第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その12


 オレたちの会議が終わりを向かえた頃、沈黙しながら会議の経過を見守ってくれていたガンダラがイスから立ち上がった。


「……さて。いい作戦会議でしたな。向かうべきところも決まりました。では、さっそくゼファーに乗って移動するとしましょう」


「……あら。もう行っちゃうの?お昼ご飯は?」


「せっかくですが、先を急ぐべきですからね。あちらに宿を探すにしても、野営するにしても、暗くなる前に決めておきたいところですから。むろん、団長の決定が全てですが」


「そこまで言われて、オレがお前の意見を聞かないわけがないだろ?」


「ええ。私は合理的な状況判断をしているつもりですからな」


「……ということだ。ヴェリイ、羊料理を食べたくもあったが、先を急ぐとするよ。ラナとアレキノによろしく伝えておいてくれ。二人の『予言』があったおかげで、姉貴に殺されずに済んだと―――それは、子供には刺激が強い言葉かな?」


 自分の実姉に殺されかける。あまり子供たちに聞かせるべきような話題ではない、そのように思えてならなかった。


「うん。脳と心に傷を負っているあの子たちには、刺激が強すぎるかもしれないわ。二人のおかげで助かった、それだけ伝えれば十分よ」


「……ゼファーも、あの子たちに会いたかっただろう。友だちだからな」


「ええ。でも、しかたがないわ。次の機会を待つことにする。きっと、遠くはないでしょうからね」


 期待と不安の入り交じる瞳になりつつ、彼女は微笑んでいた。悲観主義者の素養があるヴェリイ・リオーネは、ゼロニアに……『ヴァルガロフ』に帝国軍が進撃して来る可能性に怯えてもいるようだ。


「安心しろ。何かトラブルがあれば、すぐにゼファーと共に駆けつける」


「……ヴェリイ・リオーネ。『自由同盟』の、ザクロア軍が『ヴァルガロフ』に近づいていることをお忘れなく」


 そうだったな。アリューバ海賊騎士団と、『バガボンド』が東に進んだおかげで、それらを警戒していたザクロア軍も東へと進んでいる。ルード、グラーセス、ハイランドの各国の軍が蹴散らしたのは大きな都市がメインだ。


 ザクロア軍は三国の軍隊が取りこぼした小さな町や村を制圧しつつ、こちらへと向かってくれている……潜伏している帝国兵や、山賊化した帝国兵を始末することで、治安を安定させ、『自由同盟』の秩序を広げながらな。


「……知っているわ。でも、ザクロアには友人がいないもの」


「気さくなヤツも多いよ」


「……ふう。でも、外国の軍隊っていうだけで、安心しにくいわね。どうしたって軍事同盟というのは、緊張感があるわ。信頼で成り立っているけれど……」


「まあな。絶対とは言えん」


 同盟を裏切るヤツらもいるのが現実だ。非戦闘員の受け入れだって拒み、虐殺を見逃すし……同盟を交わした王を背後から襲うようなこともある。


「貴方には、痛いほど分かってしまう懸念でしょうね」


「残念なことにな」


「……そうよ。けっきょく、国同士の約束なんて、嘘くさいものだわ。利益のためなら他人を裏切れるのがヒトだものね……だから、貴方たちを信じておきたい。とんでもなく強くて、私の大切な友人たちである、『パンジャール猟兵団』の猟兵たちを」


「信じていろ。『ヴァルガロフ』とオレたちは盟友だ。敵が攻めれば、必ず駆けつける」


「そして……貴方が取り戻すガルーナに敵が近づいた時は、『ヴァルガロフ自警団』が駆けつけてあげるわ」


「そういうことさ。オレも……ガルーナ奪還のためにも、そして奪還したガルーナを防衛し続けるためにも、力が要る。自国だけでは、間違いなく足りない」


「友情と、ギブアンドテイク。二つの絆で絡まっているのね、私たち」


「美人に言われると、耳心地の良い言葉だよ。オレたちを信じろ、ヴェリイ」


「ええ。少し不安が紛れたわ」


「そうか。不安を語ることで心が安らぐのならば、ニコロのヤツにも愚痴を聞かせてやればいい」


「……ええ?ニコロはすぐに謝ってばかりだものね……私みたいなネガティブなところがあるオトナの女は、そういう相手に対しては、どうにも八つ当たりっぽくなってしまうわ。あまり、愚痴を言うのには向かない相手よ、彼はね」


 ニコロ・ラーミアのキューピッドになってやるつもりもないが、彼の恋愛も過酷な道になりそうだ。劣等感というか罪悪感というか、背負うモノが色々あると恋愛感情はややこしくなりそうだしな。


「……ニコロ・ラーミアは好きではないであります」


 死者に鞭打つようなテンポで、ニコロの株を下げるような言葉を聞いてしまったよ。


 たしかに、ニコロは、キュレネイ・ザトーを『家出』させる原因の一つとなった男でもある。それに、ニコロからすれば『ルカーヴィスト』は因縁の相手で、その長であるエルゼのことにも良い感情は抱いてはいなさそうだったしな。


 ……ザトー姉妹からすると、ニコロ・ラーミアと仲良くなれという方が難しいかもしれない。


「……ヴェリイに忠実なだけな男だよ」


「そういうトコロが、マフィアの女からすると魅力に欠けるところだわ。下僕はね、男として見れないのよね」


「振られたでありますな」


 無表情ながらにも、どこか嬉しそうにキュレネイは語っていた。女子の恨みは尾を引くもんだな。


 しかし、下僕か。


 ……ニコロ・ラーミアに対する、率直な評価なのかもしれん。確かに、あのマジメで忠誠心のカタマリのような彼は、下僕と呼ばれる資格を十分に有してしまっているよ。


「……フフフ。でも、ニコロの悪口を言うと、心が軽くなって来たわ!」


 自称するほどの根暗さをヴェリイは持っているようだ。


「ソルジェくんとリエルちゃんとカミラちゃんと、他の女の子たちが泥沼の愛憎劇を繰り広げる様子を目撃することは出来なかったけれど……」


 彼女は悲惨な恋愛を好むフシがあるのを、強烈に思い出してしまう言葉であった。そうだった、悲惨な恋愛小説とか読むのが好きだったな、ヴェリイ・リオーネは。


「まったく失礼だぞ、ヴェリイ・リオーネよ。私とカミラ、そしてロロカ姉さま……それに、亡くなられたジュナ姉さまは、ソルジェと良いカンジで結ばれているぞ!」


「……リエルさん……っ」


 ククルが嬉しそうだった。姉であるジュナ・ストレガに対して、リエルが敬意を表していることが嬉しいのだろう。ジュナ姉さまね。いい呼び名だ。


「そうっすよ。自分たちは全員でラブラブっすもん。この間だって、四人でも夜を……」


「こ、コホン!!……ぐ、具体的なことは、言わなくてよいのだぞ、カミラ!?」


 夫婦4人の夜について発言しそうになっていたカミラ、その言葉を牽制するエルフさんがそこにいた。とても顔を赤らめながらな。


「……4人って。ホント、変な恋愛しているわね、あいかわらず……」


「お兄ちゃんたち、いつもラブラブだよ?」


「……え。ちょ、ちょっと、ミアちゃんに穢らわしいプレイを見せているの!?」


「け、穢らわしくなどないからして!?……そ、それに、見せたりするものかああああああああッ!?」


「そ、そう。良かったわ。あまり常軌を逸脱した恋愛をされているから、色々と気になってしまって……」


「愛の形は人それぞれってことさ」


「ちょっと便利に使い過ぎている考え方だわ」


「だが、そいつが真実だろ。オレたちがラブラブなら、それで十分さ」


「……たしかに、そうかもね。貴方たちが幸せなら、それは別にいいもの。でも、もしも泥沼の展開になったら、報告してね!……えーと、いいアドバイスするってことよ?」


 目をキラキラさせつつ、赤毛のケットシーは言いやがった。ストラウスさん家の夫婦仲の悪化を期待しているかのような表情だぜ……まあ、冗談半分だろうがな。女マフィアらしく、ブラックでビターなユーモアが好きなんだろうよ。


「……団長」


 懐中時計を大きな右手の中に掴んだガンダラが、短く急かした。さすがは副官一号さまだ。端的にすべきことを伝えてくれる。


「ああ。そろそろ行くとしよう」


「そうね。それじゃあ、いってらっしゃい、皆!……今回は、帝国との戦いだけじゃなく、あちらの山賊とも争うことになるかもしれない。悪人は、既得権益を手離そうとしないものよ。帝国軍にも滅ぼされていないほどの強度がある連中よ、気をつけてね」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る