなるのでしょう」


「……なるほど。植物が生え変わるサイクルが破綻して、悪循環になった」


「ありえると思います。かつては、『メイガーロフ』も、山脈の北側のような植生があったのかもしれないですな」


「うむ。森が絶えることもある。ヒトの欲望は大きいからな……一度乾けば砂が生まれ、『内海』からの強い風で砂が舞い暴れるようにもなる……砂は草木の新芽を埋めてしまうこともある。強い試練を与えすぎれば、強い植物も枯れ果てる」


「……リエルさんは、『メイガーロフ』の乾燥が、ヒトの開発のせいだと考えているんですね」


「……そうだな。ヒトが全ての原因となっているとまでは言わないが、森があってもおかしくない土地に、森が存在しない理由は、ヒトがそこに王国を築いていたからだと思う。ヒトは、否応無しに森を消費してしまうからな。森の潜在的な強さを、エルフ以外は考えない」


「『森の潜在的な強さ』……森のエルフ族らしい考え方だと思います。そういう感覚を大事にしているんですね、リエルさんたちは」


「ああ。森と共に生きるには、森がどれほどまでにヒトに耐えられるかは、考えておくべきだからな」


 ……教訓深い言葉だったな。ヒトの欲望が砂漠を招くか。


 森ってのは、木の固まりだ。建材にもなるし燃料にもなる……そして、獣やモンスターや悪人どもの巣窟になるし、移動にも邪魔だったりする。貿易で栄えた国においては、割りと伐採が進むことがあるイメージだな。


 ルード王国も、けっこう乾燥した荒野が多かったりするしな。ヒトってのは、環境を作り変えてしまう。リエルの説は、あながち間違いじゃないかもしれない。


 ……まあ、オレとしては、ヒトの開発ってものにプラスして、上空を走る強い西風が乾燥を呼んでいるような気もするがね。風ってのは、上がれば下がるものだから。『カナット山脈』の南の風は上昇気流が強く、北は下降気流が強いんじゃないかとな。


 そうなると雨量は逆転する。南は枯れて、北にはよく降るようになったりするもんだ。色々な条件が重なって、『メイガーロフ』は乾いて行ったのだろうさ……。


「……レイチェル。皆が難しいことを話しているっす……自分、ちょっとついて行けてないっす」


「ウフフ。素直な子ね、カミラ」


「……自分。田舎者っすから。あんまり学校とかも行かずに、どちらかというと畑仕事ばかりしていたっすよ。数学とか歴史とかしか、習っていないっすー……」


「『人魚』も学校とかはないわね。長老たちから知恵を語り継ぐことが学びでしたわ。人間族特有の施設なのかもしれないですけれど、学校という仕組みは効率的で良さそうですわね」


「……私たち巨人族も先輩諸兄からの口伝でしたな。学問は、大人になってからでも幾らでも出来ますよ。本を読むといい」


「……えー。恋愛小説ぐらいしか、読めないっす」


「そうですわねえ。ガンダラの勧める本には、ヒトが一人だって出て来ませんもの。愛が無い物語は、ページまでもパサパサしているように思えますのよ」


「分かるっす!」


「……小説以外の書物に触れることで、知識はより蓄えられますからな」


「……勉強、難しいから、イヤー……でも。カーリーちゃんにアホ扱いされると悲しいから……ミア、難しい本も、がんばって読む!!」


「良い心がけですな。ですが、ミアはまだ子供。難しい本よりも、基礎の学力をつけるために、古典的な小説を多く読むといい」


「そうなの?じゃあ、そーする!」


「……難しい本は、どちらかと言えば大人の猟兵たちにこそ、読んでもらいたいものでしてね。勉強しなければならないのは、子供だけではありませんからな」


 ……耳が痛い言葉だったよ。オレみたいなアホ丸出しの大人からすると、難しい本をもっと読めと言われるとプレッシャーになるぜ。


 だが、知識があって悪いコトはない。人生をより深く楽しめるコトにもつながるかもしれないし、オレも読書量を増やしたいところだぜ……ああ、でも。難しい本より、娯楽小説が好きだな、本音を言えば。




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