第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その6


 ネガティブな情報を手にしてしまったな。『イルカルラ血盟団』は、オレの理想としているような集団では無いのかもしれない。少なくとも、『メイガーロフ武国』を故郷の一つと言い切る男が、そうではないと語ってくれている。


「バルガス将軍に、国内の武装勢力をまとめる力はない……そう言いたいんだな?」


「……断言するほどに、バルガス将軍を知っちゃいないけど。あの国を生きて来た商人の男としての意見では、そうなる……彼は、後ろ盾を失っているからな」


「砂漠の山賊たちは打算的なわけだ。メリットが保証されなければ、動かないか」


「……悪く言ってやるな」


「……ああ。すまない。君の故郷だったな、ジンダー。謝るよ」


「いや……たしかに、ワシの故郷は、善人ばかりの国ではない。恨みに支配され過ぎていて、大義を見失いがちなのかもしれん」


「……オレも故郷を失った口でな。恨みを忘れるようなヘタレは、むしろ嫌いだ。祖先の屈辱を忘れない。素晴らしい哲学だと思う。何せ、歴史は必ず繰り返す。今の敵は、百年後だって敵だろうよ。恨みを忘れないことは、最も合理的な行為の一つだ。次の戦に備えることになるからな」


「……戦士の発想だな」


「戦士だからな。そして、事実を語ってもいる。敵と仲良くなれるなど、非現実的な発想じゃある。君の故郷の哲学は、間違いなく正しい……だが、強敵の前には、敵とも手を組める柔軟さが欲しいところだな。そうでなければ、帝国には勝てん」


「……帝国に勝つ気なんだな、本気で―――」


 ジンダーはそのことに驚いているようだ。傷だらけの顔に、引きつった笑顔を浮かべていた。


 不愉快な気持ちになったか?……いいや、オレの目標は大きすぎるらしい。大陸の支配者にケンカ売るってのは、まして、そいつらに勝っちまおうってのは、ちょっと常識的ではない考えではあるからな。


 オレは非常識な存在さ。初対面の、ベテラン商人に理解してもらえるような存在じゃないだろう。


「―――ああ。本気で勝つ。そのために、全力で大陸中を竜で飛び回っている。不可能だとは思っていない。この9年間は負け続けて来たが、最近はようやく勝ちまくれている」


「そうみたいだな……でも、そいつは奇跡的なコトとは、思わないのか?」


「奇跡か。そうかもしれないが、そうじゃない部分もあるぞ」


「……たとえば?」


「帝国軍そのものの疲弊もある。十数年に及ぶ対外戦争に、疲れ果てているのさ。負傷兵は数多く、彼らの発言は政治力を持ち始めている……帝国の貴族や議会の思惑を超えて、自分たちの利益を確保しようと躍起になってもいる」


「負傷兵に対する保障が、軍費を圧迫しているか」


「栄誉ある軍人たちだし、何せ数が多い。政治家が無視するには、惜しい数だ」


「……政治力目当てに、議員どもは退役軍人と結託すると」


「そうだ。大勢の『新鮮な負傷兵ども』を帝国に送り返してもいるからな。ヤツらの治療費だけでも、相当な金が動くことになる……帝国の戦の目的は二つ、ユアンダートの人種差別政策による人間族の支持固めと、利益のための侵略だ」


「……利益の面では、行き詰まりも見えていると?」


「商人のアンタの意見はどうだ?……オレたち『自由同盟』の勝利は、ヤツらの経済に小さなダメージしか与えていないと思うかい?」


「……いや。たしかに、かなり大きいだろうよ。北海を使った貿易は崩壊したようだしな……北の軍港も、掌握したんだろ?」


「耳が早いな。そうだ。『ヒューバード』も、『ベイゼンハウド』も、北部の軍港も、帝国のモノじゃなくなった」


「北海の貿易や造船業に投資していた連中は大損をこいただろう。全て、おじゃんだ。まあ……反動もあるだろうがな」


「知っている。『取り戻せ』という圧力がかかるというわけだな」


 大損こいた連中が、必死になって軍隊に命じるさ。資金がいるというのなら、投資を惜しむことはないかもしれない。取り戻さない限り、損したままだからな。


「そうなるだろ?……それでも、戦うのかい?」


「ああ。反動が効果を出す前に、突き崩してやろうと考えている。この連勝を支えているのは、こちらの攻撃が同時多発的だからだ」


「……あちらの体勢が回復する前に、仕留めきるつもりって腹かよ」


「そうなるな。それ以外に、戦い方がない」


「……どこかで連勝が止まれば、『自由同盟』ってのは、脆いんじゃないか?」


「かもしれん。認める。だが、だからこそ、より多くの土地で帝国軍を打撃してやりたいんだよ」


「……『メイガーロフ』でも、帝国軍に勝つ気か」


「可能であればバルガス将軍に矢面に立ってもらい、『メイガーロフ人』を率いて欲しいんだがな……」


「彼では、そういう象徴にはなれないと思うぜ」


「ならば、誰なら、そういう立場になれるんだ?」


「…………利益を確約できる存在じゃないかね」


「山賊どもに、利益をか」


「そうだ。彼らは大義よりも、利益に命を捧げるだろうな……自分の故郷ながら、恥ずかしくも思うが。そういうヤツらが多い。どいつもこいつも、利己的なんだよ」


「……傭兵のように、金で買えるということか?」


「……ああ。金と、身の安全の保障……とにかく、大きなメリットだ。そういうものがあれば、かつてのように山賊を武国の軍隊に合流させることも可能かもしれん」


「ふむ。金で買う軍隊は、一見、不利にしか見えない戦場に現れてくれはしないからな。こちらの誘いに乗ってくれるような気がしないが……」


 傭兵の考えは、よく分かっている。『パンジャール猟兵団』は特異な存在であり、基本的に雇われ兵士ってものは、少数勢力につきたがらない。利益に引かれて瞬間的につくこともあるが……長らくそういった選択を続けることは稀だ。


 ……だが、『金に弱い』という情報は、悪くないことだな。クラリス陛下の懐具合と相談することや、戦後の利権あたりをちらつかせれば、バルガス将軍に山賊たちを協力させることも可能かもしれない……。


 バルガス将軍に、その度量が無ければ、『自由同盟』の名の下において、『公式の山賊』という立場を与えるムチャも有りかもしれないな。帝国商人相手なら、何をしてもらっても構わないというのも、こちらの本音じゃある。


 ……むろん、砂漠の山賊という存在に、ジーンたちのような職業倫理があるかどうかは大きな疑問じゃあるんだがな。帝国商人以外にも、襲い始めるかもしれない。それは、あまりにも笑えない状況だ。


 『公式の山賊』というのは現実的ではないかもしれないが、帝国軍の物資を襲わせるということは可能かもな……ゼファーで偵察した帝国軍の補給部隊の位置を教えれば、勝手に襲撃してくれるかもしれんということさ。


「……まあ、完全な連携はムリかもしれないが、少しは山賊どもを戦に引きずり出す手段がありそうだ」


「マジか?……大した戦術家なんだな」


「残念だが、それほどではない。オレの代わりに細かなことを考えてくれるヤツがいるから、そいつに任せようと思っている」


「誰のことだ?」


「……オレの副官1号さ。クールな巨人族でね、オレの十倍は悪知恵が働く」


 戦場について来てくれるかは、テッサ・ランドールの政治的な状況次第だが、戦場について来てくれなかったとしても、フクロウを通じてアドバイスを訊くことはやれる。


「……参考になった。いい情報をくれた。報酬は?」


「すでにもらっている。なんというか、これでも亜人種の一人として、アンタたちには期待しているんだ。がんばってくれ」





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