第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その13
女マフィアの貴重な助言を受けて、オレたちはヴェリイの屋敷を抜け出した。新たな鎧を身につけたゼファーは、長い尻尾を嬉しそうにくねらせながら、オレたちを待ち構えていた。
『えへへ!『どーじぇ』、『まーじぇ』、みんな!しゅっぱつするの?』
「うむ。出発するぞ、ゼファー!」
『そっかー。じゃあ、はやく、ぼくのせなかにのってー!』
人懐っこく甘えるような声を使い、地面にぺたりと伏せたゼファーは背中に猟兵たちを誘うのさ。背中の装甲には、新たに座席が取りつけられていた。乗りやすさの向上だな。8人が乗ることになる。なかなかの大所帯だ。とくにガンダラは常人の二倍はデカいし。
ミアが青いマントと共に華麗に走り、ゼファーの首のつけ根にピョンと跳び乗る。
「首のつけ根の鎧も、お尻が痛くないように魔獣の革が貼ってある!」
『そーなの。よかったー。ぼくのあたらしいよろい、たきのうだー』
鎧が褒められるのがたまらなく誇らしいようだ。尻尾はますますくねくねモードだぜ。ああ、喜ぶ仔竜を見ていると、猟兵たちの顔がほころぶし、見送りに来ていたヴェリイも鼻血モノの歓喜を現していた。
「ホントね!さすがは、『ヴァルガロフ』で一番の鎧職人たちの仕事だわ!ゼファーちゃん、ますますいい竜になったわね!」
『うん。う゛ぇりい。おにく、おいしかった。『う゛ぁるがろふ』は、ほんとーに、よいところー!』
「そんな評価をもらえるなんて、滅多とないことね!」
そうだろうな。『ヴァルガロフ』って荒れ果ててる。四大マフィアが支配する不道徳極まる街だしね。まあ、嫌いじゃない。むしろ、ゴチャゴチャしている様子が、オレとしてはワクワク要素だったりする。
……夜店の鶏肉とか、地下の闘犬酒場とかに、また足を運びたいものだが―――それはまた別の日だ。
猟兵たちは次々にゼファーへと乗って行く。ククルは、ゼファーの成長に気がついたようだな。
「本当に、この短期間で一回り以上、大きくなっていますね……竜って、スゴい動物なのね……長老がいたら、研究したがりそう」
『うん。ぼく、おおきくなったんだよ、くくる。くくるも、おおきくなった?』
「え!?……わ、私は中程度のカップ数のままですけど!?」
「成長しなくても、それなりにあるから良いでありますな……ザトー家は、姉妹そろってまな板さんですぞ」
いつも表情が変わらないけど、今のキュレネイは真顔だと思う。オレのなかにあるエルゼ像に、貧乳の要素が加わっていくのが分かる。アレも脳改造の後遺症なんだろうけどさ、魅力的な微笑みを絶やさない……というか、笑顔しか浮かべられない美少女なんだが。
……キュレネイがあんまり貧乳アピールするせいで、ニコニコと貧乳のイメージが固まっていく。マジメで優秀でいい子なんだがな……。
貧乳のキュレネイは、中程度の胸を持つククル・ストレガに背後からガシッと抱きついていた。
「きゅ、キュレネイさん?」
「……おっぱいを、吸い取っているであります」
「えええええええっ!?『ゴースト・アヴェンジャー』って、そんなことが可能なのですかっ!?」
賢いけど世間知らず。それがオレの可愛い妹分の1人、ククル・ストレガである。
魔女アルテマの知識を部分的に継承しているハズだが、バシュー山脈の頂上にある『メルカ』へ千年も引きこもっていた後遺症だろうな。
「そーでありますぞ。『ゴースト・アヴェンジャー』と『吸血鬼』は、他者のおっぱいを吸い取るパワーを持っているのであります」
「ひええええええええええええっ!!?」
「ちょっと、キュレネイちゃん!!自分を巻き込まないでくださいっすよう!?」
「こ、恐い。『ゴースト・アヴェンジャー』と『吸血鬼』恐いです!?」
「フフフ。さあ、恵まれない私に、おっぱいを寄越せばよいであります」
「ひゃああああ!!ち、力が強い、技術でも、勝てない……っ!?」
キュレネイは体術の達人だからな。身体能力が高い『メルカ・コルン』であるククルでも、タコのように絡みついたキュレネイの両腕からは逃れることは出来なかった……。
「もっと、私よりもおっぱいが大きいヒトから吸い取ってくださいよう!!私みたいな凡庸なおっぱいを相手にしないでえええ!!」
何だかパニック状態だな。涙目になっている。変なとばっちりを受けたカミラ以外、皆、面白がっているようだしな……冷静なハズの副官一号さまは、目が笑っているよ。ここはオレが助け船を出してやるとしよう。
「安心しろ、ククル。『ゴースト・アヴェンジャー』にも『吸血鬼』にも、おっぱいを強奪する力なんてない」
「ふえ!?」
「……キュレネイに騙されているだけだ」
「ほ、本当ですか、キュレネイさん!?」
「……フフフ。バレてしまったようですな。じつは、そうなのであります。『ゴースト・アヴェンジャー』におっぱいを吸収するような力があったとするのであれば…………こんなにまな板なハズ、無いでありますぞ……?」
「ま、真顔で言わないでください……っ」
「イエス。少々、怖がらせてしまったようでありますな。ククルが可愛いので、どうしてもからかいたくなるのでありますぞ」
「か、可愛いですか……やっぱり?」
……やっぱりと言ったな。いや、美少女さんの一員だけどね。目は大きくて可愛らしいし、黒髪はストレートでサラサラしている。日焼けも健康的な感じで愛らしいぜ。でも、あまり自分で可愛いとか言うと、あざとい子とか思われるちまうかもしれんぞ。
「イエス。許してくれるでありますな?」
「え、は、はい。だって、可愛いから……しょうがないですよね!」
「……チョロいであります」
「え?」
「何でもないであります」
……ククルは、キュレネイのいじりターゲットになる要素を含んでいるな。マジメなんだが、ドジというか天然なトコロがあるらしい。
兄貴分として、妹分の新たな一面を再確認するってのは、良いことだな。よりククルのことを知れた気がするよ。
……まあ。
思えば、ドジなトコロもあるにはあったか。敵に操られていたりもしたしな……そういう点も含めたとしても、可愛い妹分だ。
「……ふー。でも、焦りました。カミラさん、すみません。パニックになって……カミラさんのおっぱいが、他者のおっぱいを強奪した偽りの巨乳なのかと思ってしまい」
「こ、コレは自前っすからね!?ほ、本当に、吸い取ったおっぱいとかじゃないですから!?」
「は、はい。分かりました」
「……うう。ソルジェさま、自分のおっぱいは、天然モノっすからね?」
「ああ。オレはよく知っているぜ」
「え、えへへ。そうですよね、ソルジェさま!」
「……ほら、カミラ。ゼファーに乗れ」
「はい!」
元気さを取り戻した金髪ポニーテールなオレの『吸血鬼』さんが、ゼファーの背中に軽やかに跳び乗った。そう。『吸血鬼』ってのは、『闇』属性魔術による肉体強化とか、『コウモリ』に化けるとか、あと敵の攻撃魔術を吸い取って無効化したりするだけさ……。
……伝承には、若い娘の美貌を吸い取るとかあるけど。そういうのはデマというか、作り話だろうよ。血を吸って魔力を吸収することも出来るけどな。偏見は良くないことだ。『狼男』なんて、凶暴さの欠片もないキノコとかサラダ好きの人見知りだしね。
『ねえ、『どーじぇ』!』
「ん。ああ、オレが最後か。じゃあな、ヴェリイ!」
「ええ。行ってらっしゃい、皆。私たちゼロニアと、『パンジャール猟兵団』の『未来』のために、がんばってね!」
「全ての人類のために、オレは尽くすつもりだぜ」
「カッコいいわ。その大義に、私たち『アルステイム/長い舌の猫』は、敬意と影ながらの力を捧げる……情報戦のフォローは任せて。いい?……私たちの力は情報集めだけじゃないわ。『偽情報』を敵に与えることも出来るの。活用してね」
「……そうだな。『アルステイム/長い舌の猫』……君らの力も、使わせてもらう。アイデアは、ガンダラが何かを思いついてくれるだろう」
「……ええ、がんばりますよ。すでに、幾つかの嘘を流してもらっていますが……今回の戦いでも、あちらの状況さえ把握すれば―――『偽情報』も使えるでしょうな」
「期待している。さてと」
ゼファーの側に歩き、リエルとミアのあいだに跳び乗った。うむ。本当に魔獣の革がケツにやさしそうだ。よくなめされていて、硬さが少ないな。いい革だ。
「ゼファー!!」
『うん!!それじゃあ、いくよ、みんな!!』
漆黒の翼が、力強く広げられた。新たな黒ミスリルの鎧が、太陽の下で煌めいている。ゼファーはその様子を金色の横目で見て、アーレスみたいなドヤ顔を浮かべるのさ!
竜の爪が大地を蹴りつけて、その巨体が流れるようにゼロニアの荒野を加速していく。翼を風の下に招き入れながら、北からの風を見つけたゼファーは、その風を強く打ちつけて空へと舞い上がる―――。
一瞬で、20メートルは上空に飛んでいた。ゼファーは力強さを増している。新たな鎧を身につけて、心も勇んでいるしな……何よりも、壊れかけの鎧を気にして、制限していた力を解放したのも大きい。
「……いい羽ばたきだぞ、ゼファー」
『えへへ!……『どーじぇ』、みなみにむかうんだね!』
「ああ。行こうぜ、ゼファー。『メイガーロフ』へ……まずは、その北部地方の街、『ガッシャーラブル』だ!!」
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