第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その16


 毎日、難しい本を少しずつでも読めばアタマに良いのだろうが、何故だかその分かりきったコトを実践するのが難しいと来ている。


 武術の鍛錬に比べれば、体力の消費も少ないというのにね……ヒトってのは堕落するように作られているらしい。


 ……物思いに耽ることになりながらも、ゼファーの翼は順調に空を叩く。南に南へと進みにつれて、『カナット山脈』の標高は右肩上がりに高まっていき、森の木々が少なくなっていく。


 背の低い雑草の絨毯が広がっているな。山羊飼いの少年だったら、思わず昼寝したくなるに決まっている、美しい光景だったよ。


 今日はよく晴れてもいる。ピクニックとかに向いている草の海原を見下ろていると……いよいよ大きな山が見えて来たな。


 植物の存在しない赤みがかった灰褐色の山肌だ。幾つかの山が合わさるように融け合って、ひとつの巨大な山になっている。


「あの山、大きいでありますな。つまり―――」


 キュレネイの声を継ぐようにして、オレの口は動いた。


「―――ああ。あいつが『ガッシャーラブル』のある、『ガッシャーラ山』ってヤツだろうよ」


 『ガッシャーラブル』という街の名の語源は、『ガッシャーラ山』にあるからってことらしい。『メイガーロフ』の言葉では、街ってのは『ブル』なのかもしれない。麓とかの意味かもしれないが……。


「……大きな山だ。地元住民から尊敬や崇拝を集めていそうだな。少なくとも、街の名にするぐらいには」


「イエス。きっと、そうだと思うであります。なにせ、他の山と比べて、親玉感が違うでありますから」


「……『親玉感』っすか。すごくピンと来るっすねっ!」


 たしかに、言い得て妙かもしれない。他の山に比べると、やはり『ガッシャーラ山』は大きい。標高3000メートルぐらいはあるかもしれないな。そそり立つ巨大な岸壁は、ガルーナ人の登山欲を掻き立てて来やがる。


 ああいうものを体力任せに登ってみたくなるのが、野蛮人の血というかね。過酷な登山を達成すると、その山を己の力で征服した気持ちにひたれるんだよ。


「あの高さになると、ブドウ畑は無いようですわね」


「みたいだな。さすがに寒すぎる。他よりは1000メートル以上は高い。祠みたいなのはあるかもしれないが、それぐらいのもんだろう」


「なんだか赤みがかっているっすね?」


「鉄鉱石が含まれているのかもしれません。酸化した鉄、つまり錆びの色ですね」


「……ふむ。『メイガーロフ』は鉄も採掘することが出来るのであろうか?」


「はい。『カナット山脈』の鉱物資源は、バシュー山脈と同じぐらいはあるかもしれません……隆起して乾燥した地形は、森が邪魔をしません。鉱脈を見つけやすいですから」


「その鉄で武器を作り、『メイガーロフ武国』を建設したのかもしれませんな。巨人族の奴隷たちが作った国です。巨人族用の武器を、他国から買うのは難しい」


「お金がないから、自分たちで作るしかないということっすね」


「ええ。貿易などで稼いだ金で買った可能性などもありますが……鉱物資源を確保することが出来るのならば、輸入するより自作した方が安くつくでしょう」


「……ブドウに鉄に、想像していた以上には悲惨な土地ではなさそうだぜ」


「帝国がこの土地を欲しがった理由には、そういう事情もあるのかもしれません。交易路として、魅力的な産物を生産する土地として……経済的な価値が、世間で知られているよりも大きかった」


 ……山賊たちが複数いるのも、その利権があるからかもしれんな。帝国軍にも簡単に滅ぼされることのない山賊……過酷な『メイガーロフ』の環境に適応しているというだけでは、説明が難しい気がする。


 役人や兵士を買収したりして、軍の動きの情報を仕入れるぐらいの資金源があるってことかもしれないな。


「金が無ければ、戦ってのはなかなかやれないものだ。略奪以外に手早く金を手に入れる手段はないが、盗品の販売ルートってのも確立している必要もある。『アルトーレ』にいるシャーロンたちからの情報を待ちたいところだな」


 盗品であろうが、金に換えられる商品であれば……商人たちは受け取るだろう。非正規の品物であれば税金もかからないわけだから、二倍儲かるようなものだ。『アルトーレ』は大きな商業都市だった。


 帝国商人は逃げ去っているかもしれないが、帝国商人に『メイガーロフ』の山賊たちの盗品を運んでいた『仲介者』みたいな連中は、この土地に根付いているだろう。ルード商人たちにも、山賊たちの盗品を売りつけようとする可能性はあるさ。


 ……元々、亜人種系の犯罪組織だろうからな。『自由同盟』は亜人種が多いんだ。むしろ今まで以上に接触しやすさが増した、そう考える『欲深い犯罪者』もいるかもな。帝国人が去ったからといって、悔い改めてマトモな仕事を始めるような輩じゃないだろう。


 オレの考えているようなことは、いつだって賢い巨人族のガンダラには看破されているもので、今日もそうらしい。


「……ええ、シャーロンは我々に有利な情報を伝えてくれるでしょう。ルード商人に『メイガーロフ』の山賊たちの盗品や……あるいは、出所不明の鉄鉱石などを売りつけようという怪しげな接触があるでしょうからな」


 ……やっぱり、見抜かれていた。オレの浅知恵など、ガンダラさんの前にはこんなものってことさ。


 だが、ハナシが早くていい。さすがは副官一号だよ。


「オレたちは武器不足だからな。戦士の数も、武器の数も足りちゃいない。今まで以上に山賊たちが略奪した品が、『アルトーレ』に流れて来るはずだ」


「……ふむ。盗人どもと馴れ合うのか?……あまり好ましい状態ではないと思うぞ」


 マジメなリエル・ハーヴェルが、オレの右肩に細いあごを乗せるようにしながら、耳元に語りかけてくる。彼女の『正義』は潔白なのだ。それだけに、倫理観の面では間違いを犯すことはない。


「悪人は、誰かを苦しめて稼ぎを得るモノだ。『メイガーロフ』の山賊たちも、帝国軍相手ばかりを獲物としているのではなかろう……?」


 庶民の血も流されている。善良な山賊など、確かにこの世に存在しちゃいないだろうよ。


「……そのあたりも含めて、シャーロンは調べてくれるさ」


「そうか?」


「必ずな。組むべき義賊ならば、協力を模索しよう。そうでなければ、利用して潰すだけのことだ」


「……うむ。それならばいい。だが、あいつに可能な調査なのか?……白黒ハッキリつけることを、好むような種の男でもないような気がするが……」


「大丈夫ですよ、リエル」


「ガンダラ……」


「心配しないでください。我々の同僚、シャーロン・ドーチェにも倫理観というモノは存在しますよ」


「あの変態に、倫理観だと……?」


「……ええ。下品なところもありますし、悪人のようなところもあります。目的のためには私たちにも嘘をつくことさえある」


 ……猟兵だし、ルード王国のスパイでもあるからな。ルード王国の国家機密や安全保障に関わるような情報を、そう簡単に話すことはない。でも、疑ったことはない。結果的には、オレたちの得になるように動くさ。猟兵、シャーロン・ドーチェはな。


「……真実を語れぬ男だぞ?」


「ええ。ですが、それだけに器用ではありますよ。悪人からでも情報を聞き出させる」


「む。そうだな……そこは認めるぞ」


「彼ならば、真の悪を識ることも叶う。山賊の性格を分析し把握する作業について、今ここにいる我々の誰よりも、シャーロンは上手くやるでしょう。場合によれば、我々では選べぬ苛烈さを用いてでも、『正義』を成しますよ」


 組むべきまでもない悪人ならば、シャーロンはオレたちに報告する前に処分するかもしれないな。


「シャーロンを信じろ。上手くやるさ」


「……ソルジェとガンダラが言うから、そうしてやることにする」


「我々には、情報があまりにも足りません。後方からの支援もあてにしながら、我々も現地での情報収集を行いましょう……まずは、あの『ガッシャーラブル』からです」




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