第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その5


 屋敷の外に出ると、そこには荷馬車に乗った新たな鎧に対して、期待の眼差しを向けるゼファーと、そのゼファーから十分な距離を取った場所で、タバコをふかしている巨人族の男がいた。


 カミラに盗賊扱いされる理由が分かるな。だって、彼は顔に三つほど大きな刀傷を負っている。商人というよりも、盗賊といった風貌ではあった。ゼファーに怯えて距離を取っているが、その間合いの取り方も絶妙だ。


 馬車を遮蔽物代わりにしているし、屋敷の裏手に一目散で走り込める距離でもある。どういうことか?……ゼファーが跳びかかったとしても、あの盗賊は―――いや、商人のジンダー氏は、一度はその襲撃から命を守ることが可能ってことさ。


 彼は臆病ではなく、とても合理的な戦士であるわけだ。場数を踏まなければ選べるような態度ではないさ。怯えながらも観察し、一応、対策を完成させているわけだ。彼はベテランの戦士であるようにしか思えない。


 興味深い男ではあるが、喜びに歪むゼファーの顔へと『ドージェ』の足は向かうのさ。


『……あ!『どーじぇ』、『まーじぇ』、ぼくのよろいがとどいたよ!!』


「ああ。そうみたいだな」


「えへへ。トミーおじいさまから、預かって参りました!サイズは少し小さく作ってあるそうっすけど、ゼファーちゃんの筋力で、グイッと曲がって良いカンジに伸びるそうっす!」


 カミラは感覚的な説明をしてくれた。ククルはその説明を補足するために言葉を使っていた。


「あ、あの。竜用の鎧は、そもそも鋼の部分がとても分厚いので、柔軟な仕上げをして曲がりやすく作っても、防具としての価値は下がらない、とのことです。もちろん、曲がりやすいというのは、竜の筋力を想定してのことです。ヒトの力ではそう曲がりません」


「なるほどな」


 鎧は基本的に矢を弾くためだけのものだが、竜用の鎧ならば大剣が放つ斬鉄の強打さえも受ける厚みはある……硬度を重視する必要はないと、トミーじいさんは判断したわけか。オレも納得することが出来るよ。


「むしろ、曲がりやすさがあった方が、ゼファーの肌に馴染むと、トミーさんは仰っていました」


「たしかに、肌によく馴染んだ方がぶれなくていいかもしれないな」


「じゃあ、早速、ゼファーちゃんに装備して行くっすよ!ククルちゃん、手伝うっす!」


「わかりました。では、仰向けになってくれますか、ゼファー?」


『うん。うえをむいて、ころがるんだね?』


「そういうことです」


『はーい!』


 明るい言葉で返事をしつつ、竜の黒い巨体がゴロリと大地に横たわる。古い鎧を外していかなければならない。かなりの作業ではあるが、ククルは器用に留め金を外していき、カミラは『吸血鬼』の力を発揮する。


 全身に『闇』属性の魔力を巡らせることで、とんでもない怪力を生むのさ。まあ、本人は鼻歌まじりに、動いているがな。乙女の細い腕が、軽々と黒ミスリルの竜用の鎧を持ち上げる様子は、カミラを知らない者からすれば大きな違和感があるだろう。


「……おいおい、マジか?あの嬢ちゃん、ワシよりも怪力じゃねえのか……?」


 予想は当たったな。『アルステイム』のケットシーたちは、カミラの怪力を目撃する機会があったのか、冷静さを失ってはいないが、巨人族の男は混乱しそうになっている。


「どうなっているんだ?……魔術か?……いや、『雷』の魔力は感じないぞ……?というか、この魔力は……何だ?……分からんな……」


「……アンタがジンダーだな?」


 困惑する男に話しかけていた。猟兵たちはゼファーの着替えと、自分たちの新調された装備の確認に忙しいからな。


 この男の話し相手にはオレがなってやるとしよう。


「……ああ。ワシがジンダーだよ。赤毛に、隻眼……アンタは、ソルジェ・ストラウスだな」


「そうだ。『メイガーロフ』について、詳しいんだってな?」


「故郷の一つだったからな。それなりには詳しい」


「故郷の一つ?」


「ワシの一族は旅の商人だったからな。色々なところに故郷がある。どれも数年住んだだけとも言えるがね」


「なるほどね。それで、『メイガーロフ』とは、どういう土地だ?」


「……『内海』より北の土地さ。基本的に高い土地にあるな。『カナット山脈』に囲まれている。山と荒野と砂漠ばかり……岩場と砂地と乾いた地面。楽しくピクニックに出かけたくなるような土地じゃない」


「……それはすでに知っている情報ではある。よりディープな情報はないのか?」


「……ワシはただの商人しか過ぎん。だが、あの地に巣食う山賊どもとは、何度か戦ったことがある。積み荷を奪われたこともあるし、仲間の命を何人か犠牲にして、積み荷を守ったこともある」


「山賊か。どういう連中だ?」


「色々ある。あの土地も、『ヴァルガロフ』のように多様な亜人種が暮らしている。荒れた土地は、腕が立つヤツを好むものさ……だが、ここと同じように、基本的に種族に分かれて山賊団を形成している」


「ケットシーだらけの場合もあるわけか」


「そうだ。『アルステイム』みたいなものさ。だが、最大の山賊団は、『イルカルラ血盟団』だな」


 ……ふむ。さっそく、ターゲットに対しての悪い情報を手にしてしまったようだな。


「彼らは、反・帝国組織なんだろ?」


「そういう側面もあるだろうな。ヤツらの頭は、『メイガーロフ武国』の将軍の一人だった男だ。『バルガス』」


「巨人族の戦士か……元・正規軍の」


「ああ。色々な種族の山賊だとかが蔓延る土地を、巨人族の山賊どもが制して、武国を建てた……武国がある間は、『メイガーロフ』にも秩序はあったが……帝国に滅ぼされてからは、その秩序も消え去ったさ」


「……どんな情勢だ?」


「第六師団に制定されたままさ。他の武官と、兵隊が占拠しているだろうがね」


「バルガスと『イルカルラ血盟団』は、やる気がないのか?」


「やる気もクソもな……基本的に、ヤツらは山賊だ。ソルジェ・ストラウスとしては反・帝国を掲げる気骨あふれた武人集団をお望みかもしれないが、ヤツらはそういう大義よりも、生活に必死な集団だ」


「……大義のない、ただの山賊に過ぎないと?」


「……まあ、そこまでは言い過ぎかもしれないがね。アインウルフに攻められた時に、ヤツの騎兵に多くの戦士を殺されてしまった。バルガス将軍の部下には、いい巨人族の戦士はいない。他の亜人種の山賊たちとも、揉めちまっているし……帝国と戦うドコロじゃないさ」


「『メイガーロフ』国内の亜人種の勢力は、バラバラだということか?」


「そうだね。そこは、このゼロニアと大きく違う。種族で分かれて群れを作っていても、基本的には秩序を重んじていた。もちろん、マフィアの道理だよ?……ソルジェ・ストラウス殿からすれば、邪悪なモノに見えたかもしれないが―――」


「―――ゼロニアのハナシが聞きたいわけじゃないぜ?」


「……ああ。そうだな。スマンね」


「バルガス将軍は、国内の亜人種たちをまとめられないのか?……彼らも帝国軍から攻撃される立場だろ?」


「ああ、亜人種だし、盗賊だしね。二つの理由で、帝国軍からすれば敵だ」


「敵の敵じゃないか」


「それが味方にならないのが、『メイガーロフ』さ。砂漠の民はね、恨みを忘れん。血族の復讐は必ず果たす。敵の敵も敵。そうなるのさ」


「過酷な土地では、一度舐められたらお終いってことか」


「……勘の良いお人だな。そうだよ。一度やられたら、400年は忘れない。それが砂漠の一族の誇りであり、哲学だ。砂漠の山賊たちは、お互いに殺し合った歴史を持っている。バルガスも、武国が在った時は、山賊退治に命を賭けた男だ」


「恨みは十分買っているわけか」


「そうだ。武国が在った時ならばともかく、野に下った今となっては、山賊どもに対して保証してやれる安全も金も持ってはいないだろうからな」




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